陰キャ特攻
/3人称視点/
―― 天内・千秋 ――
学園の一角、夕方の光が優しく差し込む中。
天内は、ニクブとガリノの馬鹿話をし終えた帰りであった。
「よ!」
千秋が彼の背中に声を掛けた。
天内は振り返ると。
「今日は疲れたから登校しないとか言ってなかったか?」
「まぁね。だから私服」
ニシシと笑みを作る千秋はラフな姿であった。
「ふ~ん。じゃあな」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「ん? どうした?」
「前言ってただろ!」
「何を?」
「モス。モス行くって。チーズ照り焼きバーガーが美味しいって話だよ」
「ああぁ」
(そんな事言ってたような、言ってないような。あんまり覚えてないや)
「ボク。さっき起きたばっかなんだよ」
「もう夕方だけどな」
「そう! で! なんと! 今、お腹ペコちゃんなんだ!」
「ふ~ん」
天内はスタスタと歩き出す。
千秋は天内の前に回り込むと両手を広げた。
「だからちょっと待てよ!」
「なんだよ?」
「一緒に行くって約束してたじゃないか」
「ああぁ。そうだっけ?」
「そうだよ! 言ってたよ!」
「じゃあ……今度な」
天内は回れ右してスタスタと歩き出す。
「今度っていつ?」
それに連いて行く彼女は尋ねた。
「そのうち」
「明日、明後日?」
「近々」
「曖昧じゃん。絶対行かないじゃん!」
千秋は不満げに目を細めた。
「行けたら行く」
「ちょっとだけ気を遣ってるけど、絶対に行かない言い訳だ!」
千秋はツッコミを入れた。
「そうとも言う」
「今日行こうよ!」
「えぇ? 今日はモリドールさんと飯食おうと思ってたんだけど」
「そうなの!? じゃあ三人で食べようよ」
「う~む。それはムリだ」
「なんでさ」
「モリドールさんは家でご飯を食べる派だからだ」
「ん? どういう事?」
怪訝な顔になる千秋。
「あ」
(そういや、俺とモリドールさんはご近所さんなのをコイツに言ってなかったな。余計な事を口走った可能性がある)
「なんでモリドールさんがお家で食べる派の人なのに、傑くんは一緒にご飯食べるんだよ。おかしいじゃないか?」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。まるで……その……」
と、千秋は次の言葉を言い淀む。
天内は声を被せるように。
「まぁ。細かい事は気にするな!」
彼女は、ジーッと見つめながら。
「気にするんだけど」
「そういや……お前って!」
天内は追及から逃れるように立ち止まり千秋の顔を見つめた。
「な、なんだよ。突然……」
「お前って……」
彼は千秋の顔をまじまじと見つめる。
「そ、そんなに見るなよぉ」
千秋は照れくさそうに髪を弄り始める。
「俺以外に友達居ないの?」
「グッハ!?」
不意打ちを食らった千秋は心に30のダメージを負い、残りHPは70。彼女は真実を突き付けられ驚愕のあまり膝をついた。
「お、おい。大丈夫か?」
千秋は過呼吸になり、胸を抑えながら恐る恐る口を開く。
「傑くん……それは陰キャに言っちゃいけない言葉なんだ。それは言葉の刃になるんだ」
「『友達居ないの?』って事が?」
「がっは!?」
千秋の残りHP40。
呻きを上げる千秋は天内を見上げる。
「わざとやってるだろ?」
「いや、そんな訳ないじゃん。で? 千秋って『友達居ないの?』」
彼女は飛び上がると詰め寄った。
「おい! それは禁句なの! それ以上言っちゃダメ! それに友達居るし…………」
「ふ~ん。じゃあ一緒にご飯行く友達誘えばいいじゃん」
焦りを隠せない千秋は目を回しアタフタしながら。
「だからそれは言っちゃダメなの!」
「寂しい奴だなぁ」
「そ、そんな哀れみの眼を向けるなよ……」
天内は大きくため息を吐く。
「はぁ~。仕方ねぇな。で? なんだっけ? モスだっけ?」
「え!? 行くの?」
「へいへい」
「うんうん。行こう行こう」
「言っとくけど」
「なに? そんな神妙な顔して」
「金ねぇぞ俺。300円くらいしかないからな」
千秋は引きつった顔をして。
「うっ、そうなのか……出すけど……返せよ」
「覚えてたらな」
「おい。そればっかりじゃないか!」
「じゃあ。行かないよ」
千秋は悔しそうな顔をするが、目を輝かせると。
「出すよ! 出せばいいんでしょ! 出すから行こう! ね!」
「へいへい」
・
・
・
天内と千秋はモスの店内に座り、ハンバーガーを頬張りながら、会話を交わしていた。
「そ、そのだね」
と、千秋が意を決したように口を開く。
「なに?」
「今、12月じゃない?」
(もう12月か……激動の1年だった。途中で過去に戻ったりしてたから感覚的に滅茶苦茶だけどな)
天内は寒さを感じながら一言。
「寒いな」
「そ、そうだね。寒いね」
「しかし、コートが映える季節になった。ようやく時代が俺に追い付いたようだ」
「寒くなっただけだけどね。傑くんは年中コート着てるし……」
「黒のコートこそ至高のファッション。最も完成された形態。ストリートを制すにはこれがいい」
「小町ちゃんに注意されてなかった?」
「アイツは俺のファッションにごちゃごちゃ言い過ぎなんだよ」
「夏場は熱中症もあるし、気を付けた方がいいかもねって事じゃない?」
「オシャレは我慢と偉い人も言っていた。好きな物を着て過ごすのが精神衛生上一番いいに決まっている」
「う、うん。そうだね……聞く耳持たないや」
「なんだよ?」
「とはいえ。ようやく隣を歩いても浮かなくて済むか……」
「さっきから小声でなんだよ。全部聞こえてるぞ」
「い、いや何でも……ところでさ。今12月じゃない?」
「寒いな」
「そ、そうだね」
「コートが映える季節になった」
千秋は顔を押さえながら。
「ちょっと待った。さっきとループしてる!?」
「なに? ループさせたかったんじゃないの?」
「違う。違うよ」
「さっきから会話の糸口が『12月』って、そんなの言われなくてもわかってんだけど。話下手か」
「そ、そうか。そうだね。そりゃそうだ」
千秋は1人納得しながら頬を掻く。
「うむ」
千秋は喉がつっかえたように。
「その……く、く、く」
「く? 黒がかっこいいって事か。分かってるじゃないか」
「違うよ!」
「……そこまで否定するなよ……じゃあなんだよ」
「そのだね……12月はさ。く、く」
「く?」
「クリスマスイブ!!!」
と千秋が声を上げる。
「クリスマスイブ?」
(不思議な事にこの世界にもあるな)
「……とかどう?」
「とかどう? って。どういう意味?」
「ひ、ひ、ひ、暇。ボクが暇なんだよねぇ!」
アハハと空笑いしながら、頭を掻く千秋。
「ふ~ん。いいんじゃない。冬休みに入る日だっけか? 精々ゆっくり休んで。明石家サンタでも観れば?」
「いや。良くないよ!」
「なんだよ。忙しい奴だなぁ」
「ボクは暇なんだ!」
千秋は机に拳を叩きつけた。
「それはさっき聞いた」
「傑くんも、どうせ暇人してるんだろって思って。その……からかってやろうかなって」
「性格悪いなぁ」
「あ、あ、ハハハ」
と、ぎこちなく笑う千秋は、無表情になり質問する。
「で? どうなの?」
「俺? 俺は暇ではないぞ。大忙しだ。それはもうバリバリに忙しい。引く手あまただ」
「え!? そ、そうなの!? なんで?」
彼女は身を乗り出す。
「やる事があるんだ。それがどうしたんだ? お前はゆっくり休んで、ご家族と過ごすなり、彼氏と過ごすなり、」
「彼氏なんて居ない!!!」
と、千秋が叫ぶ。
「え、あ、そうなんだ」
「そうだ! 勝手に妄想するなよ!」
「怖いなぁ。大丈夫か?」
千秋はそんな心配を無視し。
「傑くんは、その誰かと……予定があるの?」
「あるね」
天内はメガシュバ、クリスマスイベント。イカレサイコが第九『歓喜の歌』を奏でながら降臨するイベントを踏破予定なのだ。
「え、あ、そう……なんだ」
しょんぼりする千秋。
「そう言う事。だから暇ではない」
彼女はぎこちない笑みを浮かべながら、探るように問いかける。
「だ、誰と過ごすのさ? ニクブ君やガリノ君だったり? 仲いいもんね」
「違うが」
「違うの!?」
驚きのあまり席から落ちそうになる千秋。
「意外そうな顔をするな。俺があんなゲボカス共と過ごす訳ないだろう。気持ちの悪い」
「ボ、ボ、ボクが、し、知ってる人?」
「いいや。多分知らない」
一瞬の間の後――
「えっと。誰か聞いても?」
「なんだよ。さっきからなに? 俺には予定あるって言ってるじゃん。その日は無理なんだけど。まさかデートの誘いとかだったり?」
「そ、そんなんじゃない! 勘違いするなよ! 馬鹿じゃん! なんでそんな発想になるんだ!? そんな訳ないだろ! どこまで脳みそがお花畑なんだ! キッモ! キモ過ぎ!」
千秋は顔を真っ赤にして怒り出した。
「そっちから聞いてきた癖に……じゃあ、小町とか、マリアさんとかは暇なんじゃない? 知らないけど」
「……傑くんは。じゃあ。誰と過ごすんだよ。それぐらい、教えてよ。いいだろ?」
「夜の領域」
「え? なにそれ?」
ポカンとする千秋。
「お客様」
「デートじゃん!」
「デート? おかしな事を言うな」
「じゃあなんだよ!」
「おもてなしをせねばならないお客様だ」
「……おもてなしって何するの?」
「パーティー」
(血祭りと言う名のパーティー)
「パーティー!? 傑くんが?」
「そう」
「それは特別な人じゃないか」
「そうだな。そうとも言える」
「ど、どっちなんだよ!? 言ってる事がチグハグだぞ!」
「なんだよ。さっきから」
「い、いや。その……」と、人差し指を突き合わせ、困り顔になりながら声を小さくし、続けて彼女は質問をする。
「じゃ、じゃあ。空いてる日は? 翌日とかは何してるの? 参考に。参考に聞かせてよ」
「さぁ。でも。空いてる日なんてない。時間ないもん」
「じゃ、じゃあ、みんなで、マリアとか小町ちゃんとボクと一緒に新年でお参りとかしないの?」
「しないよ」
「え……なんで?」
「男の俺が、新年の集まり。しかも女の一団に、1人混ざってたらおかしいだろ? キモいじゃん。それに俺無神論者だし」
(つーか。神みたいな終末の騎士の敵なんだけど。アイツ曰く神とか居ないらしいしな。神社でなんか現れたとしても確定で魔物だ。叩き切る事になる)
「信仰とかどうでもいいよ。それにみんな大歓迎さ」
「俺が苦手なんだよ。いいから、女同士で行って来いって。俺は年末年始にやる事がみっちりあるんだよ」
「予定詰まりすぎじゃない!?」
「俺は多忙なの。それに年末年始は学園のお祭りがあるじゃん。お前らマホロ生は。そっちに集中すれば?」
「タイムアタックの事?」
「そう」
「知らないよ。そんなの。興味ない」
「ふ~ん。まぁ。アレだよ。俺みたいな奴じゃなくて、そんなに人恋しいなら、そこら辺のイケメンでも引っ張って来ればいいんじゃないの? 女の逆ナン成功率は非常に高いらしいぞ」
「いいよ。そんなの……」
「なんで? お前らスイーツはそういうの大好物だろ? お前が言ってた事じゃん」
彼女はキッと睨みつけ。
「ッ!? 馬鹿にしやがって」
「なんだよ。怖いなぁ。まぁ。お前らがこれから歩く轍を作っておいてやる。この俺に任せとけ。だから、お前らは俺に気なんか遣わず、存分に青春を謳歌してこいって事さ」
天内は千秋の肩を叩く。
「なんだよ。それ。意味わかんないよ」
肩を落とす千秋は口を尖らせた。




