40日後に死ぬ天内
/3人称視点/
それは路地裏での事だった――
煌びやかなイルミネーションが彩る通りから外れた薄暗い空間。
天内は壁にもたれかかり、項垂れていた。
通りの華やかさとは対照的に、人気もなく、飲み屋街特有のアルコールと油の混じり合った匂いが鼻を突く。
遠くから聞こえる酔客の笑い声。
時折漏れるガラスの割れるような音。
細い路地を吹き抜ける風が、ゴミ袋を軽く揺らし、辺りにはかすかに湿った生ゴミの臭いが漂っていた。
彼はそんな中で体力も、気力も、ほとんど尽きかけていた。
嘔吐の痕が足元に広がり、その視界はぼやける。
彼は震える指でスマホを取り出し、翡翠にメッセージを打つ。
―――回収を頼む―――
送信ボタンを押す。
懐からお気に入りのサングラスを取り出し目元に掛け、静かに目を閉じた。
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/小町視点/
夜空から、粉雪が静かに降り積もっていた。
トウキョウでは珍しい雪景色。
寒さの中、白い息を吐きながら―――。
「先輩!」
咄嗟に声が出た。
ビルの影となる路地の奥、見覚えのある男がいたのだ。サングラスをかけ項垂れる姿は、間違いなく先輩。
ハッと我に返り、息を整えた。
「奇遇……ですね。先輩」
乱れた髪を整え、偶然出会ったように振舞った。
すると――
「……小町か」
彼は私に気づいたのか呟いた。
――外傷はない。
特に大きな傷はないようだ。
「どうしたん……ですか。大丈夫ですか?」
「……問題ない」
歩み寄る中でふと気づく。
あれ? 雪じゃない。
髪が……白い?
「その頭、ど、どうしたんですか?」
「イメチェンした……冬休みだからな。カッコいいだろ?」
「は?」
冗談めいた口調。
いつもの先輩らしい軽口だった。
「ロックだろ?」
ニヒルな顔を浮かべる彼。
私は言うべき言葉が頭の中から抜けた。
真っ白になったのだ。
「えっと。前、髪を染めるのにお金を使うのは馬鹿みたいって、散々こき下ろしたじゃないですか」
「気が変わった。はっちゃけようと思った……」
軽薄な笑みを浮かべる彼に、呆れと安堵を同時に感じた。
いつも通りの先輩だ。
いつものニヤケ胡散臭男だった。
一瞬、脳裏に浮かぶ。
――本当に、いつも通りなのか? と。
フッと微笑むと彼は。
「いかしてるだろ?」
「そ―――ですか……」
一歩一歩駆け寄る。
雪が覆いかぶさって分かりづらいが―――
彼の周りにはいくつもの吐しゃ物が広がっていた。
異常事態だと、すぐに察す。
「ど、ど……どうしたんですか? 本当に大丈夫ですか!? これって!」
彼の前まで急いで駆け寄り、その顔を覗き込む。
「うっぷ。問題ない。飲み過ぎた……」
「へ? 嘘でしょ?」
「大マジ。下戸なのに……調子に乗って飲み過ぎた……」
彼の吐き出した白い息が震える。
眉根をひそめる。
「……まさか未成年飲酒ですか?」
「……クリスマスの割引券、無駄には出来んだろう?」
懐からクーポン券を取り出し、指の間に挟んだ券をひらひらと見せつけてきた。ニヒルな口元が見え隠れする。
「は、はぁ?」
呆気に取られた。
「もったいないお化けが出るからな」
底なしの『亡者オブマネー』。
一呼吸置き―――
私は『はぁ~』っとため息を吐いた。
「心配して損しましたよ。てっきり―――」
てっきり―――
その次の言葉を呑み込んだ。
あまり言いたくなかったからだ。
こんな軽口を叩ける人が―――信じられない。
そうだ! きっとマリア先輩の勘違い。
壮大な勘違いに違いない。
マリア先輩はきっと大袈裟に勘違いしてるだけ。
信じたい。いつも通りの胡散臭いだけの先輩であると―――と、思う。
疑念を振り払うように頭を振り、普段通りの調子で会話を続ける。
「ち、ちなみに……誰かと―――――デート……とかしてます?」
私は恐る恐る呑気な事を訊いてみた。
そうだ。いつも通りの調子に戻そう。
「……」
先輩の返事なし。
「なんですかぁ? 図星ですか?」
「……」
私は苦い顔をした。
「なんとか言ったらどうなんです?」
そうだった。
コイツの倍率は既に100オーバー。
特にヘッジメイズでの人気は……考えたくもない。
あそこは私よりも顔の整った女の子が多い。
顔もスタイルもきっと勝てない。
先輩はいつも通り、煙に巻いているが、誰かと来ていてもおかしくない。
黙っているのが何よりの証拠だ。
「ま~た、都合が悪くなったらだんまりですか? 最近メッセージを送っても返信してくれないし」
「……」
「先輩。聞いてますか?」
「……」
彼の首ががっくりと座った。
「先輩?」
さらに近づいてみると、彼の顔の異変に気づく。
―――赤い。顔が異常なほど熱を帯びている。
浅い呼吸もしている。
思わず彼の額に手を当てた。
「熱い……! これ、風邪どころじゃないよ!」
咄嗟に自分のコートを脱ぎ、彼に羽織らせた。
「早く温かい所に連れて行かないと……!」
彼の肩を支えながら、歯を食いしばった。
「どうして、何も言わないんですか!!」
私の心の中に複雑な気持ちが渦巻いた。




