表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
403/457

40日後に死ぬ天内


/3人称視点/ 



 それは路地裏での事だった――


 

 煌びやかなイルミネーションが彩る通りから外れた薄暗い空間。


 天内は壁にもたれかかり、項垂れていた。


 通りの華やかさとは対照的に、人気もなく、飲み屋街特有のアルコールと油の混じり合った匂いが鼻を突く。


 遠くから聞こえる酔客の笑い声。

 時折漏れるガラスの割れるような音。

 細い路地を吹き抜ける風が、ゴミ袋を軽く揺らし、辺りにはかすかに湿った生ゴミの臭いが漂っていた。


 彼はそんな中で体力も、気力も、ほとんど尽きかけていた。

 嘔吐の痕が足元に広がり、その視界はぼやける。


 彼は震える指でスマホを取り出し、翡翠にメッセージを打つ。



 ―――回収を頼む―――


 

 送信ボタンを押す。

 懐からお気に入りのサングラスを取り出し目元に掛け、静かに目を閉じた。


 ・

 ・

 ・


/小町視点/

 

 夜空から、粉雪が静かに降り積もっていた。

 トウキョウでは珍しい雪景色。

 寒さの中、白い息を吐きながら―――。


「先輩!」


 咄嗟に声が出た。

 ビルの影となる路地の奥、見覚えのある男がいたのだ。サングラスをかけ項垂れる姿は、間違いなく先輩。

 

 ハッと我に返り、息を整えた。

 

「奇遇……ですね。先輩」


 乱れた髪を整え、偶然出会ったように振舞った。


 すると――

「……小町か」

 彼は私に気づいたのか呟いた。


 ――外傷はない。

 特に大きな傷はないようだ。

 

「どうしたん……ですか。大丈夫ですか?」


「……問題ない」


 歩み寄る中でふと気づく。

 あれ? 雪じゃない。

 髪が……白い?

 

「その頭、ど、どうしたんですか?」


「イメチェンした……冬休みだからな。カッコいいだろ?」


「は?」


 冗談めいた口調。

 いつもの先輩らしい軽口だった。


「ロックだろ?」 


 ニヒルな顔を浮かべる彼。

 私は言うべき言葉が頭の中から抜けた。

 真っ白になったのだ。


「えっと。前、髪を染めるのにお金を使うのは馬鹿みたいって、散々こき下ろしたじゃないですか」


「気が変わった。はっちゃけようと思った……」


 軽薄な笑みを浮かべる彼に、呆れと安堵を同時に感じた。

 いつも通りの先輩だ。

 いつものニヤケ胡散臭(うさんくさ)男だった。

 一瞬、脳裏に浮かぶ。


 ――本当に、いつも通りなのか? と。


 フッと微笑むと彼は。

「いかしてるだろ?」

 

「そ―――ですか……」

  

 一歩一歩駆け寄る。

 雪が覆いかぶさって分かりづらいが―――

 彼の周りにはいくつもの吐しゃ物が広がっていた。

 異常事態だと、すぐに察す。


「ど、ど……どうしたんですか? 本当に大丈夫ですか!? これって!」

 

 彼の前まで急いで駆け寄り、その顔を覗き込む。


「うっぷ。問題ない。飲み過ぎた……」

 

「へ? 嘘でしょ?」

 

「大マジ。下戸なのに……調子に乗って飲み過ぎた……」

  

 彼の吐き出した白い息が震える。


 眉根をひそめる。

「……まさか未成年飲酒ですか?」


「……クリスマスの割引券、無駄には出来んだろう?」

 

 懐からクーポン券を取り出し、指の間に挟んだ券をひらひらと見せつけてきた。ニヒルな口元が見え隠れする。


「は、はぁ?」

 呆気に取られた。


「もったいないお化けが出るからな」

 

 底なしの『亡者オブマネー』。

 一呼吸置き―――

 私は『はぁ~』っとため息を吐いた。


「心配して損しましたよ。てっきり―――」


 てっきり―――

 その次の言葉を呑み込んだ。

 あまり言いたくなかったからだ。


 こんな軽口を叩ける人が―――信じられない。

 そうだ! きっとマリア先輩の勘違い。

 壮大な勘違いに違いない。

 マリア先輩はきっと大袈裟に勘違いしてるだけ。

 信じたい。いつも通りの胡散臭いだけの先輩であると―――と、思う。

 

 疑念を振り払うように頭を振り、普段通りの調子で会話を続ける。


「ち、ちなみに……誰かと―――――デート……とかしてます?」

 私は恐る恐る呑気な事を訊いてみた。


 そうだ。いつも通りの調子に戻そう。

 

「……」

 先輩の返事なし。

 

「なんですかぁ? 図星ですか?」


「……」

 

 私は苦い顔をした。

「なんとか言ったらどうなんです?」


 そうだった。

 コイツの倍率は既に100オーバー。

 特にヘッジメイズでの人気は……考えたくもない。

 あそこは私よりも顔の整った女の子が多い。

 

 顔もスタイルもきっと勝てない。

  

 先輩はいつも通り、煙に巻いているが、誰かと来ていてもおかしくない。

 黙っているのが何よりの証拠だ。

 

「ま~た、都合が悪くなったらだんまりですか? 最近メッセージを送っても返信してくれないし」


「……」


「先輩。聞いてますか?」


「……」


 彼の首ががっくりと座った。

 

「先輩?」

 

 さらに近づいてみると、彼の顔の異変に気づく。

 ―――赤い。顔が異常なほど熱を帯びている。

 浅い呼吸もしている。

 

 思わず彼の額に手を当てた。

「熱い……!  これ、風邪どころじゃないよ!」


 咄嗟に自分のコートを脱ぎ、彼に羽織らせた。


「早く温かい所に連れて行かないと……!」


 彼の肩を支えながら、歯を食いしばった。

  

「どうして、何も言わないんですか!!」

 

 私の心の中に複雑な気持ちが渦巻いた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
辛いっす。まじで救われてほしい。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ