致命的なタイムラグ
「先輩、逃げられませんからね」
「へいへい」
小町に拘束されている俺は、マホロ行きの便に揺られながら腕を組んで考え込んでいた。
俺のデッドラインは目前だ。
2月にはこの世にいない可能性が高い。
一方で、フィーニスの顕現は3月半ば。
この間には致命的なタイムラグが存在する。
俺がいなくなった後にフィーニスが現れるのでは、意味がない。
頭の中ではフィーニスを倒す算段が出来上がっている。そこに不安はない。だが、このタイムラグをどう埋めるかが最大の問題だ。
マリアは俺の延命手段を探してくれているし、組織にもそのための手配を頼んでいる。しかし、締め切りというものはある。
ギリギリの2月までは待てない。
『究極俺』の『使用分数』を考慮に入れたいからだ。
「リミットは成人の日あたりか……」
そこが最後のライン。
ここで仕掛ける。
俺に残された最後の策を―――
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組織の左脳にして俺の左腕である翡翠。
彼女からメッセージが数件飛んで来ていたが、未読のまま。
それよりも―――
俺の目の前には千秋と小町。
「年貢の納め時だね。傑くん。さぁ、聞かせて貰おうじゃないか」
遂に尋問が始まったようなのだ。
小町に脅迫を受けた後、すぐに千秋の奴が合流した。
千秋が俺の髪型を怪訝そうに眺め、その隣で、小町がスマホを握りしめていた。
「彩羽先輩。コイツは、もう逃げれません。逃げたら社会的に死ぬと理解らせました」
「小町。冷静になれ。一言だけ忠告しておくが、お前も社会的に死ぬんだぞ?」
「死なば諸共! 私は覚悟が出来ています!」
「変な所で覚悟を決めやがって!」
小町は額に汗を滲ませながらスマホを天に掲げる。
「へへっ。これで最悪相打ちです……私も社会的に死にますが、先輩は大死にです」
「こ、こいつ。イカれてやがる!! 『大死に』なんて単語ねぇんだよ。くっそ。コイツ調子に乗りやがって」
「先輩には言われたくないんですけど!」
千秋が首を傾げる。
「一体、何の話なの?」
彼女は俺と小町の顔を交互に見ながら、純粋な疑問を口にした。
「それは……企業秘密です。でも、これで先輩は真実を吐く事しか出来なくなりました。安心してください彩羽先輩」
小町の口調は妙に自信に満ちている。
「だからそれは何さ」
「言えません……」
小町は視線を泳がせ、言葉を濁した。
「気になるなぁ」
あまり千秋に詮索されると、苦しい。
「と、ところで! 話だったな!」
と、俺は口火を切った。
千秋と小町からゴクリと生唾を呑む音がする。
沈黙――――
緊張が張り詰める空間。
脚を組み、サングラスを輝かせながら。
「俺は、嫌な事をされても復讐とか陰険な事を考える奴ではない」
「へ?」「何の話?」
2人は声を上げる。
「俺は竹を割ったような気持ちのいい男! 一晩寝たら忘れちゃう!」
「馬鹿なだけでしょう」
小町が即座に突っ込む。
「話をすり替えようとしているぞ」
千秋も冷ややかな視線を向けてきた。
「うるさいなぁ」
「写真!」
小町が声を張り上げ、睨みつける。
「うっ。お前、あとで覚えとけよ。絶対に痛い目に遭わせてやる」
「さっきと言ってた事と真逆の事言ってますよ! な~にが! 陰険な奴じゃないだよ! お前は姑息、卑怯、陰湿な陰険野郎なんだよ!」
「うるさいなぁ! お前は先輩である俺に敬意を払えよ!」
「先輩が不義理だからでしょうがっ!」
千秋は机に拳を叩きつける。
「もういいよ! 本題に入ろう!」
「そうだそうだ!」
小町が乗っかる。
「だから、なにさ?」
「傑くん。ボクも小町ちゃんもマリアから聞いたんだ」
「だから何をだよ?」
「嘘なら嘘でいい……君は……間もなく……し、死んじゃうって……聞いた」
あの女。口止めしていたにも関わらず言いやがったのか。
俺は眉間を押さえ息を吐いた。
「だから、そんな訳―――」
「じゃあ、その頭はなんだよ。普通じゃないじゃないか」
「ぐっ」
「ボクも小町ちゃんも、君の力になりたいだけだ。ボクは君の友達だし、何より……仲間じゃないか。本当はどうなの?」
2人の視線が突き刺さる。
どうやら……
もう言い逃れは出来ないみたいだな。
俺は大きくため息を吐いた。
「本当の事を言ってくれるんだね?」
「わかった。わかった。まぁ、大した事ではないんだが、そろそろ死ぬ」
そろそろセンター試験なんだわ、のノリで言ってみた。
―――大きな間が空く―――
千秋は手で顔を覆いながら。
「自分が何を……言ってるのか、わかっているんだよね?」
「ん? 俺の寿命のリミットの話だろ?」
再度、大きな間が空くと。
「はぁ!? はぁ!? 意味不明なんですけど! なんでそんなに冷静なんですか!? まるで他人事なんですけど!」
小町の顔が曇り怒鳴りを上げた。
「ふむ。まぁ……」
―――大した事ではないからな。
だが、それを言うとマリアのようにブチ切れられる可能性があったので、言わないようにした。
千秋は、手で制すと、静かに息を呑む。
「どうしてそうなっているのか。何が起こっているのか……全部、君の口から聞いてもいいかい?」
千秋の真剣な眼差しが俺に刺さる。
彼女は小町よりも、マリアよりも冷静であった。
俺は目を閉じ、大きく息を吐き出す。
「最初に言っておくが、俺自身に悲壮感はない。いつも通り接してくれ。それだけは悪しからず」
目を開けた時、二人の表情が揺れているのがわかった。小町は口を開きかけて、何かを飲み込むように黙り込む。千秋は眉を寄せ、じっと俺を見つめていた。
続けて、軽く肩をすくめた。
「俺は生き残る予定だしな」
予定。そう、予定だ。
「さて、何から話をしようか」
思案した。
もう魔人は居ない。
だから、少々長くなるが語る事にした。
何より、ガリアの一件でどの道に逃げようがなかった。
最初に口から出したのは……
「俺は、みんなに普通の日常を送って欲しいと思っている」
この世界に招かれた意味。
『最初に願った願いであり、最後まで突き通す意地』
そして――
マリアに伝えた事と同じ事を、2人にも――――




