オルバースのパラドクス
『オルバースのパラドクス』
1回しか使えない、これは従来のチート能力とは真逆のコンセプト。
『攻めの一手』ではなく『引きの一手』。
『強力な一撃』ではなく『引き際を制する』。
元々天文用語でしかないこれは『無限の星が存在する場合、夜空が常に明るいはずだ、という論理的矛盾』を謳ったもの。物語の中で『有限な時の中で、無限の選択肢や可能性を追求する事』それをメタファー表現している。
他の夏イベ産のブラックナイトや光剣は『攻め』である。
毛色が違う性能である『オルバースのパラドクス』。
効果は戦闘を行うゲームによく実装されている仕組み『戦闘前に戻す』とか『撤退』、『再挑戦』とかのコマンドコードである。
将棋で例えるなら『待った!』である。
どのような状況でも離脱する事がチート。
しかし、それ以外の使い道はない。
「だが、この効果を逆手に取る」
ゲームデザインの構造を把握すれば、オルバースはメタ的な部分に干渉する力だ。それを俺は1度だけ行使できる。
物語の終止符として機能するフィーニス。
コイツは異常すぎる存在である。
終止符攻略に重要なピースの1つ。
「『逃げる』という一手を『攻略の鍵』として使用する」
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/3人称視点/
朝の陽光が差し込む屋外キッチン。
「香~乃ぉ~く~ん」
朝食の準備を始めていた香乃の下に天内は駆け寄る。
ニヤついた表情で天内が近寄ってくる。
彼女は一瞬だけ眉をひそめ、面倒くさそうにため息をつく。
「……なんで笑顔?」
「笑顔? 友愛の証さ。『僕ら』の仲じゃあないか~」
「ウソツケ」
「ホントホント」
「『僕ら』なんてかしこまるな。気持ちの悪い。不気味な笑みだ」
「酷いなぁ~」
香乃は手元に視線を戻すと、また無言で朝食の作業に戻った。卵を割り、サクサクと野菜を切る手つきが妙に淡々としている。
「知っての通り、私は金を持ってないぞ」
「そんな下世話な話をするんじゃぁないよぉ」
天内はニヤニヤしながらごますりし始める。
「普段のお前は下世話な話しかしてないがな。お金を貸してくれ。倍にして返すって。一回も守られた事はないが」
「『僕』は、いつだって恵まれない国の子供たちと、環境保全を真面目に考えているよぉ~」
「怪しいなぁ。怪しさしかない返答だ。嘘の匂いがする」
「心が曇ってるんじゃないですか!? 心の眼鏡をお拭きしましょうか!?」
「減らず口と返答の切り返しは本物だな」
「そう。僕は本物。人生で一度も嘘を吐いた事がない。純粋無垢なこの瞳を見てくれ」
香乃は面倒くさそうに顔を上げ、天内の顔をまじまじと見つめる。彼女の眼には露骨な不信感が滲んでいる。
「不細工な顔だなぁ。黒く濁った肥溜めのような眼をしているぞ」
「おやおや。辛辣だなぁ」
「フンッ。手伝わんのだったら、黙ってあっちに行って。席に掛けていろ」
「まぁまぁ。そういや。肩凝ってません? 揉みましょうか? 香乃くん」
天内はさりげなく手を伸ばし、香乃の肩を撫でるように触れる。香乃は驚いたように振り返り、眉間にしわを寄せて睨む。
「というか、なぜ敬語なんだ? お前が香乃くん呼びする時はろくでもない時だったな」
「おばあちゃんを敬うのは当然だ」
「おば!? 違う! 以前から何か勘違いしているようだが! 私は!」
天内は香乃の言葉に被せるように。
「高血圧になっちゃいますよ。おばあちゃん」
「だから違うと言ってる!」
「気にしない。気にしない」
「気になるんだよ! 失礼な奴だな!」
「じゃあ、肩揉みますね。マッサージ師俺になりますねぇ」
なんだかんだ言いながら、香乃は大人しくなる。
「……」
「じゃあ、触りますねぇ」
「変なとこを触るなよ」
香乃は顎を動かすと。
「……早くしろ」
「はいよー」
彼は香乃の肩に触れ肩揉みを始める。
「おやぁ~。凝ってますねぇ。ここ!」
凝り固まったリンパを流す。
「んぅ!?」
香乃は手を止めると艶やかな声を上げた。
「ここはどうですか!?」
「……悪くない……かも……」
肩の凝りをほぐされる心地よさに、香乃の表情がほんのりと緩んでいく。
「ここは?」
彼が強めに押し込むと。
香乃は思わず甘い声を漏らしてしまう。
「あ、んぅ……!」
コリッとした箇所を揉み込む。
「んぅぅん!?」
香乃の顔が赤くなり始める。
「ここも凝ってるねぇ」
「やめ……いや、もっと……そこを……」
香乃の表情はますます緩んでいく。
「ここ?」
「あぁ……ふぅ……っ、もっと……強く……」
香乃の呼吸は次第に乱れ。
彼女の頬は赤く染まり。
身体全体が火照っていく。
「ここはどうだ!」
肩甲骨をコリコリとする。
「いやぁぁ!」
香乃は嬌声を上げる。
「これは?」
「んっ……だめ……そこ……」
香乃の口元から抑えきれないような息が漏れる。
「これで終わりだ!」
コリをほぐす。
「あひぃぃぃん!?」
香乃は身体をくねらせた。
「あんまり変な声出すなよ。俺がエロマッサージ師みたいじゃん」
肩を揉んでいるだけの彼は、たまらずツッコんだ。
「いいから……続けろ」
香乃は振り返ると、顎で指図する。
「いいのか?」
「早く……しろ! これは勝負なのだ」
香乃の眼は血走っていた。
「挑戦を受けよう。じゃあ! これでどうだ!」
「いぃぃぃん!?」
「これは!」
「やぁぁぁん! ん、んぅっ……あぁ……もっと……」
香乃の身体はピクンと反応する。
「ここをこう! こう! こう!」
「あぁぁん! むぅぅん! なんぅぅぅん!」
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」
「あっ! あっ! あっ!」
「くそ! くそ! くそ! 落ちろ!」
「はっ! はっ! はっ! ふごぉぉぉぉ!!」
しばらくそんな事が続き―――
香乃の声は次第に甘く、そして途切れ途切れに漏れ出す。やがて、心地よさと恥ずかしさが入り混じったような表情を浮かべ、微かに震える身体を抱きしめるように両腕を寄せた。
彼女は赤く染まった顔で、少しだけ天内を睨みつける。
「な、何を企んでい……ぃぃぃい!? る? お、お前。んぅ!? 自分の置かれている……そこぉ!? 状況が分かっているのか? ああぁん!?」
「わかってる。わかってる」
「あと…………どれほど持つ? いやぁん!?」
「大丈夫。大丈夫。めっちゃ大丈夫」
「……態度が軽いんだよなぁ……あぁぁん!?」
香乃は顔を赤らめ、口元から一筋の涎が垂れている。彼女は内股で身体をよじらせ、足腰が震えているのが彼の目にも明らかだった。
彼はその様子に少し困惑し、手を止めた。
どうやら彼女の敏感な部分に触れてしまったらしいと気まずく思ったのだ。
「心配するな。俺はお前の使い魔だぞ」
香乃はドキリとしつつも、表情を引き締めて返す。
「そ、そうだ。だから、勝手に居なくなるなど」
軽く肩をすくめて。
「香乃が死ぬまで一緒に居てやるから安心しろ」
「……え?」
「俺は生き残る。それに重要な金づる……ゲフンゲフン」
彼は咳込み言い直す。
「大事なご主人様だから、最後まで一緒に居るよ。約束しよう。お前を絶対に1人にしない」
香乃はその一言を聞き、目を見開いた。
香乃の表情が揺らぎ、彼女は小さく震える声で。
「……ほ、ほ、本当……だろうな……わ、わ、私は……既に」
「ホントホント。俺とお前は一心同体。それに家族みたいなもんだろ?」
「……」
香乃は何かを言いかけて口をつぐみ、肩を微かに震わせながら沈黙した。
「なんなら死んだ後も一緒に居てやるから安心しろ。どうせあの世でも暇してんだろ?」
「……そ、そうか。そ、そう……」
彼女は思いがけない言葉を掛けられて俯く。
「そうそう。だ~から。大丈夫! 大丈夫!」
香乃はじっと彼を見つめ、ため息をついた。
「……お、お、お前と話してると私が馬鹿みたいに思えてくるな」
彼女は顔を赤らめ、頬が緩むのを感じつつ、そっと目を閉じた。
「香乃くんはおセンチだもんね~」
「またよくわからない言葉を。馬鹿にしてるな?」
「してないしてない」
香乃は『はぁ~』と大きなため息を吐く。
「それで本題はなんだ?」
天内は『待ってました』と言わんばかりに。
「君。今日暇?」
「あん?」
「香乃くん、服ないって言ってたじゃん。前」
少し戸惑いながらも、口を尖らせて。
「……話が飛んでないか?」
「飛んでない。飛んでない」
香乃は小さな声で。
「ナ……ィガ」
「え? なんて?」
香乃は少し照れた様子で視線を逸らし、言葉を濁した。
「うるさい奴だなぁ」
「で? どうなの? 香乃くんは服のパターン3種類ぐらいだろ? 汚いじゃん」
「きた!? これは違う! 違う!」
天内は抗議を無視し続ける。
「俺のようにカッコいい服を持ってない。バリエーションを増やしたいと思わないかね?」
「……そ、それはそうだが。あと汚くはないからな!」
「そうそう。汚くないねぇ~」
「お前!? 信じてないな! ほら嗅げ。今すぐ嗅げ! 臭くも汚くもない! ほら私の胸に飛び込んで来い!」
「まぁまぁ。落ち着いてよ。最近寒くなってきた。そう思わないかい?」
香乃は『話を聞かん奴だ』とボソリと一言。
「それは、そうだが」
「そう! なので、この不肖なる使い魔。主様に服をプレゼントしたいと思います!」
香乃は疑念を込めた視線を天内に向ける。
「お前。傑だよな?」
「そうだよ。香乃くんの世界最高の使い魔」
「世界一金にあくどい不気味で気色の悪い使い魔だろう? どうした? 頭でも打ったか? 何を企んでいる?」
「僕の親愛の気持ちも素直に受け入れる事が出来ないなんて。おめぇ。頭。でぇじょうぶか?」
ムッとした香乃は。
「なんだお前。ちょっと良い奴かもなと思ったら。腹の立つ奴だ。お前の方が頭湧いてるんじゃないか?」
「だか~ら。俺が服を買ってやるから行くぞ!」
「ええぇ?」
香乃はまんざらでもない表情で驚く。
少し照れたように視線をそらしつつ、嬉しそうな表情を浮かべた。
「さぁさぁ! とっとと飯食ったら街に行くぞ。おばあちゃんなんだから。赤いちゃんちゃんこ買ってやるから」
「私はおばあちゃんではない! 何を勘違いすればそうなるんだ!」
「あ~はいはい。お餅。喉に詰まるから気を付けてね~」
「おい!」




