超絶重要人物
フィリスとなんやかんやあった。
なんだかんだ日を跨いでしまった。
クタクタになった俺は家に戻ると、モリドールさんが缶ビール片手に年末特番のTVショーを観ながら俺を出迎えた。
「ただいま戻りましたぁ~」
俺は項垂れながら、モリドールさんに挨拶をする。
「随分遅い帰宅ね」
「あ、はい。色々ありまして」
「ふ~ん」
ドスの効いた声音であった。
「な、なんすか?」
モリドールさんが俺の髪の毛を見ると、それにはツッコまず。
「天内くん。随分ド派手に遊んでいるようじゃない? 髪なんか染めちゃってさぁ~」
棘があるな……
「どういう意味ですか?」
モリドールさんは据わった目。
白眼が多い三白眼であった。
「これでもわからないのかしら。じゃあ、質問を変えましょう。今までどこに居たのかな?」
トウキョウの地でド派手に暴れていた訳だが、それは言わずに……
「ど、どういう意味ですか?」
「一昨日はクリスマスイブ。そして昨日はクリスマス」
「そうですね」
「で?」
「で、とは?」
「とぼけるんじゃないよ!」
缶ビールを机に叩きつける彼女は怒髪天。
「ちょっと。なんなんですか?」
怒りの感情から急に冷静になると―――
「天内くん。以前、私が言った事は覚えているかしら?」
情緒が読めないな。
い、一体何なんだ?
「以前ですか?」
「そうよ。まず学生の本分は何か? と前、そんな話をしたよね?」
「そうですね。確か……勉強が大事ってやつですか?」
「そう! 天内くん。私はね。10代のガキ風情が色恋は早いと思う訳!」
棘があるなぁ~。
「お、おう。そうですか」
「これでもわからないのかしら。聡明な天内くんにしては勘が悪いじゃない」
「だからなんなんですか!?」
「昨日、一昨日! 嫌らしい事をしていたんでしょうが!!!」
「いやいやいやいや……してないですよ……」
ん? いや、していない。
とは……言い切れないのか。
クッソ。小町の事が頭をよぎった。
「歯切れが悪いわね」
「え?」
「おやおや。どうしたのかな? 目をキョロキョロさせて。頭を掻いて、愛想笑いなんか浮かべて……」
「意味がわからないから、笑っちゃったんですよ」
「ふ~ん。私はね。最近メンタリズムの本を読んだの」
「は、はぁ」
「ノンバーバルコミュニケーション」
モリドールさんは唐突に一言。
「え? なんすか」
確か、バーバルコミュニケーションは言語や会話のコミュニケーションで、ノンバーバルコミュニケーションは言葉を使わないコミュニケーションだったか?
「人が嘘を吐いている時は行動に現れるらしいの。目線、表情、些細な筋肉の動き、足、手、指、それらの動作は言葉以上にモノを言うのよ。貴方は嘘を言っている」
チッ。面倒だな。
この人、エルフというファンタジー世界の住人の癖に、現代科学を駆使している。しかも現代科学。彼女の舌の回り方は俺を凌駕する如才。舌戦に持ち込めば良くて五分。アラフォー女のモリドールさんは鋭い洞察力を保有しているのだ。
この人は偏見の眼鏡を常に掛けているモリドールさん。
「天内くんは随分とモテるものね。聖夜にラブコメ主人公してる……それは、私、モリドール監督のパーティーでは。裏切りに値すると忠告しなかったかしら」
「裏切りって大袈裟な。それに俺はそんなやましい事はしてませんよ。ラブコメ主人公なんてしてませんよ。俺はどっちかっていうとハードボイルド映画しか観ませんし」
モリドールさんは、大きくため息を吐く。
「天内くん。睡姦というジャンルは知ってるよね?」
「な、なんですか突然。急に話題が切り替わりましたね……」
「私はね。これを発見した時、驚いたの。こんなレアな薬物が、なぜ我が家にあるのかって」
モリドールさんは小包をテーブルの上に出す。
それはマジックきのこの粉末が入った小包。
俺が無造作に置いて行ったもの。
フィーニスとの最終作戦で必須になる超重要アイテムのサンプルだ。
「……ちょっと返してよ!」
俺はモリドールさんの下まで駆け寄ると、マジックキノコの粉末を掻っ攫った。
「随分焦っているようじゃない」
「な、なんですか」
「マジックきのこは古くから医療に使われてきた。緩和療法の一環としてね……」
「詳しいですね」
「私はマホロで薬草を専攻していたのよ!」
「そう言えば……出会った当初そんな事を言ってましたね」
「これは麻酔効果がある代物。離脱感を与えると同時に幻覚や記憶障害を引き起こす」
「……それで? 何が言いたいんです?」
「少しだけ拝借させて頂いたわ。そして効能を調べてみたの……それ。純度100パーセントの代物だった」
モリドールさんはマジックきのこを指差す。
「は、はぁ……」
「このまま使えば、重度の記憶障害が引き起こるほどにね。『年単位』で記憶を消してしまう代物よ。なんなら! 人格すら変わってしまうほどにね!」
「お、おう。そうなんですね」
そんな危険な代物だったのか。
翡翠は臨床実験が済んでいないと言っていたしな。
「これを使って、貴方は記憶の改竄を行おうとしていた! 違うかしら!」
「な! なんのために!」
「女の子を洗脳して性奴隷を量産する為よ!」
「モリドールさん。貴方は! なんて事を考えるんだ! それじゃあ俺がエロゲームの鬼畜漢じゃないか!」
「天内くんが考えたんでしょうが!」
「そんな事する訳ない!」
「いいえ。貴方はこれを使って、酒池肉林を聖夜に楽しんだ! そうでしょう! 記憶を失えば酒池肉林の事実は闇の中だ!」
「だからそんな事しないって!」
「ふ~ん。随分大事そうに抱えながら弁明するのね。でも、今後はそんな事はさせないわ」
「はい?」
話がジェットコースター並みに切り替わる。
俺の頭脳でも追いつけない……
「残念ながら、君の手に握られたマジックキノコを少し弄られせ貰ったの。天内くんが卑猥な計画を今後、企てないように……」
「は? だからそんな事は……」
『だまらっしゃい』と声を荒げたモリドールさんは続ける。
「マジックキノコの効能を完全に消す事は出来ない。けど、効能を極限まで抑える事が出来るの」
「そ、うなんですね。一体、何をしたんですか?」
「そのマジックきのこの粉末は精々『1分とか2分とか』の記憶しか消せない代物にしておいたわ」
「……なんて事しやがるんだ!」
「超レアアイテムであるマジックきのこ。どうやって入手したのか知らないけど。天内君の性奴隷計画はパーね」
「いや、だからそんな事はしないって! 何度も言ってるじゃないか!」
「まだ白を切るね! 今ならパイプカットと去勢だけで許してあげるから! さぁ白状しなさい! 天内くん!」
モリドールさんは、シガーカッターっぽいハサミを取り出した。映画でしか観た事ないので形状は詳しくないが、葉巻を切る専用のハサミっぽい。
玉ヒュンした。
恐ろしい想像をしたのだ。
「なぜ……そんなものを。まさか用意していたんですか?」
「だから言ったでしょう! 私は薬学専攻だと! 専用の道具ぐらい持っているわ! さぁ、裏切りの罪を償う時よ」
「大袈裟だ! それに! 全部デタラメだ。違う!」
「嘘おっしゃい! マジックきのこを盛れば、いかがわしい事をし放題だわ!」
「天地神明に誓ってもいい! 俺は昨日も一昨日もいかがわしい事はしてないし、マジックきのこは研究の為の代物だ!」
「きぃぃィィィィィ!!!!」
「ひっ!?」
「この期に及んで! なんて破廉恥なのかしら! 信用できるものですか!!!」
「やめろって! モリドールさん。落ち着いてくれ!」
「さぁ! 去勢の時間よ!」
俺とモリドールさんの取っ組み合いが行われていると。
「やけに騒々しいと思ったら、いつの間にか帰っていたのか……」
呆れ顔の香乃がコンビニ袋を片手に扉にもたれ掛かっていた。




