黎の聖女
/3人称視点/
風音と5人の英雄の死闘が繰り広げられていた。
アレックスと風音は―――
鋼の閃光が交錯する。
アレックスの剣技は完璧なまでに洗練されていたが、風音の動きはそれを一瞬で見切る。
「以前より……この速度を凌ぐか!!」
刃が幾度もぶつかり合い、甲高い音を響かせるたび、大地には裂け目が刻まれていく。
ムジナと風音は―――
槍の影が高速で消えたり現れたりする。
「厄介だな!」
死神のようなムジナの槍が狙うのは風音の心臓。
だがその一撃を風音はわずか数センチの動きで回避した。
ムジナが地を突き上げるたび、槍の穂先が地表を抉り、深い傷跡を残す。
イガリと風音は―――
彼の盾が轟音を立てて風音の斬撃を受け止める。
「くっ! あと少しなのに!」
反射された衝撃は地面を砕き、巨大な亀裂を広げた。
大地はイガリの重さに応えるように震え続けていた。
フィリオと風音は―――
弓を引く音が静寂を切り裂く。
矢が次々と放たれ、夜の空を飛翔する。
「!?」
矢は暴風のように風音を包囲するが、その全てを正確なタイミングで弾き返した。
アラゴンと風音は―――
蹄音が轟き、アラゴンが疾風の如く戦場を駆け抜ける。炎の車輪が描く軌跡。馬上の騎士が突撃を仕掛けるたび、砂煙が舞い、戦場を火の海にしていく。熱風が大地を焼いた。
「眩暈がする!」
だが、風音はその猛攻さえも紙一重で回避した。
徐々に――
徐々に――――
徐々に――――
英雄たちの猛攻は徐々に風音を削っていく。
――剣戟の鋭さが僅かに鈍る。
――呼吸が荒くなり始める。
それでも風音は崩れなかった。
「苦戦しているようではないか……」
暗闇の中。囁くような声。
ヒールが地を踏み鳴らす音が響いた。
「黙示の震脚」
範囲魔法:黙示の震脚が発動した。
術者の足元を中心に毒の沼地が広がり始める魔術。触れたモノを『急速に腐敗させる死の沼池を出現』させた。
それは、土石流が大地に浸食するように徐々に戦場に蔓延していく。
近接系のアレックス、ムジナ、イガリは構わず沼地を進む。
しかし、突如動きを鈍らせる。
酸に溶解するように足元が腐り始めたのだ。
間髪入れず、続けざまに―――
「死の灰:アッシェズ・オブ・デス」
毒魔法の範囲魔術が発動する。
周囲の有機物・無機物を被爆させる冷酷無比な魔術。
灰が触れるたびに有機物が焼き尽くされ、無機物すら被爆の影響でひび割れていく。
天空から火山灰のように白い灰が降り始めた。
イガリは反射させるが。
担い手と風音には毒が効かなかった。
風音は灰をかぶりながらも、沼地に触れながらも無傷。
それは彼の『一度見た技を完全に適応する学習能力』によるもの。
毒の術者は走り出す―――
「この場で貴殿が、一番厄介なようだな」
凛とした声音。
その声は凛然たる威厳と冷たさが宿っていた。
それは魔人化を制御するヴァニラ。
彼女が風音に加勢に入ったのだ。
魔剣を失ったヴァニラ。
彼女の持つ蛇腹剣は特殊な異能を宿さぬ鉄剣。
しかし、担い手が強すぎた。
ヴァニラは動きの鈍ったイガリに標的を定め―――
アーツ:神速斬が放たれる。
鞭のようにしなる剣先。
それはイガリの大楯を掻い潜ると―――
彼の腐敗した両手を切断した。
直後―――
腐った肉片が飛び散る。
風音がその光景を見つめ一言。
「会長……」
暴風の矢。炎の車輪。
高速の神槍。剣聖の剣戟。
2人は、それらを防ぎながら―――
「やめろ。私にその称号を背負う資格などないと、何度も言っているだろう」
「いや、でも……会長は会長ですし……」
「それよりも……一掃を頼めるか」
風音は頷き。
一呼吸置くと―――
「星の息吹!」
瞬間、辺り一帯が白銀の光に包まれる。
彼の掛け声と共に光の閃光が辺り一帯を呑み込む。
毒の沼地も灰も―――
そして伝説の英傑の影も―――
その光に浄化されるように消え去った。
・
・
・
彼らの奮闘を遠くから眺める者。
「解析は……完了しました……」
そこに立つのは、『特別製』として復元された聖女。
『星喰いの竜』を宿す黎の聖女:ユラ。
彼女の声は虚しく夜に溶け込んだ。
虚ろな眼をする彼女。
肌は月光を浴び白く不気味に輝き、瞳には生命の光がない。しかし、その佇まいには、かつての彼女が持っていたであろう神聖さの残滓が宿っている。
ユラの口元が、微かに動いた。
それは自身の中に宿るモノに問うたのか、深淵に問うたか。
「……貴方は……誰?」
聞き取れないほどの小さな囁き。
その声には、ほんの僅かな意志の残り香が感じられる。彼女の体は完全に死しているが、魂の欠片が深淵の魔術師の支配を拒むように揺らめいていた。
彼女の背後の影に潜む『星喰いの竜』。
鋭く闇を伸ばしながら低く唸ると、残り香は霧散した。




