表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
401/457

命の砂時計



/3人称視点/





 粉雪が舞い落ちる中―――



 

 『極光化』を解除した天内は、その場に立つのがやっとだった。全身の力が抜け、膝が震える。心臓は暴走した機械のように脈を打つ。肺は酸素を求めて苦しそうに音を立てる。身体中が悲鳴を上げていた。

 

 寝起きに全速力で走ったかのような不快感が全身を包む。

 呼吸は荒く、震える手で胸を押さえる。

 千鳥足で遊歩道を歩きながら、彼は何とか意識を保とうとしていた。

  

 眩暈、頭痛、そして吐き気。

 先程拭いたにも関わらず、再び鼻血が伝う。 


「うっぷ……!」


 耐えきれず、彼は道端に膝をつき、胃の中の物を全て吐き出した。胃液の残り香が冷たい空気に溶け込む。


 不意に歩道にいた男の怒声が飛ぶ。


「汚ねぇな! おい! 迷惑だろ!」

 

 『ぜぇ、ぜぇ』と荒い呼吸を整える。

 体は言うことを聞かない。


 すれ違い様、嘲笑交じりの声が周囲に響く。

 振り返る男たち、恋人たち、無関心に通り過ぎる群衆。

 

「なにあれ?」

 

「酔っ払いだろ」


「気持ち悪……」


 奇異な視線。

 避けられる足音。

 冷たく、空虚な街の声。

 ただ遠巻きに彼を眺めるだけ。


 彼はそんな言葉を背に―――

 肩を上下させ、顔を覆い隠すように手を当てた。

 

「使えば使うほど……」


(前回よりも反動が酷くなっている気がする。時間的猶予よりも回数なのか? 使用すればするほど、どんどん悪化しているような気がする)


 震える手を下ろすと、赤みがかった地毛が数本、白く変色しながら指の間に挟まっていた。


「おいおい……」 


 ふと横を向けば、ショーウインドウの中に映る自分の姿。

 白髪がまばらに混じった頭。

 極光化の反動が顕著に表れている。

 それは今までにない出来事であった。



 命の砂時計が尽きかけていた証。



 周囲の視線が彼に突き刺さる。

 子供を引き寄せ、露骨に避ける親子連れ。

 嘔吐している現場を面白可笑しく写真に撮る若者。

 憐みの視線を向ける恋人たち。

 眉間にしわを寄せ不快そうな顔を向ける男たち。



 誰一人として、声をかける者はいない。


 

 人々は、彼をただの『迷惑な存在』と見なしているかのようだった。この街は、相変わらず煌びやかで、恋人たちは笑い合い、楽しげな賑わいは続いている。

 

 





 彼が救おうとする世界は、彼の存在を見向きもせず、ただ無情に流れ続ける。

 





 

 そんな状況でも―――

 街の片隅で彼は安堵していた。

 彼の眼に映るのは、笑い合うカップルの姿、親子で手をつなぎ楽しそうに歩く様子。

 


 『普通の日常』が続いていた。

 

 

 安心したのだ。

 救おうとする世界が自身に無関心である事こそが、日常が正常に保たれている証拠。クリスマスの賑わいや恋人たちの笑顔、家族団らんの姿は、彼が守ろうとした『何気ない日常』の象徴なのだ。


 朦朧としながらも一言。

 自分に言い聞かせるように呟いた。


 

「俺が必ず……未来と言う名のバトンを……次の世代に繋いでみせる」



 立ち上がろうと足に力を込めるが―――


 体は重く、冷たい雪が彼の肩に静かに積もっていく。

 静かに溶ける雪が、彼の体温に触れて消えていく。



















 それはまるで、残された時間が雪のように消えていくようであった。













 

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ