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歓喜に至る


/3人称視点/






 『歓喜の歌』が響き渡る―――






 クリスマス目前の夜:クリスマスイブ。

 刻一刻と時の流れが刻まれていく。

 長針と短針が次第に、24日から25日へ移ろい始める。


 

 

 街には幸福感が満ち溢れている。




 華やかなクリスマスムードが街中を彩る。

 キラキラと輝くオーナメントと色鮮やかなショーウインドウが、人々の日常をいつもより少しだけ特別に装飾している。


 笑い声、甘い囁き、ささやかな会話。

 活気、熱気、情熱、欲望が渦巻く地上。

 少しだけ特別な日常の風景。


 人々の声が交錯し、穏やかな喧騒が街中を満たしていた。


 子供たちの笑い声。

 友人同士の何気ない会話。

 恋人たちの甘い囁き。


 その一つ一つが、この夜を「特別」に彩る欠片となる。

 街の片隅では、幸福と静かな喧騒が入り混じる光景が広がっていた。


「ほら、早く! イルミネーションが消えちゃう前に!」

 

 小さな手を引かれる子供が、母の手を振りほどき駆け出す。

 寒さで赤くなった顔を輝かせながら。

 後ろで微笑みながら見守る両親の姿。

 まるで絵画のように、街の景色に溶け込んでいた。



 一方で―――

 オフィス帰りの若者たちは道端で足を止めていた。

 コンビニのケーキを手に笑い合っていた。


「どうせ一人だけど、まあこれでいいか!」


 その言葉に、仲間達の笑い声が重なる。 



 また別の場所では―――

 恋人たちは腕を組み、プレゼントを抱えながらショーウィンドウを覗き込む。


「どれが似合うと思う?」


「全部似合うよ」

 

 甘い会話が冬の冷たい空気に溶けていく。



 誰もが当たり前の幸せを信じ。

 誰もが自分たちの世界が守られていることを疑わない。


 誰も気にも止めない。

 誰も想像しない。

 誰も知らない。



 この穏やかな地上の遥か上空で、別の世界が広がっていることを―――。


 ・

 ・

 ・


 摩天楼の絶頂――



 

 星空に最も近いその場所。

 そこでは熾烈な攻防が繰り広げられていた。


 幸福の象徴であるクリスマスイブ。

 その平穏は、脆弱で儚い均衡の上に成り立っている。


 高層ビル群を覆う冬の冷たい風が吹き荒れる天空を高速で駆け抜ける影。

 


 命を賭けた殺し合い。


 

 鋼鉄とガラスで形作られた巨大な高層ビル群。

 冬の突風舞う狭間を、天内は疾風のごとく駆け抜ける。


「―――逃がすか!」 


 摩天楼のビル群を神速の早さで駆け抜ける。ビルからビルへ、摩天楼の壁面を蹴り、飛び、跳ねる。重力の縛りなど最初から無いかのように。


 縦横無尽に都会の街の上空を走り抜ける。


 

 天内が追いかける視線の先には、漆黒の夜を支配する女。


 

 ――夜の女王。


 

 空を支配するように舞いながら。

 彼女は黒い翼を広げ、不敵な笑みを浮かべる。


 唇を妖しく舐めながら呟いた。


「さぁ。楽しませて頂戴」 


 彼女は妖艶な唇を舐め夜空を舞いながら『眷属』を呼び出す。

 漆黒の唇が、妖しく光を反射する。

 彼女は高らかに叫んだ。

 

「どこまで愚かで愛らしいのかしら!」


 夜の女王が嘲るように笑った瞬間、足元の影が動いた。

 夜空の裂け目からヴァンパイアの群れが現れる。

 それは絶望の渦。

 


 『感染の母』たる『夜の女王』。



 彼女を守るように。

 異物を排除するように。

 異形の群れが、彼を追い詰めるだけではなく、彼の退路すら埋め尽くしていく。



 異形の群れが夜空を駆ける1人の剣士に迫った。



 すると―――

 剣戟が夜空を切り裂いた。


「こんなもんか!?」


 ヘラヘラと嗤う天内。

 彼の閃光のような剣の軌跡が、異形を次々と分断したのだ。

 

「へぇ……」

 夜の女王は、それでも余裕を崩さない。

 彼女は続けて。

「これはどうかしら?」

 

 彼女の号令に応じるように。異形の群れは熾烈な追撃を開始し始める。


 剣閃が舞う―― 


「一体目!」


 鮮血が弧を描き、風に散る。

 ――――血飛沫が舞う。


 剣戟が(ほとばし)る――

 

「二体目!」


 ――――頭部が飛んだ。

 美しい流線形の軌道が立体的に描かれる。

 

「三体目! 四体目! 五体目!」


 ――――腕も足も腹部も見事な斬撃によって両断されていく。

 

 宙返りとともに刀身を振り下ろし――― 

 無数の敵を一閃で薙ぎ払う。

 頭が飛び、腕が千切れ、黒い血の花が夜空に咲く。

 

 刀身が次々と黒い血を浴びながら、異形を切り裂く。無駄のない動きが描く剣閃は、さながら絵画のような美しさを宿していた。


 彼は歓喜の歌に合わせて踊るように、舞うように。

 刀身は『調べ』に合わせて残光を放つ。

 流麗な筆使いのような斬撃の数々。



 切っ先に映る残光が、夜空のキャンバスを色鮮やかに、華やかに彩っていく。


 

 地上では幸福が満ち溢れ、歓喜の歌が鳴り響く。

 地上の幸福と天空の殺戮。

 それはあまりに矛盾に満ちた光景だった。


 

 夜の女王の目的。 



 性交渉や粘膜接触を媒介に『グールの氾濫』と言う名の未曾有のパンデミックを引き起こす事。


 大都市の全てを巻き込む絶望の連鎖。

 一度それが引き起これば壊滅的被害を及ぼす。

 それが彼女に課せられた使命。

 その目論見はたった一つ。



 『終末のカウントダウン』を早める事。

  


 稀代の魔術師が使役する6つの魔物の一つ。

 その名は『血の契約者(ブラット・パクト)』。



 またの名を『夜の領域:ドメイン・オブ・ザ・ナイト』。


 

 吸血鬼型の魔物。

 夜を統べる力を持つ魔物は、地上を血と混沌で満たそうと動き始めていた。 


 

 それを防ぐために天内は『夜の女王』と熾烈な攻防を繰り広げていた。



 摩天楼の上、戦いは激しさを増していく。

 紅い月が輝く星空の下。

 運命が交差するクリスマスイブの夜は、まだ終わらない――。



 

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