攻略戦⑤ 蒼き炎
/3人称視点/
薄闇の中で、一人の魔術師と騎士の壮絶な戦闘が繰り広げられていた。マリアの額からは冷や汗が滲み、強烈な痛みが腹部を貫き、呼吸が苦しくなる。
「ッ」
声にならない呻きが漏れ、彼女は腹部に目をやる。
そこには、瓦礫の破片が深く突き刺さっていた。
爆風により飛んできた鋭利な破片が肉を裂き、血が滴り落ちる。口からも血が吐き出され、膝をつく。眩暈が襲い、世界が揺らいでいるようであった。
「抜いたら……まずそうですわね」
冷静に状況を判断するが、彼女の胸には絶望が広がり始める。彼女はダンジョンの深奥にまで達した一級の魔術師。しかし、目の前の騎士、ガリア騎士団長ハインケルはその実力をはるかに凌駕していた。
彼の足止めを受け持ったマリアはハインケルを追い詰めたはずであった。
ハインケルは、天内が人払いに放った不可視の斬撃をまともに受け、その後にマリアはトドメと言わんばかりにハインケルに業火を放った。
通常の人間ならばそこで終わるはず。
しかし―――驚異的な再生と人ならざる耐久で復活するとマリアと本格的に交戦する事になった。
「これでも」
マリアは期待を込めた声音。
彼女は目の前で燃え盛るハインケルを注視するが―――
ハインケルの燃え盛る頭部は徐々に炎の勢いが収まる。
炎が収まるにつれ、ハインケルは冷静な顔つきに戻り、瞬時に再生が始まった。
「いやはや、本当に。今年のマホロは粒揃い……だねぇ」
なんでもないような感想。
狂気の眼が彼女の眼と交錯する。
「……くっ」
彼女は声にならない声を必死で押し隠す。
知らず足が一歩下がる。
怖いのだ。
殺意と好奇心が渦巻くその眼差しは、まるで玩具で遊ぶかのような冷たさを持っていた。
「エクスプロージョン……マインド」
ハインケルは静かにそう呟くと、「紅蓮!」と叫ぶ。
彼は片手剣を空中に振るった。
すると、連続した爆発が空間を伝うと。
マリアを殺戮の爆撃が襲う。
「遅延!」
咄嗟に彼女は魔法を唱え。
遅延魔法を使い、爆発の進行速度を遅らせる。
鈍った足元を奮い立たせながら、彼女は物陰へ走りながら業火で応戦する。
「まずいですね……」
何度目かの必殺の火炎がハインケルに直撃する――――が。
彼はただ無邪気な笑みを浮かべ立ち上がる。
「こんなもの効く訳ないだろう!? いつ学習するんです? お嬢さん!!」
業火の中―――
皮膚をケロイド状に爛れさせたハインケル。
まるで苦しみを楽しむかのような微笑みを見せると彼女の下へ走り出す。
マリアはありったけの魔力をメイスに込める。
より高温の青い炎がメイスの先端に灯ると。
「宿業裁焔 」
彼女は業火をハインケルに向けて放つ。
凄まじい炎がハインケルを襲い、彼は『キヒィィィィィィィィ!?』と絶叫を上げた。
「いい。湯加減ですねぇぇぇぇ!?」
頭蓋を剥き出しにしたハインケルの猛攻が止まらない。
「く。これでも終わりませんか!?」
マリアは距離を取りながら何度も火炎を撃ち込み続ける。
「どこまで私を楽しませてくれる!? こんなものではないのだろう!?」
彼は狐狩りを楽しむように片手剣を振るうと爆撃を操った。視力の再生が追い付いてないのか、片手剣から放たれる紅蓮の発破が彼女の四方八方で炸裂する。
マリアはその中を駆け抜け、冷や汗が額を流れる。
すると―――遂に爆発と業火に耐えられなくなり地盤が沈下する。
地下の奈落へとマリアは引きずり込まれていく。崩れる岩盤もまた遅延魔法により、ゆっくりと下降していく中。
彼女は石礫に炎を纏わせると、メイスで思い切り叩く。
「隕!」
彼女が編み出した隕石の着弾を思わせる凶悪な魔術。
炎で融解する石の塊がハインケルを襲う。
「エクスプロージョンマインド」
ハインケルは周囲に映る隕石を全て発破対象として認識しながら。
続けざまに。
「タッチデトネーション」
剣先が隕石に触れると全てを爆破し。
彼女の魔法を相殺した。
・
・
・
火炎の業火と爆風が辺りを包み込みながら。
宮殿の迷宮のような地下聖堂へと戦場を移した。
マリアは優雅に着地するも、腹部に大きな痛みが襲う。冷や汗を掻くが、震える脚に活を入れた。
遅れて、炎に包まれたハインケルもまた口角を上げながら着地する。
「噛み応えがあって、何より」
ハインケルは心底嬉しそうに微笑んだ。
「本当に……化け物ですわね」
「もとより、人では十分に戦いを愉しめないでしょう?」
炎の纏った瓦礫が散乱した地下聖堂で―――
それは突然だった。
閃光が瞬いた。
マリアの頭上に落ちてきた『石ころ』が発破したのだ。先程、ハインケルが『タッチデトネーション』で爆発物に変えた瓦礫の一部であった。
「!?」
マリアは目を見開く。
咄嗟に顔を覆うが、応戦間に合わず、彼女の目の前で『光』が瞬いた。
華奢な身体は爆風で壁に叩きつけられると。
「あっが!?」
という悲鳴と共に彼女の奥歯が割れる音が頭蓋に響く。
マリアは目の前での爆破により左眼が破裂する。風圧で壁に衝突した際、腹部に刺さっていた瓦礫がより深く内部に刺さり込み、彼女の内臓を圧迫する。
致命傷は免れたが、通常の人間である彼女には耐え難いダメージだった。
「もう、終わりですか」
ハインケルの身体は徐々に鎮火しながら、ゆっくりと歩を進める。
「いいえ。まだ……ですよ」
彼女はメイスを杖代わりに立ち上がり震える声で戦闘続行を宣言した。
足元には血だまりが広がっていた。
彼女の意識は朦朧としていた。
左顔が焼け爛れ大やけどを負ったマリア。美しい顔の面影はなく、無残に皮膚と髪の毛は赤黒く焦げていた。
「存外。根性があって重畳。それに先程よりも美しくなったじゃないですか」
再生を完了させたハインケル。
彼は皮肉を込め、火傷で爛れた彼女の顔を見る。
そして、戦いを愉しむように不気味に笑みを浮かべた。
彼女はメイスを掲げると蒼い炎を灯す。
マリアはゆっくりと口を開き。
小声で―――
「全く。本当に恐れ入ります。天内さんはこんな頭のおかしな人達を相手にし続けて来たなんて……」




