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――――――――女王



/3人称視点/



 ――天内が『夜の女王』と対峙し、摩天楼を駆けているその頃――



 トウキョウの中心地は夜空から降り注ぐ月光に染まる。

 再建された摩天楼群が冷たい輝きを放っていた。

 ビル群の頂上には赤色ランプの明かりが煌々と輝き、鋼鉄の構造物の無機質な美しさを浮かび上がらせる。


 

 都市の復興を象徴しているかのようだった。

 

 だが、その遥か先に広がる光景は対照的。


 トヨスとオダイバ方面――かつての爆心地。


 貧者戦の傷跡が色濃く残るこの地は、沈黙と廃墟に支配されている。破壊された環状線の残骸が、赤色ランプとわずかな街灯の薄暗い光の中で怪しい輪郭を描く。



 その中で突如、音が鳴り響く。

 ひび割れたトウキョウ湾臨海道路に響くエンジンの咆哮と蹄鉄が地面に叩きつけられる金属音のリズム。




 闇を切り裂き疾走する2つの影。




 漆黒のフルカウルバイクが環状線を滑るように疾走する。

 風を切るように加速するその上には。

 

 ―――翡翠が跨っていた。


 彼女の背にはライフル、腰には拳銃。

 風を切る音が耳を打つ中、サイドミラーに映る追跡者を睨む鋭い目。ハンドルを握る指先に迷いはない。


 彼女の指先はクラッチレバーを軽快に操り、回転数を上げてギアをスムーズに切り替える。エンジンの鼓動が手に伝わり、瞬時の判断で速度を調整しながら、彼女はハンドルを握り直した。


 

 一方、その背後――

 


 馬を駆る騎士が(ひづめ)を鳴らし高らかに迫る。

 古めかしい甲冑に包まれ、背には巨大な弓を背負ったその姿は、不気味でありながらどこか荘厳な雰囲気を漂わせていた。


 背中に背負った大弓が、その異質さを際立たせている。

 (いにしえ)の風貌を持つその姿が、バイクの後を執拗に追う。


 距離は数馬身。

 しかし、馬は全速力で食らいつく。


「見た事のない甲冑……」


 翡翠の眼は騎士の体を覆う紋様に留まる。

 それがどこの国や時代のものなのか、見当もつかなかった。


 彼女は軽く舌打ちした。


「何者だ? 何が起ころうとしている? なぜこのタイミングで」


 クラッチを握りながら回転数を調整し、一気に加速して追撃を振り切る。その手元は疾走中にもかかわらず、寸分の狂いもなかった。バイクのハンドルを片手で操りながら、拳銃を引き抜く。手元はブレることなく的確。

 

 スコープに頼らず感覚で追跡者を捉えると――



 パンッ!  パンッ! パンッ!



 と、乾いた銃声が環状線の高架を駆け抜けた。

 弾丸が夜闇を裂き、騎士の装甲、足元、馬の近くの路面を削り取る。


 だが――


「効かない? 当たったはず……なんからかの魔術?」 

 

 翡翠が眉をひそめる。

 銃弾は騎士の周囲で、何か見えない力に弾かれるように軌道を逸れたのだ。夜風を纏ったような見えない障壁が、騎士の体を守っている。 


 

 その騎士が、徐々に加速し距離を詰めてくる。



「なんだあれは!?」

 翡翠は振り返り目を細めた。


 手には黄金の矢。

 矢じりには、『小さな暴風』が渦巻いているのが目視できた。彼女は息を呑み、クラッチを握って再びギアを上げる。


 エンジン音が轟き、バイクは全力で加速する。


 突如―――


 

 


 暴風が舞った。

 



 

 騎士が弓を引き、黄金の矢を解き放ったのだ。

 矢は一瞬で暗闇を貫き、翡翠のバイクのすぐ横を掠めた。

 

 その瞬間―――


 突風がバイクを揺さぶり、翡翠は必死にハンドルを抑え込む。

 

「クソッ……!」

 

 彼女は体重を低くし、ニーグリップを効かせてバイクの安定を取り戻す。


 環状線を滑るように疾走するバイクと馬。


 追撃が激化する。


 翡翠は拳銃をライフルに切り替え、反撃の準備を整える。加速するバイクの振動を物ともせず、彼女は照準を合わせ―――

 


 バンッ!  バンッ!

 


 先程よりも威力の高い弾丸が再び夜空を切り裂いた。

 だが、騎士はそれを物ともせずに迫る。



「やはり命中しないか!」

 

 

 確実に頭部に被弾したはず。

 にもかかわらず、無傷。

  

 再び騎士から矢が放たれる。

 放たれる矢の一撃一撃が、空気を歪ませ、周囲に暴風を巻き起こした。

 


 銃弾と矢が交錯し、環状線に火花と風圧が飛び散る。


 

 命を削る追跡劇。

 デッドレースはますます熾烈さを増していく。

 

 翡翠の目は前方に移る。

 環状線の先――

 封鎖された高架線の終点が迫っていた。

 ミサイルの爆撃で崩落した環状線が目に入ったのだ。

 

「逃げ場がない……? なぜ?」


 地形を把握していたにも関わらず。

 状況が刻一刻と変わっている事に驚く。

 しかし、頭を振るい、思考を切り替える。

 彼女は歯を食いしばりながら、次の手を模索し始めていた。この闘いの決着が、すぐそこに迫っているのだ。

 

 

「あれは……」



 声を上げたのは翡翠であった。

 視界の端に奇妙な光景が映った。

 彼女の視線が見たもの――

 それは、崩落した高架線の先に佇む人影。

 メイド服を着た女性が、崩落した道の縁に静かに立っていた。



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