12月31日 大晦日は家族で集まるタイプの家庭
/3人称視点/
大晦日の日―――
時刻は15時過ぎ。
本日は、今年度の締め括りである学園のタイムアタックイベントの日。最大5人までの1組でパーティーを組んだチームがダンジョン内で課題を競い合い、そのタイムを競う。
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冬の冷たい風が学園を包んでいた。石畳の道を覆う雪は、人々の熱気で少しずつ溶けていく。大通りには色とりどりの提灯が揺れ、年越しのカウントダウンを祝う準備が進んでいた。
学園の中心の広場には、巨大なスクリーンが設置され、学園主催のタイムアタックイベントが中継されていた。低層ダンジョンで繰り広げられるタイムアタック。参加者たちが次々と課題をクリアする様子に、観客は一喜一憂している。観光客たちのざわめきと笑い声が絶え間なく響く。
そんな喧騒から離れた所で天内と香乃は会話していた。
香乃はモニターに映る参加者たちを指差しながら。
「低層とはいえ、ダンジョンに潜り、武を競い合い、それを興行に使うなど……正気か? この学び舎は?」
天内は肩をすくめて軽く笑う。
「お前の居た時代でも闘技場で似たような事していたじゃん」
香乃は眉をひそめ、頭を少し傾けた。
「時代が違うだろう。あれには、栄誉と叙勲があった。何より背景には戦争があった。あそこは勇士を探し出す意義もあったのだ。豊かなこの時代にそんなものは不要だろう。一体何の意味がある?」
天内はため息をつきながら空を見上げると。
「意味なんて考えるなよ。どの時代でも変わらないんだよ。そういうのは」
「競い合うのが好きなのは、進歩なしか」
香乃は呆れたように肩をすくめる。
「そう言うなって。いつの時代も、物差しを用意して競争するってのは、変わらない文化なの」
香乃は腕を組み、再びモニターに視線を移した。
「……なんだかなぁ。おや? お前の名があるようだうが、行かなくていいのか?」
「マジか」
モニターには、競技毎に、ずらりと多くのチーム名が記載されている。その中で、天内のパーティーは大みそかのクライマックスの位置付けである20時から24時までのステージに登録されているのだ。
モニターには。
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天内パーティー(フラン抜き)
風音パーティー。
生徒会御一行。
TDR13騎士。
芸能事務所ステラ・プラネット。
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計5チーム。
「どうした? そんな怪訝な顔をして」
その言葉に彼は、わずかに顔をしかめた。
「勝手に登録されている……」
香乃は不思議そうな顔をする。
「そうなのか?」
「ちくしょう。モリドールさんが手続きをしたのか、それとも学園側が勝手に登録したのかわからんが、俺のパーティーメンバーの実力の厚さから考えて、むしろ登録されていない方が不自然なのかもしれんが……勝手に俺の知らない所で」
「なんだ。その様子だと、行く気はないのか?」
彼は頭を掻いた。
「棄権しに行ってくる」
香乃は少し意外そうに目を見開くと、鋭い視線を天内に向けた。
「せっかくの祭事だ。出ればいいではないか。お前なら優勝を狙えるのではないか?」
「いや。いい。興味ない……」
香乃の表情が少し曇る。
彼女は沈黙の中、何かを察したように一言漏らした。
「そうか……本当に時間がないのだな」
天内はその言葉を聞いて少し目を伏せる。
冬の冷たい風が吹き抜け、モニターの光が彼の変色した頭髪をぼんやりと照らす。
短い沈黙の後、彼は軽く笑った。
「さぁな」
香乃の視線は天内の変色した頭髪に向けられ、その目には憂いが宿っていた。
「…………怖くはないのか?」
「怖い? 何が?」
『死だ』香乃は声を落とし、真剣な眼差しを向け続ける。
「お前の態度は虚勢には見えない」
天内はその問いに軽く肩をすくめた。
「怖くないね」
香乃は唇を噛む。
「……やはり変わり者だよ。傑は」
天内は軽く手を振ると、話題を変えるように明るい調子で言う。
「みんな勘違いしている。『死』は恐ろしい事でも、悲しい事でもない。死を恐怖する。その根底に隠された本質は『別れ』への恐れなんだ」
彼女は眉を寄せながらも、その言葉に耳を傾けた。
「別れ……か」
「そう。死ぬ事、それは決して恐れを抱くような事なんかじゃない。死ぬ事は自然の摂理の一部。人は生まれながらにして、『死と共存』して生きているのさ。死ぬのは道理。だからそれは悲しい事ではない」
「ふむ」
「そんな訳で、俺は『死』を恐れてはいない」
香乃は深い息をつき、視線を天内の顔に向けた。
「お前の言うことは理屈では分かる。だが……それは理屈だけだ。私は―――」
香乃は目を伏せ、言葉を紡ごうとするが――。
「つまらん死生観を語っちまったな。忘れてくれ。少し行ってくるわ」
と、彼はそう言うと人込みを掻き分けていった。
香乃は静かにその背中を見送った。
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俺は人込みを搔き分けていると―――
それは突然だった。
不意に声を掛けられたのだ。
「あらあら天内くんじゃない」
千秋の母親。通称、彩羽ママ。
彼女の後ろには千秋そっくりの妹、千冬。
「あ……ども……なんで……ここに」
「やだわぁ~。天内くん」
口元に手を当てて彩羽ママは微笑むと、俺の肩を叩いた。
「あたっ」
愛想笑いをする。
おばさんだ。
おばさん特有の仕草。
距離感バグってるおばさんだった。
「おばさんわね。千秋ちゃんに会いに来たの。あの子、実家に帰って来ないって言うのよ。ホントに困った子よねぇ」
「へ、へぇ~」
「なので、来ちゃいました。天内くんにも会いたかったしね」
「こ、光栄です……」
「もう! 私の事は本当のお母さんだと思っていいって言ったじゃない。そんなにかしこまらないでよぉ~」
「は、ははは」
クソ嫌な予感がした。
今日は年末最後の日。
いやいや、まさかな。色んなご家族が大集合しているとか? 嫌な臭いがプンプン匂ってくるぜ。




