70日後に死ぬ天内
ガリアから戻ると、ヒノモトは既に冬商戦一色に染まっていた。12月に差し掛かる頃だ。外は寒気が漂い、人々は冬の重ね着をして街を歩いている。
12月と言えば、クリスマスが1つのイベントだろう。
この世界にキリストは居ないが。
なぜかクリスマスイベはある。
そこはツッコんではいけない。
「いや、待てよ……」
突然、思考が巡る。
狂乱者が言っていた通り、異世界の文化や文明は、ダンジョンを通じて強制的にこの世界に引き込まれている。そう考えれば、クリスマスがあっても何ら不思議ではないかもしれない。
「というか、この世界が無茶苦茶なのって、そのせいじゃないよな?」
苦笑いがこぼれた。多分、その推測は正しいだろうと自分でも納得する。この世界は異世界文明のツギハギで作られている。
例えば、ガリアは中世の異世界のような風景が広がっているし、グリーンウッドは緑に囲まれた未開発の水の都だ。アメリクスは硝煙が漂うハードボイルドな世界観で、壬は封建的な中華風異世界。
ヒノモトはまるで俺の前世の日本そのものだ。
奇妙なアーバンファンタジーがこの地だ。
「今や、飛行機に乗って色んな異世界を観光できる時代かぁ~。最先端だなぁ~」
話を戻そう!
さて、勿論メガシュバにもクリスマスイベントはある。
そして、その直後には年越しイベントが控えている。クリスマスのイベントでは、第九『歓喜の歌』が流れる中でイカレサイコが登場するし、年越しは静かに穏やかな雰囲気で過ごすイベントが待っている。
「そこまで俺は辿り着けるのか?」
自問自答する。
俺が持つ『究極俺』の能力の代償は重い。
10分使用するごとに1か月分の寿命を差し出す。
この計算だと、残りの寿命は精々70日だ。
つまり、このまま『究極俺』を使用しなくても2月前半で死亡である。
「まぁ。実際使うけど」
どうせ使う予感がするので、辿り着けるのか謎。もしかしたら、道半ばで死亡する。俺が歩いて行けない物語の先に進ませる為に風音を育成した。もはや、最強格にまでたどり着いただろう。
「しかし、残りの騎士が居るしなぁ」
まだ俺の前には終末の騎士が残っている。
メタ視点を持つプレイヤーしか攻略は相当に難しい。
さらに、狂乱者曰く、フィーニスは幾つかの虚偽をメガシュバ内に残している。
「フィーニスだけ姿形が異なるかもな」
フィーニスの謎は深い。
何より、俺の知識がどこまで役立つかも疑問だ。
これまで9割は合っていた。
だが、残りの1割は虚偽かもしれない。
そこに狂いが生じている。
それは致命的な差異かもしれない。
つまり、俺は神の視座に立ちながら。
ある意味、俺は……
『信頼できない語り手』だ。
頭を掻いた。
・
・
・
さて、そんな俺だが―――
実はパーティーメンバーとは帰って来ていない。
なぜか? 俺はヘッジメイズの生徒だから。
というか……
「おい。天内。この後は食事に行くのだろう?」
隣で呑気に話すフィリス。
彼女が勝手に俺の飛行機のチケットを手配していた。
まぁ、タダで乗せてもらったから文句は言えないが。
周囲の喧騒が響く空港のロビーで、俺はふと考える。
「どうすっかなぁ~」
「何でも言え。この私がお前の為に! 奢ってやってもいいぞ! 約束だからな!」
フィリスは胸を張り、得意げに笑っている。
「じゃあ……」
とんでもなく高い飯を要求してやろうか。
俺はスマホを取り出し、トウキョウの店を幾つか検索する。インバウンド向けの超高級店を探し出す。1食単価10万を超える店。ゴチの特番で見たことがある店。それをリストアップしながら、スマホの画面のスクロールを続けた。
フィリスはそんな事とは露知らず、無邪気に笑っている。
「いいぞぉ~。どんと来い! 私の財布の紐が緩いうちにな!」
「後悔するなよ」
「ああ! いいぞぉ。約束だしな」
「一応忠告はしたからな」
誰も読んでいないであろう同意書みたいな忠告はした。だから俺は悪くない。俺は悪くないのだ。同意書を読まない方が悪いのだ。
「なに、気にするな。私はお前の彼女だからな! ハハハ!」
ん? 彼女?
今、不穏な単語が聞こえた気がしたが……
まあ、放っておこう。
どうせ大した意味はないだろう。
それよりも、馬鹿な奴だ。
お前はグリーンウッドではお貴族様だが、果たして強欲なる庶民である俺の期待に応えられるかな?
俺は悠然と通話ボタンを押し、候補の店に予約を取る。ドレスコードが不要で、かつ豪華な場所を探していると、いくつかは満席で断られた。しかし、幸運なことに一軒だけヒットした。
「よし。予約は取ったぞ」
「さすがだなぁ! 私はトウキョウの店には疎いから助かるよ」
「まぁな。俺は頼りになる男」
「その通りだ! 全く本当にそうだ!」
随分褒めてくれるじゃないか。
能天気なクルクルパーよ。
「よし、行こう! な、天内! 行こう!」
フィリスは喜び勇んで俺に腕を絡めようとしたが、俺はそれをさっとかわす。「ん? あれ?」と、フィリスが驚いた声を上げる。
「じゃあ。行こうか。あと俺のスイカとパスモのチャージ残高ないから」
俺の交通系ICには100円ぐらいしか入っていない。
「え?」
「悪いが、交通費込みで頼むわ。今の手持ち720円しか持ってないんだよね」
俺の財布は今、コンビニのビニール袋。
ビニールはサステナビリティの象徴。
時代はリデュース・リユース・リサイクルなのだ。
ちなみに、さっき確認したら。
大量の1円玉と複数枚の100円玉しかなかった。
「えっと? パスモ? スイカ? そうなのか?」
フィリスは困惑の表情を浮かべた。
「まあ、細かいことは気にするな。じゃあ、行くぞ。ぼさっとしてると置いてくぞ」
「わ、わかった……なんだか主導権が変わってる?」
フィリスの目は困惑しつつも、どこか期待で輝いている。
「そんな事は気にするんじゃあない。それよりも俺は今から行く飯屋が楽しみで仕方がない」
「そ、そうだな! 私も楽しみで仕方がない。一体どんな店なんだ?」
「肉」
コウベビーフ。しかもクソ高いやつ。
フィリスは興味津々に。
「ほう。どのようなものなんだ?」
「鉄板焼き。肉。ジュウジュウ焼く。理解?」
「お、おう。そうなのか。それはいいなぁ」
フィリスは目を輝かせている。
「だろ? 俺も楽しみにしてる」
お前が全部払うけど。
「わ、私も楽しみだぞ!」
「そうだな。俺はフィリスと仲良くなれて嬉しいよ」
「そ、そんな……私の方も。少々誤解が多かったが、私も仲良くなれて嬉しいよ」
彼女は髪の毛をクルクルと弄り出した。
馬鹿な奴だ。ちょっとヨイショするとこれだ。
俺は詐欺師のような顔を作り、心の中でほくそ笑む。




