トム……貴方は一体何者なの
/小町視点/
私達一年生は、この学園の入学式のイベントを観戦していた。
入学式の次の日に行われるそれは学園や研究機関、政府へのパフォーマンスの意味も込めている。
この学園では年に数回大々的な腕試しの場が用意される。
春の入学式後に行われる上級生による新入生歓迎の模擬戦。
夏休み前の全マホロ学園生を交えた中間考査戦。
秋の世界各国の魔法学園生とのタイトル戦。
冬の年末年始に行われる低階層ダンジョン攻略のクリア時間を競う唯一実践方式のパーティ戦。
これは年末の生放送で中継され民放で放映される。
春・夏・秋は全て仮想用シュミュレーターで行われる。
しかしこの冬の大会においては唯一命がかかった代物だ。それ故に死者がごく稀に出ることもあり細心の注意が必要でもある。
ここ数十年死者はでていないが。
冬のダンジョン攻略のパーティー戦は学園随一の実力者が選出される。
5パーティーによる実力者を決定する世界の注目する戦いでもある。
そして昨年歴代最速を記録したのは現生徒会ヴァニラ生徒会長の率いるパーティである。
そして今、目の前で行われていたのはあの男。
トムと名乗った男が闘っている姿だった。
一目でわかった。スマホでなんとなくボーっと色々な模擬戦を観戦していてたまたま気づいた。
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巨大なスクリーンには模擬戦で優勝候補の注目選手が映し出されている。それと対峙するのは桜井という少年のようであった。皆それを歓声を上げながら見ていた。
その画面を観るのに疲れた私は、スマホで適当にライブ中継される色々な学園生の戦いを回していた時だった。
注目さえされていないその男の異様さを私はすぐにわかった。
真後ろにある穴に複雑な極彩色を纏った人物。あの時のトムに背格好が非常に似ていると思う。
そんな特徴を持つ人間が二人も居るとも思えない。
「あれはトムだ」
スマホでその人物の情報を確認すると。
氏名:天内傑
学年:二年生
それ以外に情報はなかった。
誰もがその人物に注視していない。
スマホの端には私を含め観戦人数4人と出ていた。
一目で異様だと思った。
その余りにも美しい剣技は他の追随を許さぬ絶技の数々だった。
紙一重で攻撃を躱す身のこなし、まるで未来を読んでいるいるかのような動き。
一挙手一投足に一切の無駄がない。
私も剣術を嗜むからわかる。
あれはおかしいと。
どれほどの修練を積めばあの領域に行けるのかとさえ思う。
片手に持つ細剣で飛来する木朴を見事にいなしている。
にも関わらず一切その剣は傷んでいない。単なるどこにでもある剣のようにしか見えない。
魔術を使用している形跡はない。
特別なアーツを使っているそぶりもない。
スキルを使っているのかは正直わからないが、恐らく使用してないと思う。
単なる技術。
体術と剣術のみで渡り合っている。
本来魔術戦において、何の魔術もアーツもスキルも使用しない戦法などありえない。
子供でもわかる。そもそも勝負にならないから。それは何も持たない子供が拳銃を持った大人と戦うのと同じようなものだ。
だが、それを覆すように天内はそんな非常識をやっている。
「トム……貴方は一体何者なの?」
観戦会場のBGMは巨大スクリーンに映る優勝候補の派手な戦いを盛り上げるようにヴィヴァルディの『冬』が流れていた。
天内という男に対峙するのは、身長2メートルは超える三年生の巨漢の男だ。
その男は風属性魔法を適正としているようで辺り一帯を巻き込む暴風のような攻撃。
両手に持つ大剣には風属性が付与されているようで、まるでバターのように岩石や木を滑らかに切り刻む。さらには鋭利な風の斬撃が木々を切り刻む。
遠近どちらも全く隙がない戦術。
なのにだ。
それに怯むことなく天内という男は神域の技術を披露する。
視認するのも困難な風の刃をまるで未来でも読むかのように避ける。
斬鉄すらも容易に切り刻めそうな大剣の一撃を刃こぼれすらせず、いなす技術。
相手の行動を抑制する見事な間合い。
武の極地とも言える流麗な動きの数々。
その技の前で大男の猛攻は天内にかすり傷すら与える事が出来ていない。
「一体何が……」
確かに巨大スクリーンに映る選手より遥かに地味な戦い。
私もトムという恩人と言える人物を知らなければ見逃していたであろうその一戦。
天内という男子生徒が何もできず押されているかのようなどこにでもある展開に見えてしまう。
だから注視している者が殆ど居ない。
しかしだ。それは異様としか言いようのないものなのだ。
このマホロ学園にはそもそも魔術的にエリートのものしか入学できないはずだ。
なのに一切魔術を使用しない。
使用できない訳がない。なのに使用しない。さらにあれほどの剣技を持つ者ならアーツが使用できるはずだ。それも使用していない。
「いや、あえて使ってない……」と、ふと漏らしてしまった。
巨漢の男がしびれを切らしたのか、大技を披露しようと辺り一帯を巻き込む風圧がその大剣に収束していく。
あの大男が弱い訳ではない。
むしろ強い。
しかも指折りに強い上級生だと思う。
あそこまで見事な風属性魔法とそれを巧みに扱うエンチャント使いはそうはいないはずだ。
それに頭もキレるとも思う。
魔術をあそこまで上手に使用するには膨大な量の知識と天賦の魔術の才、剣術はまだまだだがそれでもしっかりと実戦に耐えうる技術と研鑽を積んでいると言える。
格が違うのだ。
天内と大男との間に途轍もない壁があるのだ。
才能というにはおこがましい、恐らく途方もないほどの修練の先に到達した者と単なる秀才との圧倒的なまでの開き。
観戦人数は4人から変わっていない。きっとこの映像を見ているであろう私を含めた4人は薄々気づいている。
4000人以上居る学園関係者と観戦客の中でたった4人だけ気づいたのだ。
この余りにも常軌を逸した存在に。天内という規格外の存在に。
「あ……」
天内の眼が変わった。
―――― 一閃であった。
タイミングを見誤らず。
ここぞという場面で、無駄なく、最小の力で、獲物を狩る狩人の一刺し。
大男が大技を繰り出そうとした魔力を収束させるその一瞬、1秒にも満たない硬直時間を見定めて適切に急所を貫く痛恨の一撃。
瞬きすら忘れていた。
刹那で勝負はあった。
天内は神速の速さとしか表現できない見事な動きで大男の額に剣の切っ先を突き刺していた。
勝負は一瞬で片が付いた。
「すごい……」
感嘆の言葉しか出ない。
あまりにも妙技。
素晴らしすぎる戦闘センス。
他の追随を許さぬ絶技。
それら全てが一級品だ。
遥か高見から降りてきた剣聖だ。
もしかしたら歴代最高と謳われるあの生徒会長よりも……
私は決心した。
あの人の下で学びたいと。
「弟子になろう……」




