対天内傑特攻
/小町視点/
散々泣いた後、私と先輩はファミレスでご飯をしていた。
珍しい事に先輩の奢りである。
朝と昼の間の曖昧な時間帯。
私はティーカップから口を離すと―――
「先輩の事。好きなんですけど」
そんな言葉が不意に言葉を吐いた。
完全な無意識―――
「?」と疑問符を浮かべると、彼の持つフォークが止まった。
「あ……」
私は口を開けて呆然とした。
ファミレスの喧噪がお互いの沈黙の間を駆け抜ける。
時が止まったかのようにゆっくりと時間が流れた。
おかしな物で、脳内で思っている事を、無意識に言葉を出してしまう事があったりする。美味しい物を食べた時とか、お風呂に入った時とか。
今、それが起きてしまったのだ。
先輩は目を点にした後―――
再びフォークに刺さったソーセージを頬張り始めた。
まるで、何もなかったように―――
現実に思考が引き戻される。
「え!? いや。私、今なんか言いました?」
錯覚?
もしかしたら、何も言ってないかもしれない。
あっぶなぁ~。
こんな訳の分からない所で告白したら意味不明すぎる。
ファミレス。しかも時間帯はお昼前。
こんなとこで突然告白とかロマンチックですらない。
先輩はいつも通り死んだ魚の眼。
虚空を向き、口は半開き。
鼻の下は伸びきり、間抜けな顔。
先輩は食べ物を咀嚼し終えると―――
「なんかって?」
「いえ。何でもないです」
よしよし。何も言ってないぞ。
私は気を取り直して平然を装い再びカップに手を伸ばす。
「ああ。俺の事が好きって事?」
聞こえてたぁ!?
「はぁ!? はぁ!? な!? そんな事言ってない!」
苦しい言い訳なのはわかっていたが、カップを叩きつけると水面に大きな波紋が出来る。
「いや、言ってたよ。俺の事をじーっと見つめた後。『好きなんですけど』って」
先輩は以前死んだ魚の眼のままだ。
瞳は濁った黒。
口元には、だらしなくケチャップが付いている。
「言ってない! 言う訳ないでしょう!!! こんな何考えているかわからない人に!」
「ふぅ~ん」
ふ~んって!!
コイツ。まるで何でもないように。
モテ男の雰囲気を出しやがって。
いや、実際モテ男なんですけど!!
それが余計にムカつくんですけど!
オホンと咳払いして。
「さっきのは違います」
「そうなの? まぁ冷静に俺の事好きになるって意味不明だもんな。お前には金の無心しかしてないし」
「そう! そうです! 当たり前じゃないですか!」
言葉とは裏腹にそんな言葉が出てしまう。
「なんだよ。大丈夫か? 情緒……」
キィィィィィィ――――ムカつく!!!
「いえ。違いました」
「え? なにが?」
「もう。はっきり言いますね」
「忙しい奴だな。泣いたり、ボーっとしたり、動揺したり、怒り出したり」
それはお前のせいなんだよ!
と、内心突っ込みを入れつつ。
「私は―――」
「ふむ」
「先輩と――――」
先輩はスマホを見だすと。
「なんだよ一体」
「だから―――」
「早く言えよ。CM跨ぎに答えを発表する姑息なTVショーみたいだな」
「キィィィィィィ!!!」
髪の毛をかき毟り睨みつけた。
「うっ。こわっ」
「もう! 知らないもん!」
「えぇぇ……」
・
・
・
「悪い。そろそろ行く。昨日は助かった……後、今日の事は誰にも言うなよ」
彼は、そんな言葉を念押しとばかりに呟く。
そして、そそくさとその場を去ろうとした。
「ちょ。ちょっと待ってくださいよ!」
裾を掴んで逃げないようにする。
いつもこれだ。
この後、また当分会えなくなるのを知ってる。
すぐに消息不明になるんだ。
「な、なんだよ」
「どこ行く気ですか?」
「どこだっていいだろう?」
「私は、先輩に聞いてない事が沢山あります!」
「……なにさ?」
「隠し事してるでしょう!? 全部知ってるんだから!」
「そりゃあ、秘密の一つや二つ、人にはあるだろうし……」
「違う! そうじゃない! まず! その頭は何なんですか!?」
「だからイメチェンだって」
そればっかりだ。
何度問いただしても意味はない。
だから言い方を変えよう。
「―――先輩は……大丈夫なんですか?」
「大丈夫って? なにさ?」
「マリア先輩から聞きました。もうすぐ……」
それ以上の言葉を紡ぐ気はなかった。
「……なにを?」
言葉を変えてみる。
「身体が悪いって、聞きました。そんなの嘘ですよね?」
彼はいつも通りカラッとした顔で。
「嘘に決まってるじゃん。俺は人生で! 一回も! 嘘を! 吐いた事が! ない!」
嘘だ。
コイツは嘘しか吐けない。
一番大事な事を嘘で塗り固めている。
コイツは明らかに疲弊している。
素人の私から見ても今の先輩は異常だ。
服を脱がせた時、気付いたけど―――
先輩の身体は殆どが黒く変色している。
不自然に縫合したような痕だらけ。
身体中、テーピングでグルグル巻きになってもいた。
「……先輩。居なく……ならないですよね?」
「どういう意味だ?」
「私の、私達の前から来年……これから1年後とか……ううん。ちがう。10年後とか20年後とか、もっと先まで……ずっと居てくれますよね?」
少しの間―――
「――――当たり前だろう」
先輩は、いつもの意地悪そうな顔でそう告げる。
嘘だ。
嘘吐きめ。
「私は……悟ったように人生を終わらせる人が大嫌いです」
「なんだよ突然」
私は先輩の眼を見つめ、伝わるように告げる。
「ドラマの話です。自分の中で悟って、残される人の気も知らないで―――自分勝手に居なくなる人が、大っ嫌いです!」
「お、おう」
「……もし……もし、嘘ついたらぶっ殺しますから!」
「こっわ。に、睨むなよ」
私は掴んでいた先輩の裾を離す。
「それと! さっき言った事は本当です」
「さっき? 物騒な殺害予告?」
「違います!」
「おいおい。だから睨むなよ」
「あと。これ! これを見てください!」
私はスマホを取り出すと写真を見せつけた。
「ぐぇ!? そ、それは!?」
私のスマホに映るのは―――
私と先輩が布団の中で抱き合う写真。
これが私の切り札。
対天内傑特攻。
私の顔が、ゆでダコのように沸騰するのを感じながらも。
「もし、私との約束を破ったら、どうなるかわかりますね?」
「おい! ふざけんなよ! これじゃあハメど、」
「それ以上言わないで下さい!」
「そ、そんなおぞましい物を!! 撮っていたのか……」
「い、いいですか!? 黙って居なくなったら、これをばら撒いて、ふしだらな事をされたって相談しに行きます!」
「ど、どこに……行く気だ!?」
「警察に! あとマリア先輩にも! 彩羽先輩にも! モリドールさんにも! 絶対に言いつけますよ!」
「ぐっ、ぬぬ」
みるみる顔を青ざめさせる先輩。
「へへっ。私の言う事を聞かないと、先輩は社会的に死にます。これを皆さんが知ったら、先輩はどうなるでしょうね」
「こ、コイツ!!」
「へへへ」
「おい! 貸せ!」
先輩は目にも止まらぬ速さで私の手からスマホを掻っ攫った。
「い、いつの間に!?」
「これはこう! こう! こう!」
先輩はスマホを高速で連打していた。
チッチッチッと指を振り。
「無駄ですよ」
「なに?」
「その写真は既にクラウド上に保存してます。インターネッツの海の中です。私の携帯のデータを消した所で無意味です!」
「き、貴様!!!」
「もう。先輩は絶対に! 絶対に! 逃がさないんだからっ!」
「こ、小賢しい奴」
「先輩にだけは、言われたくありません! だから守れよ! 天内傑!」
「呼び捨てだと!? 俺は! 俺は! 先輩だぞ!」
「知らないもん! 知らない知らない知らない!」




