表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
376/457

連綿と続く歴史の彼方


/3人称視点/


 星が煌めく夜。

 静かな森の中で火が穏やかに揺れていた。

 木々に囲まれた空間は透き通った空気で満たされ、焚き火の炎が温かな橙色の光を放っている。森の一角には、モリドールの住まいが隠れ家のように佇む。



 その傍で、香乃が丸太に座って火を囲んでいた。



 彼女はゆっくりと目を覚ました。何かに気づいたように顔を上げ、物音のする方向へ視線を向ける。


「戻って来ていたのか」


 天内は少し間を置き、彼女を見やる。


「起こしたか?」


「少しだけ……昔の夢を見ていた」


「そうか」


「随分遅くなかったか? 伝え聞いていたよりも」


「あ、ああ。まぁ……なんやかんやあった」

 天内は目を泳がせ、わずかに肩をすくめる。


「ん?」

 香乃は怪訝そうな表情で彼を見つめた。


「なんだよ」


「お前の言う『なんやかんや』は、とんでもない事が起きた証拠だな?」

 

「顔が怖いぞ。ほら小じわが増えちゃうぞ」


 香乃は鼻を鳴らして。

「いいか! お前は、重要な事をたった一言で済ませる癖が多すぎる!」


「えぇ? そうかなぁ?」


「そうだ! 傑は調子が軽すぎる。例えばだな! 血の契約者(ブラッドパクト)の時もそうだった!」


「呪い掛けてきた奴だっけ? 面白いよな。お前はウサギになってた。食われそうになってたじゃん」

 

 天内はケラケラと笑う。


「ふざけるなよ! 全滅する所だったんだぞ! 本気で危なかった!」


「まぁまぁ。いいじゃあないか」


「それに時空の幻獣(アルターグリフ)の時もそうだ!」


「カノえもんに馴染深い、栗まんじゅう問題ね。無限湧きは掃除が大変だよなぁ」

 

 天内はニヤニヤしながら言う。


「掃除だと!? 危機一髪だったじゃないか!」


「まぁまぁ。いいじゃないか。あんまり大声出すなよ。モリドールさんが起きちゃうだろ。静かにしろって」


 香乃は深く息を吸い、小声になりながら彼の顔を見上げる。


「いいか。お前は気付いてないかもしれんが―――」

 と香乃は淡々と語り出した。


 香乃が言葉を重ねるたびに、天内の並外れたエピソードが次々に浮かび上がる。攻略が不可能と思われた敵や、一触即発の危機の数々が、彼の前では全て「どうにかなる些末事」として片付けられていた。

 

 天内傑の悪い癖は多岐に渡るが―――

 まるでどれも大したことではないかのように振る舞うことである。


 重要な事をたった一言で済ませるのだ。


 さらにタチが悪いのは冗談の中に真実が混じっている事である。

 

 全てノリが軽いのだ。

 

 例えば―――

 『ちょっとコンビニ行ってくる』のノリで過去に行き。

 『久々に汗掻いた』のノリで国家を一周し。

 『なんやかんやあった』のノリは国家存亡の危機だったりする。


 非常に分かりづらいが彼の前では、恐るべき力を持つ敵も『少々苦戦した敵』で済まされる事が多い。どう倒せばいいかわからない敵も『神の視座』を持つ者の前では全て無力化されていく。


 はぁ……はぁ……と、香乃は息を荒げて。

「お前は重要な事を、些末事として済ませる悪い癖がある」


「実際大した事ないだろ」


「大した事あるんだよ!」

 香乃は、今度は焚き火を睨むようにして怒鳴る。

 

「おいおい。そんなに怒るなよ」


「怒るわ!」


「やれやれ。美魔女も更年期障害には勝てないんだな」

 

「馬鹿にしおって。意味はわからんが馬鹿にしてるな?」


「してないしてない」


「ウソツケ」


「ホントホント。俺って生涯一度も嘘を吐いた事がないもん。真実の申し子って触れ込みだもん」


「ウソツケ」


「おいおい。遂に人を信じられなくなったのか。おめぇ。頭。でぇじょうぶか?」


「お前よりはマシだ。間違いなくな」


 天内は『やれやれ』と言った表情を作りながら。


「てかさ。香乃って幾つなの? 40? 50? 60? まさかそれ以上か?」


「どういう意味だ?」


「年齢」


「つまらんことを訊くな!」 

 香乃は顔を赤らめた。


 ・

 ・

 ・


 散々言い合った末に、香乃は隣の丸太を軽く叩いた。


「こっちに来い」


「なんで?」


「いいから来い。お前は私の使い魔なのだから命令に従え」


「へいへい」

 彼は少し面倒くさそうに言って彼女の隣に腰を下ろした。

 

「膝枕しろ」


「えぇ? きもくない?」

 天内は嫌そうな顔をする。


「いいから命令に従え」


「香乃、お前って滅茶苦茶だよな」


 香乃はしばらく彼を見つめた後。

 そっと彼の膝に頭を乗せる。

 

 彼女は彼の膝の上から、無数の星々が瞬く夜空を見上げる。


「星が綺麗だ」


「天空に一番近いもんな」


「空気が澄んでいる。空気が美味しいな」


「ふむ」


「この時代も星の輝きは変わらない。連綿と続く歴史の彼方であっても……星は変わらないんだなぁと、しみじみ感じるよ」


 香乃は満天の星空を指差して感慨深く呟いた。

 彼女の指先が触れる先では、星の尾が引かれる。


「そうかもな」


 香乃の瞳には満天の星空が輝いていた。

 彼女は、星々の運行を見つめながら、冒険の日々を思い出しながら静かに語り続ける。


「あの星も見た事がある。あれも。あれも。あれもだ」


「あれは冬の大三角形だな」


「なぜ、この時代でも見えるのだ?」


「これだから自然科学を知らぬ者はダメだねぇ」

 

「なんだそれ?」


「人類の叡智だよ」


 香乃は少し困った顔で。

「お前はたまに難しいのだ。もう少し分かりやすく話してくれないか」


「星はな。歴史と時間を超えて輝いているんだよ。スケールが違うの。1000年後も2000年後も、ほとんどの星空は変わらないと思う」


「そうか……それは、なんとも羨ましいな」

 




 しばしの沈黙が二人の間に流れる。





 香乃はポツリと。

「実はな。私は既に死んでいるんだよ。正確には死ぬ間際。ここに居るのは一時の幻に過ぎない」

 彼女はそう呟いた。


 星々が静かに見守る中、その言葉は夜空に溶け込んでいった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ