マジックきのこ
クリスマスが近づいていた。
クリスマス定番ソング『ジングルベル』の曲が街を彩る。
街は冬の煌めきに包まれている。通りにはイルミネーションの光がそこかしかに照らし出され、音楽が流れる中、クリスマスムードが漂っていた。
子ども達の笑い声が響き、楽しげに跳ね回る。ショーウィンドウには手作りのオーナメントや華やかなギフトが並び、人々が足を止めて見入る様子は、この季節ならではの特別な光景だろう。
暖かな飲み物を手にしたカップルや、家族連れが集う広場では、キャンドルの光が揺らめき、心温まる光景が広がっていた。
そんな人々が行き交う中――
翡翠と俺は背中合わせにベンチに座り会話を交わしていた。
スパイっぽくてカッコいいからね。
「マスター。正気ですか?」
生き残っていた翡翠。
彼女は俺の計画を聞き絶句していた。
「本気も本気だよ。これ以上、理に叶った戦法を思いつかない。もしかしたら俺は本当に天才なのかもしれない」
「し、しかし、それはリスクが高すぎませんか? 寿命問題も解決してないのでしょう?」
「寿命問題は後回しだ。先に最後の終末を超える策を張る。この策が最も理に叶っている。で? 頼んでいたサンプルは?」
翡翠はベンチの隅にそっと紙袋を置いた。
「……あくまで試作段階です」
「ふむ」
俺はそれをさっと手元に手繰り寄せ、中を確認する。
白い粉のブツが入っていた。
「希少故、その量しか生成出来ませんでした」
「原料はある。俺がヘッジメイズにて栽培しているからな」
「な、なんと!?」
翡翠は驚きに目を見開く。
「間もなく輸送されるだろう。レンタルロッカーに配送されたら取りに行け。段ボール10箱はあるはずだ。それを使って生産量を増やして欲しい」
「承知。まさか初めから予測を?」
「ま、まぁな」
「やはり天稟なる天才か」
翡翠の声音に驚愕が帯びる。
「ま、まぁ……な」
「くれぐれもご注意を。試作品は10ミリグラムしかありませんが。臨床実験が間に合っていません。どれほどの効力があるかは未知数です」
彼女は慎重に念を押す。
「ちなみに、段ボール10箱でどれほどの効力があると思う?」
「……私は専門ではないので、概算になってしまいますが。それだけの量があれば長期間に効力を及ぼす効果はあるかと」
「ふむ。完璧だ。では頼むぞ」
「……承知」
・
・
・
間もなく。
俺のロッカーにヘッジメイズから段ボールが送られるはずだろう。中には大量の『乾燥マジックきのこ』。俺はヘッジメイズにて、マジックきのこの栽培をしている。それはグリーン汁王子になり大金持ちになる為なのだが。
勿論これは合法的なものだ。
決して違法薬物ではない!
紛らわしい違法薬物が蔓延している。
何度も明言しておくが、『きのこ』であって『マッシュルーム』ではない。
と、そんな言い訳を考えながら。
俺は白い粉が入ったポリ袋を手に取り。
「まさかこれを使う日が来るとはな」
マジックきのこの効果は幻覚作用と麻酔作用がある。俺は麻酔作用に着目し、ケハエール(改)を作ろうと思っていた。しかし、『マジックきのこ』には一つデメリットがある。そのデメリットは、接種のし過ぎにより記憶障害を引き起こす事だ。
だが、それこそが今回の計画の要。
バクバク食うと酩酊状態になり記憶を失うのだ。
もう一度念のために言おう。
合法だと―――
「このデメリット。これが役に立つ」
これこそがフィーニス攻略の鍵。
一つ目だ。
フィーニスの攻略には一発限りの超絶リスクを取る必要がある。
記憶消去。
これが必要なのだ。
俺は記憶抹消薬を組織に作らせている。
勿論、服用者は俺自身。
通称『アルジャーノン計画』。
臨床実験が間に合ってないそうなので、最後の最期に使用する。これはメタ構造にアクセスする為にも、自然科学的側面から考えても、終止符攻略の手順に必須の項目。
「わりぃ。未来の俺。お前多重債務者だわ」
未来の自分が、記憶をなくして途方に暮れる姿を思い浮かべ、俺は一人で小さく笑った。




