人の理
――― 意識が現実に戻る ―――
光の柱の中で拘束される狂乱者は、静かに微笑みを浮かべていた。
「おめでとう。見事だ。君は『人の力』を証明した。私の……敗北だ」
その言葉には、ひときわ重みがあった。
虚勢ではなく、純粋な敬意が込められている。
長い時を生きてきた彼にとって、敗北はもはや悔しさではなく、次の段階への悟りのように感じられるのだろう。
「ああ。そして……俺の勝ちだ」
狂乱者は、眼下に広がる血に染まる戦場を見渡すと。
「時間がないのだろう? 早くしたまえ」
狂乱者は一瞬、俺の目を見据えた。
その目は、戦いの終わりを待つ目ではなく。
全てを受け入れたような目だ。
「ああ! 一撃で葬り去ってやる!」
ゆっくりと剣を振ると。
天を覆う星々に描かれた魔法陣が動き始める。
まるで時が逆行するかのように、星々が幻想的な光を放つ。
すべての準備が整った―――
「コズミック・バレット!」
一度キリの核撃を狂乱者に向けて掃射した。
天より青白い光の渦が狂乱者に向けて降り注ぐ。
戦略級の魔物すらも一撃で葬り去る究極の一撃。
そんな中でも―――
狂乱者は微笑みを絶やさない。
「天内くん。最後にいいか?」
「なんだ。まだ生きてんのか。お前の断末魔の叫びを期待してたが……ホントお前らはとんでもないな」
俺は軽口を叩きながら肩をすくめた。
「先程の問答。1つだけ訂正がある」
「なんだよ」
「君はきっと、この世界に来たのが偶然ではないのだろうな、と思ってね。あれは私の間違いだ」
「今更かよ」
狂乱者は頷いた。
「全ては必然だった。君でなければ、私を、終末を、打倒出来なかっただろう」
「そんな事無いさ。きっと誰でも同じ選択を取った」
「謙遜は良くない。君だから選べた選択だ。己に勝った君だから私を打倒出来た。人類も捨てたものではないと思ったよ」
狂乱者の瞳には寂しさと安堵が入り混じる。
「そうか……」
「ああ、全てに意味があった。この世界には数奇な運命があった。私が敗北するのは必然であった。最後に会えたのが君で良かった」
穏やかな眼差しだった。
解放される喜びを悟っているような。
この世界の一員から外れる事を憂うような。
超越的な表情だった。
「お世辞として受け取っておいてやる」
少し苦笑しながら返答する。
「良いモノが見れた。これが死か……なんと心地よい。ようやく私は役目を終えられるのだな」
彼は満足そうに眼を瞑ると両手を広げた。悠久の時を生きてきた『この星の守護者』は自らの終わりを深く噛みしめる。
間もなく核撃が終わろうとしていた。
究極の一撃を受け続けても。
―――なお狂乱者は絶命していなかった。
やはり、『異能』で完全に倒す事は出来ない。
「最後は俺の手で引導を渡してやる」
俺は剣を握る。
魔力もスキルも宿らぬ、ただの細剣。
だが、その一振りこそが。
――― 凡庸なる一撃が ―――
狂乱者を打倒するための唯一の鍵だと知っていた。
「天内くん。最後にもう一つ。君は戦争をもたらす騎士などではなかったようだ」
「当たり前だろう。そんな物騒な存在じゃない」
「君は。□□をもたらす騎士だ」
その言葉が最後に届いた。
狂乱者の言葉は、ほとんど聞き取れなかったが。
それでも彼の表情には深い意味が込められているようであった。
狂乱者は穏やかな笑みのまま続ける。
「君が追い求める『結末』に辿り着く事を切に願うよ」
「ああ。約束する」
彼は満足そうに頷くと。
「これでも期待しているのだ。君ならば。きっと出来るだろう。最後の終末の騎士『死』すらも乗り越えられる。そんな予感がする。己に勝ち、私に勝った君ならば……この『支配』を司る終末の騎士たる私が保証しよう」
彼の言葉には、何かを託す最後の願いが込められているような気がしたんだ。
神が如き終末の騎士は。
まるで『人のように』爽やかに笑っていた。
「時間がないんだ。仲間の所に行かなきゃいけない。これで本当に、さようならだ」
俺はトドメを刺すべく剣を振りかぶる。
「そのようだな。では、さらばだ」
短い言葉を交わし、別れを告げる。
狂乱者の表情には、満足と安堵が混ざり合っていた。
閃光が舞った。
――― 些末な一刀 ―――
誰にでも出来る一振り。
魔力もスキルもアーツも宿らぬ凡庸なる一撃。
狂乱者を打ち破る鍵。
神が如き存在を打倒する唯一の方法。
『人の理』を証明する事。
俺は狂乱者の首を刎ねトドメを刺した。
同時に核撃は終わり。
終末の騎士は灰となって消え去る。
「もう二度と、会いたくないね。今度は勝てそうにないから」
俺は軽口を叩き。
仲間の下へ駆け出した。
―――もう振り返る事はないだろう。




