時空の幻獣:アルターグリフ
/3人称視点/
紅い月が海面に反射していた。
潮風が吹き抜ける中―――
遠くで波の音が微かに響く。
不安定に光を放つ赤色灯が、荒れた街の中にひときわ異彩を放っていた。
所々崩壊し、ひび割れたトウキョウ湾臨海道路。
道路の端は破片や瓦礫で埋め尽くされている。
遠くの方では巨大なモニターが倒れ、電力の痕跡を示すわずかな光を放っていた。
遥か彼方にはトウキョウの摩天楼が輝く。
そんな中で―――
騎士の駆ける馬の蹄音が急速に近づく。
環状線の終点。
翡翠と馬を駆る騎士のデッドチェイスが、いよいよ終わりに近づいていた。
その時―――
翡翠の視線の先には、ひときわ目を引くメイド服のフランが立っていた。
その瞬間、大楯を持ったフランがその体を屈め、足を速めて駆け出す。彼女の姿は刹那的に速度を増し、迎え撃つ騎士へと突進していく。
「フラン殿!」
翡翠の声が響くが、すでに彼女はその言葉を背に、目の前の戦いに集中していた。
「ここはお任せを!」
すれ違いざま、2人は短い言葉を交わす。
フランはさらに加速し、目の前の戦闘に集中する。
「時空の幻獣! 生きていましたか! 貴様! 一体何人に寄生している!」
フランの声が鋭く響く。
彼女は巨大な楯を手に戦場を駆け抜ける。
足元を蹴り上げ、砂埃が舞った。
彼女の進行速度はまるで風のように加速していく。
彼女の歩は。
徐々に―――――
徐々に――
徐々に―
加速して弓矢の騎士との距離を詰めていく。
エルフ特有の長い耳が見え隠れする弓矢の騎士。
彼の冷徹な視線がフランに向けられる。
強者の存在感を放っていた。
「……」
無言の騎士の手に握られた大弓から、鋭い金属音を立てて矢が放たれる。それはただの矢ではない、暴風を巻き込んだ恐ろしい矢。
「なん!?」
驚愕はフランの声。
フランの目の前で空気が歪み、渦を巻くような風が吹き荒れたのだ。
矢はまるでドリルのように、真空を切り裂いて疾走する。
矢じりには周囲を塵芥させる暴風が纏わっている。
螺旋回転する暴風の矢の威力は空飛ぶフードプロセッサー。
もし当たれば、人体はひとたまりもなく捻じ切れ、肉塊に歪曲する。
「骨の壁!」
暴風の矢を防げないと悟ったフラン。
彼女はすぐにその身を守る術を展開した。
大楯を地面に突き刺す―――
片手を上げ、彼女の大楯を中心に無数の骨が集まり巨大な『骨の壁』が生じる。大小様々な骨が連なり、無数の棘が広がる防御壁が展開された。
「く!?」
声の主は翡翠。
周囲を暴風が巻き荒れて、彼女は手で顔を覆う。
吹き荒れる風に、彼女の目は一時的にかすんだのだ。
「これでも足りませんか!」
フランは目を細めた。
壁が徐々に削れていく。
骨の壁で暴風の矢を迎撃するが、矢が激しく壁に突き刺さり、風を巻き上げたのだ。掘削機が地面を掘り進めるように強固な壁を掘り進んでいく。
その威力に、フランは脅威を感じ取った。
しかし、決してひるまない。
「翡翠様。身を屈めてお待ちくださいませ」
フランはさらなる防御準備する。
多くのスケルトンを出現させる『不死の門』。
『骨の壁』を二重、三重に強化した。
その鉄壁の防御をさらに堅固にする。
同時に、弓矢の騎士も次の装填を開始する。
「まずいですね!」
フランは『骨の棘』を両手に出現させると―――
弓矢の騎士に白兵戦を挑みに駆け出す。
フランはアルターグリフが寄生した術者が想像以上のやり手であると確信していた。そして近接戦を避けているとも。
「あまり時間をかけるのは得策ではなさそうですね!」
フランの両手には杭のように鋭く光る骨の棘。
彼女は騎士の胸と顔の二か所を狙う。
距離を詰められるのを感じ取った騎士は、距離を詰めるフランの迎撃の為、素早く弓を構え、弓を引こうと―――
バンッ! バンッ! バンッ!
夜闇に銃弾が轟く。
翡翠がライフルを構え、騎士が跨る馬の足元に魔弾を撃ち込んだ。飛び道具が騎士に直接当たらぬならば、足場を僅かに崩す事を選んだのだ。
スナイパーの彼女は知っている。
弓も同様に、ほんの少し、ミリ単位で誤差が生じれば弾道が大きく変わる事を。スナイパーとしての鋭い感覚が、弓矢の軌道を完璧に狂わせる。
わずかに重心がズレ手元が狂う弓矢の騎士。
すると―――
弓矢の騎士の放った暴風の矢は軌道を大きく変え、明後日の方向へ矢は飛んで行った。
「お見事」
フランは翡翠に賞賛を送る。
彼女はその身を再び弓矢の騎士へと集中させる。
フランの目に弓矢の騎士は眼前まで迫っていた。
狩人のようにフランは加速し……
「終わりです」
フランは冷徹にそう告げると。
『骨の棘』を弓矢の騎士の胸と顔に同時に突き刺した。




