深淵の獣
俺は学園の仮想空間で、剣を振っていた。先程、小町に無理矢理占いババアの胡散臭い占いを受けた後であった。小町は寮に弁当を取りに戻っている合間の時間。
すると―――
フランからメッセージが入る。
彼女には、ガリアでの人道支援の手伝いを頼んでいる。
『少々お耳に入れたい事が』
片手で素振りを続けながら、ハンズフリーイヤホンを耳にかける。
「なに?」
『先程、私と近しい亜種の個体が、ガリアにて確認されました』
「どういう意味?」
『死肉に魔物を憑依させた個体です』
「……フランケンシリーズって事?」
フランケンシリーズ。人造人間の事。
今、俺が造語した。
『いいえ。私は魔人と魔物を素体にしております』
「そうだな」
『ご主人様の天才的頭脳により生み出されました』
「まぁ。俺は世紀のマッドサイエンティストだしな」
『そうなのです。私は人と変わらない知性と感情を持った史上最高、唯一無二の最高傑作です。天才であるご主人様でしか私を生み出せません』
「あんまり褒めるな」
『よ! ヒノモトイチ!』
フランは電話越しにヨイショし始める。
「おいおい」
『よ! 男前! イケメン! ハンサム! 抱いて!』
「そ。そうかぁ~? もっと言ってくれ」
『よ! 宇宙よりも広いお心!』
「お、おおぉ。今度は内面か。いいぞぉ~」
『よ! 自慢のお父様兼お母様!』
「パパなんでも買っちゃうぞぉ~」
パパ活俺になった。
『では! 抱きしめてください!』
「い、いいぞぉ~。パパなんでも買っちゃう……え?」
『帰国したら、このフランめに抱擁して下さい! 強い抱擁を!』
一度、流れが止まり。
俺は恐る恐る訊いてみる。
「えっと。なんで?」
『私は生まれてこの方、お父様とお母様の温もりを知りません……』
突然しおらしくなるフラン。
「お、おう。そうだな」
『生後間もない赤子には、抱擁と言ったスキンシップがとても重要です』
「そうらしいな」
『十分な愛情やスキンシップを得られないと、長期的に健康や情緒に影響を及ぼします』
「お前、生後間もないのに博識だよな……」
本当に余計な事を知っているのだ。
香乃より世俗に詳しいまである。
『なので! このままでは頭がおかしくなってしまうのです!』
「いつも頭、イッチャッてる発言が多いけどな」
『ご主人様! このフランめにどうかお慈悲を下さい!』
「お、おう……」
『まぁ! なんと寛大な言葉でしょう! では話を続けますね!』
「……」
同意した感じになってるの?
何かペースを握られている。
コイツこそ天職、詐欺師なんじゃないの?
てか、俺の性格を引き継いでるから……
俺に似ている可能性もある。
頭が痛くなってきた。
フランは『オホン』と咳払いすると―――
『さて。少々脱線しましたが。ガリアにて確認された亜種の個体は、私よりも劣化したものでした。製法としては近しいものですが……』
とりあえず、話の続きに耳を傾ける。
「要領を得ないな」
話が脱線しすぎて、忘れちゃったよ。ガリアに死肉に魔物を憑依させた個体が現れたんだよな。
『亜種、ガリアにて確認された劣化体は人の肉を疑似ダンジョン……入れ物として魔物の中身を入れておりました』
「死霊術だな」
『そうです』
「そんな高度な事ができるのは、マニアクスしか知らんが、魔女の残党か?」
『わかりかねます……しかし、あの中身は只ならぬモノでした』
「前世のフランの親戚だったり?」
『人間で言えばそうなりますね』
「そ、そう」
フランの親族が増えると、間接的に俺の遠い親戚が増えるんだよなぁ。
『で? それがなんなの?』
『つい先程。聖剣使いと交戦。激しい戦闘の末、多大なる被害を及ぼし、その後、亜種の沈黙を確認しました』
「じゃあ、問題ないじゃん」
もう戦いは終わってたわ。
『いえ、問題は、ここからです』
「なに?」
『先程もお伝えした通り、中身がダンジョンの魔物なのです。それも深奥に潜むモノ。私やセブン・シンズと同等クラスの魔物でした』
「……穏やかじゃないな。それじゃあ戦略級じゃないか」
最近、ホイホイ戦略級の魔物が登場している。
フランの素体を含め、メガシュバには72の『特殊な個体の魔物』が存在する。
72体の『戦略級』と『戦術級』の魔物達。
ソロモン72柱をオマージュした魔物。そんな簡単に出てきていいものモノじゃない。設定上、イチ個体で国家に甚大な被害を及ぼすモノばかりだからだ。
『戦略級……そうなのです。強力な深淵の魔物の能力を駆使しておりました。詳細は、『本体と寸分変わらぬ多重分身を作り出す』異能と思われます。ご存じですか?』
「……知ってるね」
フランは続ける。
『さらに問題なのは』
「なんだよ。まとめて言ってくれよ」
『亜種の器、死体もまた、これも強大な術者だった事です』
「ん? フランと同じように超強化されているって事になるじゃん」
『その通りです。『器の術者の力』と『中身の魔物の力』。二つの力が合わさり、通常では考えられない強大な力となっておりました』
「その死体って、そんなに凄いの?」
『フランスカウターで算出した所。器には私のような知性を感じられませんでした。なので、全盛期の力はないと思われますが。器のみの単純な破壊力は、『0.7千秋』様はあるかと』
ちなみに『千秋1人』で『1千秋』という戦闘力の指標である。千秋のスキルや個人の機動力を除いても、『1千秋』は前世の世界観で旅団相当の火力はある。そんな器に、戦略級の魔物の力を入れ、多重分身したとなると単純に『0.7千秋』が複数いた訳だが……
「だいぶ強いな……風音は、勝てたって言ってたよな」
『なんとか。聖女や彼らの仲間が途中参戦し、私や影の皆様も参戦致しました』
「そ、そうか」
『それで本当になんとか。器が千秋様やマリア様のような、『大規模に影響を及ぼす魔法使い』であれば、結果は大きく変わっていたかもしれません』
「ふむ」
と、不穏な会話を繰り広げた。
俺はそんな情報を抱えたまま、再び剣を振り始める。
「例の召喚士かねぇ」




