60日後に死ぬ天内
つい先日。
香乃の切ない顔を見た。
アイツは間もなく死亡する可能性があるらしい。
そして唐突な告白。
「なんでだ?」
いつの間に好感度を上げているんだろう?
くっそわからねぇ。
香乃なんて、金の無心しかしていない。
なのに、俺は好かれているっぽい。
正直断られると思っていた。
だが、OKらしい。
「……なんでだ?」
自己批判ではないが。
客観的に見て、自分がモテる要素は皆無。
休日はギャンブルしかしてないし、借金もある。
ビンテージ風にする為に、服も基本洗わないし。
食い方も汚いクチャラー。
さらに基本的に、女性陣は雑に扱ってきた。
というか基本的に人間関係全般が得意でない俺は、男女構わず雑な対応しか出来ない。
「なのにだ! なぜなんだ!」
頭を掻いた。
「くっそ!」
髪の毛が抜け落ちた。
俺はそれを見て悲しくなった。
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」
最近頭皮が寂しい。
ケハエールで毛根の維持を行ってきたが、冬になって余計に痛感した。頭が寒いのだ。香乃に服を買った際、ショーウィンドウに映った俺の髪。
「どう考えても毛量が少なかった」
俺は数多の戦場を超えてきた自負がある。
しかし、唯一勝てそうにないものがある。
髪の毛の後退だ。
俺は怖いのだ。
自身の頭頂部を直視する事が。
もし、後頭部から前頭部が見えれば……
「ヤメロ! 考えるな! 俺」
またも頭を掻きむしった。
パラパラと髪の毛が抜ける。
「くっそ! 借金もある」
俺の借金は既に10桁。
常人なら山の手線ストッパーになる金額。
正直、意識を借金に向けすぎると泡を吹いてぶっ倒れる可能性がある。なので考えないようにはしている。ヘッジメイズでの稼ぎは利息で消える。10桁など個人が払える額ではないのだ。
「ダメだ。金の事も考えるな!」
過呼吸になった。
危うく精神疾患に陥る所だった。
俺は生き残る予定。
マリアが助けてくれるらしい。
しかし、生き残っても地獄な未来が待っているのを知っている。きっと途方に暮れるだろう。死ぬつもりで死ぬほど借金をしてきた。だから生きる選択を取っても地獄。
「進んでも地獄。進まなくても地獄。せめて、少しでも楽な地獄に行きたい」
そんな事を考えていた。
・
・
・
冬季休み前。
長期休暇を前に、少しだけ浮足立つ学生が行き交う。
――学食であった――
「ど、どうだ? 自信作だ。フフ。毎日作って来てやるからな」
目の前には―――
両手で自身の顎を支えるニコニコ顔のフィリス。
俺の眼下にはフィリスお手製の昼飯……
「これはなに?」
「幕の内弁当。お前の食事だ。美味そうだろ?」
「幕の内弁当?」
「そうだぞ。遠慮せず。ほら! 先日の謝罪もある。ほら! 食え!」
彼女は自信満々な表情。
もう一度眼下の幕の内弁当?
と思われるモノに目を落とす。
惣菜とは思えぬものの数々。
「白米?」
白米っぽく細かく刻んだ何か。
ブヨブヨとおかしな感覚。
「……マシュマロを刻んでみた。なんだ? そんなに喜ばないでくれ」
フィリスは顔を赤らめる。
俺は脇を彩る茶碗を手に取る。
「これは味噌汁?」
液体の流動具合が味噌汁のそれではなかった。
「チョコ。生チョコ。牛乳と味噌を混ぜてみたぞ!」
俺は弁当の端っこの白い塊を指差す。
「ポテトサラダっぽい……これはなに?」
「な・ま・ク・リー・ム」
フィリスは甘い声で返答し、続けて。
「イモを生クリームであえてみた」
俺はさらに続けて、魚の形をした何かを指差す。
「じゃ、じゃあ。メインディッシュっぽいのは……?」
「マドレーヌ。形を作るのに苦労したんだ。中にミートソースを詰め込んでみたぞぉ」
鼻高々に宣言するフィリス。
「味見はしたのか?」
「そんなものする必要はない」
「なんでしない?」
「美味い物と美味い物を掛け合わせた。私のお前への親愛を込めてある。おかわりもあるからな。ほら!」
彼女は数々のタッパーを取り出した。
それを見て、俺は黙って席から立ち上がった。
「ちょっと、今から大声を上げるけどいい?」
「な、なんだ? どうした?」
彼女のそんな言葉を無視しツカツカと歩き、人気の少ない窓の方に向かう。ガチャリと窓の錠を開けた。
大きく息を吸い込み――――
「ああああああああああああああああああああああ!!!!!」
虚空に向かって大声を叫んだ。
「ど、どうしたんだ!? そんなに感激したのか!?」
フィリスが俺の方に駆け寄って来る。
「く、来るな!」
俺は彼女を手で制す。
「お、え? な、なんだ?」
「今、俺に近づくな。乱暴しそうになる」
「こ、こんな昼間からだと!?」
顔を赤らめるフィリスはモジモジし出す。
「だから来るな……よ。今の俺は正気を保てそうにない」
「そこまで喜んでくれるなんて、私は嬉しいぞぉ~」
腕組みをして『うんうん』頷くフィリス。
俺はそんな彼女を横目に、空に視線を戻す。
「これは先日の意趣返しか……」
少々言い過ぎたのを根に持っているに違いない。
禿げそうだった。
いや、もう禿げているのかもしれない。
問題が渋滞し始めて、ストレスが溜まっているのだ。
息抜きに1人学食で飯を食いに来てみればこれだ。
俺に逃げ場はないのか?
家に戻れば香乃とフランが居る。
学校に来れば、同級生や後輩から嫌がらせを受ける。
なぁ? 俺はそんなに悪い事をしてるのだろうか?
一つだけ確信した事がある。
「俺は女が嫌いだ」
俺の親友であり、カッコウが居なくなり俺の精神状態は、確実におかしくなっている。ストレスのはけ口というか、相談相手というか、愚痴を言う相手が居ないのだ。
女嫌いが加速しているのを肌で感じる。
女の世界は陰湿だと聞く。
今、肌感でそれを感じ取った。
「アレは本当だ」
チュンチュン鳴くスズメを見ながら考え込む。
それにだ。
「やる事が多すぎる」
問題が渋滞し始めている。
連休の東名高速のように渋滞しているのだ。
「大人しくフィーニス戦の攻略に勤しませて欲しいのに」
少しでも歩けば『問題の地雷』が爆発する。
色んな事が複雑になってしまっている。
先日、マリアを憤慨させた時もそうだ。
マリアの地雷が爆発した。
ようやく処理したと思ったら。
今度は香乃の地雷が爆発した。
「うぅぅぅぅぅ~~~~」
呻きながら頭を抱えた。
全否定になってしまうが―――
「俺が風音に転生して、どいつもこいつもガン無視で攻略に励めば、3ヶ月で終わった可能性すらある」
俺は、とんでもない事をサラッと言ってしまった。
ソロ攻略が可能だった可能性。
あり得る。
「いかんいかん」
頭を振るう。
しかし、そんな世迷言を考えるほどに俺は追い詰められていた。




