命を懸けるに値するのか?
「いや、君、もう受付終わってるから」
「そこをなんとか!」
「常識的に考えてさぁ」
おっさんはわざと聞こえるように大きくため息を吐いた。
「後生です。ここを逃すと、なんていうか。ストーリーがおかしくなるんです!」
「何を言ってるのかさっぱりだよ。君はゲームのやりすぎだ」
肩をすくめて『クレーマー来たよ』、と言わんばかりの対応をされる。
「まだ、始まってないじゃないですか模擬戦。なんで俺は参加できないんすか? 俺が転入生だからなんですか?」
「そういう訳じゃないないよ。そもそも遅刻してくる君が悪いんだろ。10分前にエントリー受付とかふざけてるのかね?」
クッソ。正論だ。
正論ティーがぶ飲みだよ!
ああ。俺は遅刻したさ。
あっちもお役所仕事。
模擬戦開始10分前に無理やりエントリーさせろなんてのは虫のいい話。
「わかりました。こちらにも考えがあります」
「なんだね?」
「これを」
俺は懐から"札束"を出した。
「君は……一体」
絶句する受付のおっさん。
「まぁまぁ。これは取っておいてください。それで。俺は参加できるんですよね?」
「……」
金の魔力は最凶。
「で? どうでしょう?」
「君は失格だ」
「な……ん……だ……と!?」
賄賂に屈しない……だと!?
馬鹿な。
そんな事がこの諸行無常の世界にあっていいのか。
おっさん。
お前が……優勝……だ。
「君のような金品で解決を果たそうとする者は多くてね。今回の模擬戦は問答無用で失格だ」
「失格……?」
チュートリアルに参加できない……だと。
「マジで?」
俺はため口で受付のおっさんに問いかけてしまった。
「マジで」
「…………終わっとるやん」
「次の考査から心を入れ替えるんだな。天内くん」
俺は最終宣告を告げられ項垂れていると、後ろから声を掛けられた。
「どうしたんです? お困り事ですか?」
「え?」
俺は後ろを振り返ると。
腕には生徒会の腕章を付けた爽やかなイケメンが居た。
---時は少し遡る---
大事な日の前日って結局あんまり寝れなかったりするよね。
22時に布団に入ったはいいものの、結局眠れず朝になってるやつ。
そして早朝頃になぜか強烈な睡魔が来る現象。
あれさ、やめてくんない?
自律神経おかしくなるんだよね。
バイオリズム崩れるっていうかさ。
「昼か……」
人間というのは恐ろしいもので、もう取り返しがつかない状況になると非常に冷静になる、と思う。
俺がそのタイプだ。
前世でリーマンをやっていた頃、大事な商談でとてつもない遅刻をした事がある。
目が醒め、携帯を見ると上司から鬼電の嵐だった。
目が醒めたのは商談が開始する時間だった。
家から商談先までどんなに急いでも2時間はかかる。
正直『あ、死んだわ』となった。
最初にやったのは急いで商談に向かうではなかった。
まずベランダに出てまとめサイトで面白いスレがないか探し、タバコに火を点け、優雅にコーヒーを沸かし飲む事だった。
人間とは不思議なもので、取り返しがつかないとわかると妙に冷静になるのだ。
なんなら普段ならしないシャワーすら浴びた。
その後の事は思い出したくもない。
記憶にあるのは……土下座と罵倒それだけだと言っておこう。
「モリドールさん居ますか?」
モリドールさんを探すと、家の外でぶっ倒れていた。
てか寝てた。
地べたでスヤスヤと寝てた。
「非常に穏やかな顔をしておられる」
俺は安堵した。
自分と同類だなと思った。
俺の悪癖として自分と同等かそれ以下の人間を発見するととても安堵する。
昨日。
俺は『モリドールさんとは別で暮らすんで』と言ったところ驚いたような顔をして渋々納得していた。
無論、庭に俺用のテントベースで暮らすためだ。
モリドールさんの自宅とは目と鼻の先もはや飼い犬の小屋程度の距離。
しかし晩御飯を食べている時、モリドールさんはいつの間にか買い込んでいた酒を盛大に飲んでおり『なんでよぉ~なんで一緒に住んでくれないの!? 私を捨てないでよ!』と泣きながら暴れまわった。
俺も最初宥めていたが、泣きながら暴力の限りを尽くしたモリドールさんをいつも通り処した。
酔いが醒め、目も覚ましたモリドールさんを宥めた後『一人にしてほしい』と言っていたがあのまま庭で寝てたようだ。
「モリドールさん。もう昼ですよ。出勤しなくていいんですか?」
肩を揺さぶる。
「…………うまうま……」
うわ言を呟くモリドールさんを担ぎ、自宅のベッドに寝かすと寝顔を見つめた。
むにゃむにゃといい夢をみているのか笑顔になっている。
「……ピザ食わせろ…………」
何かを食べてる夢を見てるらしい。
「だめだこりゃ」
俺はコーヒーを沸かし、木漏れ日の中で優雅なひと時を過ごした。
目を瞑る。
そう。
今日は上級生同士の新入生歓迎を込めた模擬戦の当日。
目覚めた時刻は12時半を過ぎていた。
開始は13時から随時行われていく。
主人公風音にとってのチュートリアル戦だ。
禁術を使って間に合うか間に合わないか微妙な所。
そもそもエントリーみたいなのが事前にあるなら既に終わっているだろう。
そもそも午前のホームルームというか、転校の挨拶みたいなのもしてない。
マホロ学園はクラス替えがない。
1クラス50名からなり、1学年6クラスある。
決まったクラスメイトと4年間一緒という新参者にはキチィ環境。
コミュニティは既に築かれているだろうし、最初の挨拶というのは非常に大事だ。
俺はまずこの機会を逃した。
1歩どころか3歩後退だ。
次に模擬戦に参加しない。これはそもそも俺のプランが狂う。
ここで適当に主人公風音に負ける必要がある。
その機会も逃そうとしている。
「さて、どうするか」
正直模擬戦なんてチュートリアルだし、参加する意味ないかもなと思い始めていた。
だが、心のざわめきは一向に収まらず、変な汗さえ滲んできた。
2つの意見がせめぎ合う。
どうすればいい? コイントス?
「いやいや。流石にそれはないわ」
後悔しない選択肢を取るしかない。
「一体どうすれば……」
………………………行くか。
クッソ行くしかねぇ。
間に合わないかもしれないし間に合うかもしれない。
モリドール家兼俺の住居から学園本拠地まで車で2,30分。
悪路の為ある程度時間が掛かった部分もあるので、精々ここから10キロあるかないかだ。
13時まであと6分。
1キロ約36秒で走ればジャストに到着する。
しかし受付や用を足す時間を鑑みれば4分は欲しい。
つまり2分で到着したい。
という事は1キロ12秒で移動する必要がある。
1分で5キロ移動する必要がある。
時速300キロ。
理論上不可能だ。
人間の身体がそんな超スピードを出せる訳がない。
だが、俺には禁術タキオンが存在する。
試したことはない。そもそもタキオンの速度を計測したことがない。
加えて森の中は遮蔽物が多い。
仮に時速300出せてもそれは直線距離で遮蔽物のない空間での想定となる。
森の中を移動するとなるとそれ以上のスピードと左右上下に木々を躱すテクニックが必要となる。
となると倍の時速600キロは欲しい。
そしてそのスピードを精密操作する技巧が必要になる。
できるのか?
できないのか?
俺はこんな事で命を懸けていいのだろうか。
時速600キロが仮に出たとして、もし遮蔽物にぶつかれば肉体が四散する可能性がある。
「こんな事で、命を懸けるに値する事なのか?」
頭を振るう。
いや、できると思った時はできる。
「……やって……みるか……」




