我は汝に誓う❶ 『絶望なる支配』
極光が天空より降り注ぎ。
俺の髪の毛は真っ白になった。
衣服もブラックナイトの甲冑を模したように白い輝きを放つ。
『究極俺』へと変化した。
すると―――すぐさま鼻血が出た。
痛みはない。指で拭う。
「くっそ」
痛みはないが、目の前に星が散る。
パチパチと暗闇の中で蛍光灯を点滅させたような視界が広がった。
一瞬視力を失ったが、すぐに戻る。
脳が焼き切れ始めている違和感を感じる。
「意識をしっかりと保たないと寝てしまうかもしれない」
強烈な睡魔が襲ったのだ。
頭を振り、意識を集中させる。
確信がある。
ここで寝たら多分二度と目を覚まさないという確信が。
究極俺……極光との融合。
これは洗脳を突破する切り札の1枚。
計算上。10分毎に一か月寿命を消費するというリスクがある。
残りの寿命は3ヶ月程度。
つまり、最大で30分程度しか使えない。
使い切りの切り札。
だからこそ、早めに決着をつけねばならない。
天空を駆ける中――
宮殿の方角から巨大な火の手が上がっていた。数体のスケルトンドラゴンが、巨大な蜘蛛のような魔物を押さえつけているのだ。
「七つの罪の代弁者」
ダンジョンの深奥の魔物。フランの素体の魔物『デッドリー・シン』と同系統の超級の魔物の姿があった。
「戦略級の魔物が、なぜ地上に……あっちには、アイツらも居るんだぞ。マズイな」
地上には魔人ボルカー。
宮殿には戦略級の魔物。
天空には終末の騎士。
相当にマズイ状況。
落ち着け。
あのスケルトンドラゴンはフランのものだろう。
時間稼ぎをしてくれているに違いない。
脳内で計画の再修正を行う。
「この後は……急いで終末を打倒して宮殿に向かう。その後にボルカーだ。頼むぞ風音! 生きててくれよみんな」
主人公達を信じるしかない。
アホ面のアイツらの生存を信じるしかない。
俺は核撃の準備をし、天空を覆うほどの魔法陣を回転させた。
「終わりだ!」
天より青白い光が地上へと差し込む。
夜空に巨大な魔法陣が徐々に光が灯る。
魔法陣は起動している。
まるで空が裂けるかのような壮大な光景が広がった。
天を覆う見果てぬほどの巨大な魔法陣。
それが空に浮かび、青白い発光を始め、全てを拘束する巨大な光の柱が降り注いだのだ。天空に浮かぶ魔法陣から放たれた広範囲の光の柱に狂乱者を閉じ込めた。その柱の大きな円は急速に小さくなり、狂乱者のみを閉じ込める形となる。
「ここまでデカいんだ。次!」
まだ核撃は放たれていない。
核撃のチャージには数秒は掛かる。
拘束された光景を見届けてから。
俺は狂乱者との距離を一気に縮め、神速の一撃。
先制攻撃を仕掛けた。
俺の細剣が狂乱者の12枚の羽の1枚を斬りつける。
成功! ダメージはありだ!
「ほう……」
狂乱者は神速で近づいた俺にようやく気付いたようであった。
「お前に『異能』は通じない。知ってるぞ」
「そうだな。悪しき術では私に致命傷は与えられない」
「最も厄介な相手。だが、お前の負けだ。開幕一撃即終了。ここまで高威力になればどうかな?」
俺は細剣を天に掲げる。
その挙動に合わせて巨大な魔法陣の幾何学模様が複雑に動き始める。
狂乱者は納得したような表情で。
「天体魔法か」
聞いた事のない単語であった。
しかし、そんな言葉に付き合っている暇はない。
「準備に半年近く掛かった。究極の一撃。最強の核撃で終わらせてやる!」
魔法陣がさらに明るく輝くと。
「確かにこれならば、届きうるな」
狂乱者は興味深そうに天を仰ぐ。
「なに。心配するな。万が一これで削りきれなくても、最後は俺の剣でお前の首を刎ねてやるよ。それしかお前を倒せないんだから!」
「そうか」
狂乱者は自身の生死に興味がないように呟く。
彼はどこか不敵な笑みを浮かべていた。
その瞬間、彼と目が合った。
――― 思考が引き延ばされる ―――
何が起こったのか分からなかった。
・
・
・
「ハッ!?」
次の瞬間―――
俺は年季の入ったカフェの一席で目を覚ます。
いつの間にか席に座って居た。
周囲はどこか心地よい雰囲気。
木漏れ日が窓の外から差し込み、窓の外は青空と青く美しい海が広がっている。
コーヒーの香ばしい匂い。
トーストが焼ける小麦の香り。
ゆったりとした空気が漂う。
従業員は居らず、静かな空間に。
クラシック『G線上のアリア』が流れていた。
カランコロン―――
ドアベルが鳴る。
カフェの出入口が開くと。
仕立てられたスーツを着こなす壮年の男が入ってきた。
狂乱者だった……
「は?」
意味がわからない。
あまりにも非現実的な光景に、俺は開いた口が塞がらない。
「食事でもどうかな? 天内くん」
狂乱者は俺の座る席に着くとそんな事を言ってきた。
「な、なぜ俺の名を。いや、なんだこれは?」
俺は席から立ち上がり、細剣を抜こうとするが。
「ない!?」
腰には剣がなかった。
焦りを感じながらスキルを発動させようとするが……
何も起こらない。
魔術も発動できない。
俺はいつの間にか究極俺でもなくなっていた。
「落ち着きたまえ」
狂乱者は悠然とした態度で、トーストとコーヒーカップがいつの間にか出現したテーブルに目を向ける。
「何をした?」
俺は大きく距離を取り問いかける。
「精神に干渉させてもらった」
「精神魔法……」
頭の中が真っ白になった。
目を合わせた瞬間に術に嵌ったのだ。
今の俺に精神魔法は通じないはずなのに。
完全にやられた。
既に核撃の渦に巻き込んだはずなのに。
一手足りなかったのか。
目算が外れた。
俺は負けたのか……
「待ちわびたよ。異なる時空の私が授けた刻印を受け取った者。いや、戦争の騎士」
俺は近くのテーブルに備え付けられているボールペンを握ると。
―――ペン先を向ける。
狂乱者は俺の手元を見ると。
「それで何をする気だ?」
「お前の喉仏に刺す」
「勘弁してくれ。そんなものでは殺せない」
「やってみなきゃ分からない」
「いいから、座りたまえ」
狂乱者は、すでに自分の席に座っている。
無遠慮にトーストに手を伸ばした。
「どういうつもりだ?」
不安が高まる。
まだだ。まだ終わった訳じゃない。
諦めるな俺。
「血気盛んなのは良い事だ。流石、『魔の物』と『終末』と争ってきただけはあるな」
彼は優雅な所作で、トーストを口に運んだ。
まるで、日曜の朝に時間を気にせず食事を摂るかのような雰囲気。
「ふざけてんのかお前」
「ふざける? 私は君と歓談しにきただけだよ」
内心焦った。
ヤバいな、相当にヤバいぞ。
狂乱者は異常な冷静さを保っている。
それだけじゃない。
これはマズいぞ。
この幻術から抜け出す方法がわからない。
何も発動しないのだ。
やはりコイツが作中最強。
どうすればいい?
「拷問でもしようってか?」
「私にそんな趣味はない。それに、君と私の精神世界ではそんな事は出来ない。食事と会話……提案をしに来ただけだ」
「は?」
ますます混乱した。
「さぁ。好きなものを注文したまえ」
狂乱者は微笑みながら。
まるで日常の会話を楽しむかのようであった。
俺は精神で負けぬように、冷静さを保ちながら。
気圧されぬように様子を伺う。
敵意はないか……
「いいだろう……話に乗ってやる」
俺は狂乱者と離れた席から様子を見守る事にした。
「こっちに来ないのかい?」
「行くわけねぇだろ」
「ここでの物理的距離などないに等しいが。まぁいいだろう」
瞬間―――
俺はいつの間にか着座していた。
おいおい。まじか。
何でもありじゃねーか。
内心の焦りを悟られぬように恐る恐る口を開く。
「それで、何を話に来てくれたんですかね? 終末の騎士様が」
俺は精一杯皮肉を込めた。
「提案をしに来ただけだ。『異世界人』の君にね」
「なぜ……それを知っている!?」
狂乱者は自身のこめかみをつつく。
「まさか記憶を……読めるのか」
「ああ。そうか。君は異世界人である事を他者に話せないのか。世界秩序がそれを許さぬようだな」
「世界秩序?」
狂乱者は目を閉じると少し考え込む素振りを見せる。
「ふむふむ。中々に愉快な人生を歩んでいるね。ほう。『この世界の行く末を記した物』を読み解いていた訳か。なるほどなるほど。故にそこまで未来を先読み出来た訳だ。全くフィーニスは面白い事を考えたな」
終末の騎士:魔導皇フィーニス。
お前ら裏で繋がっているのか……
「裏で繋がる? 少々違うな。アレと私は関係ないよ。そもそも敵でも味方でもない」
「おいおい。まじか。お前。ホントに何者だ。俺の思考まで読めるのか」
俺のそんな感想を無視して彼は続ける。
「知識だけで、ここまでの偉業を成すとはな」
「……」
俺は呆れた。
思考を読んでいるせいで。
俺が歩んだ戦いや経緯が全部筒抜けのようだ。
「遂には終末を2騎も討伐した。君は本当に凄まじいな」
「そりゃあ。どうも。これからアンタも倒すがな」
「ふむ。確かに。可能だろうな」
「全肯定?」
どういう事だ?
頭の整理が追い付かないぞ。
「ああ。もちろん。随分と策を練ってきたようだ。君が見せた天体魔法。それとこの星とは異なる『金星の使者』。理外の力……根絶者を打倒した極光の騎士:『ブラックナイト』と呼ぶのかね? なるほど。寿命を削るのか。随分用意周到だな」
俺は『はぁ』とため息を吐いた。
「切り札まで読まれているのね。マジでアンタ作中最強だわ」
お手上げであった。
狂乱者は『『作中』か』と小さく呟き、
なんでもないように続けた。
「私はこの世界で最も天上に近しい存在だからね」
「知ってるよ。マジで神に近い存在だってな」
「神? おかしな事言わないで欲しい。神などこの世界のどこを見渡しても居ないのだから」
「アンタがそれを言うか」
「無論だ。『神』などという概念は智者が流布した虚構に過ぎない。それに、この世界で自身を『神』などと宣う下らぬ者は須らく我々が連れていくがね」
「連れていく? どこに?」
「無に」
「……」
俺は押し黙った。
「人が偶像として崇める神など。『魔の物』か『人の智者』が人心を操る為に創り出した虚像だ」
「神全否定なのね。こりゃすげぇわ」
色んな意味でコイツがヤバいと理解した。
「君もわかっているんだろう? 偶像や神話で描かれる神など『人の創作』と『知恵ある者』の風説に過ぎないと。とはいえ。その殆どが『魔の物』から生み出された概念だがね」
彼はそう断じると、再び食事を始める。
ティーカップに手を伸ばし、ただ優雅に食事を進める。
何でもないありふれた日常の光景を見せ続けられる。
頭がおかしくなりそうだった。
俺はそんな光景を見ながら、乾いた口を開いた。
「……会話を……望んでいるんだよな?」
「ああ。そうだとも」
彼は手を止めこちらに向き直った。




