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で、あるか


/3人称視点/


 アドリアンは、千秋の氷剣(ひけん)により完全に打ち砕かれたはずだった。



 だが、彼はその深い憎悪と狂気によって、常人ならば絶命するはずの傷を押して生き延びていた。


 

 凄まじい痛みが彼を(さいな)む。だが、彼の執念は痛みすら凌駕し、もはや生きるためではなく、復讐のために体を動かしていた。その狂気じみた執念は、氷剣に打たれた瞬間よりもさらに激しく燃え上がっていた。

 

 突如現れた超級の魔物。

 市街を蹂躙する暴力の魔人。


 その圧倒的な存在感が、千秋の注意を一瞬そらしたその隙に、彼は地面を這うようにして逃れ、崩壊した路地裏の暗がりに身を潜めた。


 全身は血まみれで、呼吸は荒い。

 激痛に耐えながら、自らの身体を抱え込むようにして震えていた。しかし、彼を支えていたのはただ一つ、彩羽千秋への復讐心。



 それは余りにも一方的な逆恨み。



 激しく痛む身体を自らの手で抱え込むようにして、復讐の念だけを支えに生き延びている。


「許さぬ……絶対に許さぬのである!」

 

 低く、うめくような声が漏れる。

 闇に溶け込むようなうめき声だったが、その言葉には憎悪が滲み出ていた。天内傑への憎悪も同様に、彼の心を真っ黒に染め上げていた。


「奴ら……! 絶対に後悔させてやるのである! 血の涙を流すほどの苦痛を、その身に味わわせてやるのである!」


 アドリアンの表情はまるで子供のように歪み、地団駄を踏む姿は、もはや理性のかけらも残っていなかった。


 そして――

 









 ニチャァァァァ―――――

 







 


 

 彼の目には狂気が宿り、歪んだ笑みが浮かびあがる。

 唾液が糸を引き、歯茎を剥き出しにしたその笑みであった。


「彩羽千秋……貴様の顔を苦痛と絶望に歪めてやるのである……そのためなら、どんな手段でも使ってやるのであろう!」


 彼の瞳には、冷酷な復讐心だけが宿っていた。


「まずは、奴らの周りから……少しずつ、じわじわと……惨たらしく壊してやるのである」


 アドリアンの脳裏には。






 千秋が最も愛し、守ろうとする存在。

 彼女の家族。




 

 無力で、守られるべき存在。

 最も弱い兵。

 それこそが彼の次の標的だ。



 息を切らせ、髪を乱しながらも。


「そうなのである。家族であるよ……あの娘が大切にしている者たち。それを壊してやるのである。じわじわと……一人一人、苦痛の淵へと追い詰めてやるのである」

 

 アドリアンの脳裏には、拷問と虐殺の数々が思い浮かぶ。

 無力な者たちを一つ一つ破壊し、苦しみ、絶望に沈める。

 その計画を思い描くたび、彼の狂気は膨れ上がり……




 遂には、笑いが抑えられなくなった。

 



「彩羽千秋……貴様の日常を地獄に変えてやるのである! その大切な者たちが、目の前で朽ち果てていく様を、たっぷりと見せてやるのである。その時、貴様の絶望に歪んだ顔を見るのが、今から楽しみでならぬのであるなぁ!」

 

 アドリアンは自分の言葉に酔いしれ。

 憎悪の炎がさらに彼の内で激しく燃え上がった。

 さらなる狂気へと飲み込まれていく。





 すると突然、静寂を切り裂くように。






 パンッと――――






 乾いた銃声が響き渡った。


 アドリアンは、何が起きたのか理解できず、ふと自らの胸元に視線を落とす。そこには、瞬く間に広がる赤い染み。鮮やかな血が衣服に滲み出し、滴り落ちる。


 鋭い痛みとともに。

 彼はゆっくりと震える手を伸ばし、その傷に触れようとする。


「……で、あるか?」


 かすれた声が漏れた。

 何が起こったのかを理解するよりも先に、全身から力が抜けていく。周囲の景色がぼやけ、命の灯火が急速に消えかけていく。


 アドリアンは、朦朧としながらも、最後の力を振り絞って頭上を見上げた。


 そこに、答えがあった。




 崩れかけた民家の上。




 遠くの建物の影に、人影が見える。

 ライフルのスコープが彼に向けられていた。

 



 二度目の乾いた銃声の音がアドリアンに届く。


 

 

 その瞬間―――

 彼の視界は次第に薄れ、暗闇がその周囲を覆い始める。


 ―――暗転した。

 膝から崩れ落ち、無力な体が地面に沈んでいく。

 静かに、血が石畳に広がる。




 アドリアンの命は、完全に消え去った。




 その遥か上であった。

 崩壊した建物の屋上で、スコープ越しに標的を見据えていたのは、ひとりの冷静な狙撃手。風が彼女の髪を軽く揺らし、静かに息を整える。


 

 その目は、まるで鷹のように鋭く。

 そして迷いがない。


 

 銃口から立ち上る微かな煙を確認しながら、彼女はスコープから目を離し、敵が完全に沈黙したことを確認すると、一言、静かに告げた。





「逃がしませんよ……この鷹の眼が」





 翡翠色の彼女の瞳には、決して揺るがない決意が宿っていた。


 

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