攻略戦⓪ 支配の騎士 と 戦争の騎士
終末の騎士との会話が頭を巡る。
あの時、奴はいつでも俺を殺すことができた。
なぜ、俺を生かしたのか――
答えは、いくつかの言葉の中に隠れている。
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「我らと同じ視座を持つ者よ。空席は2つ、君が空けた席だ。残る席に座るのは君が相応しい」
終末の騎士の声が脳裏に響く。
「君はもう座っている。神の如き視座に。君は人の側に立つ必要はない。なぜなら、君は人を嫌悪しているのだから」
その言葉は俺の奥底を穿ってくる。心の中を見透かすかのような甘言であった。
「まるで戦を求める亡霊だ。死に場所を探しているのだろう? 戦いをもたらす者。戦争の騎士よ」
―――――――――
「にしても、先輩から輪に入ってくるなんて珍しいですね?」
小町の問いで、思考が現実に引き戻された。
「え? ああ、そうだな」
俺は曖昧に返す。
俺たちはパーティーメンバー4人で夕食をとっている。
場所は屋外テラス。
夜風が肌をくすぐり、澄んだ秋の空が静かに広がっていた。
「どうしたんです? さっきから様子が変ですよ」
と、小町が不思議そうに言う。
「なんだかずっと上の空なんだよ」
千秋が合いの手を入れた。
俺は何も言えなかった。
冗談を言おうと思ったが、その言葉が喉元で止まる。
するとマリアが、少し不満げな表情で話し始めた。
「にしても! 今日は天内さんから話があるんじゃないですか?」
彼女の視線が俺に圧力をかける。『今の状況をみんなに言え』という圧力だ。
「何の話です?」
小町が興味を示し、千秋も視線を向けてくる。
今しかないのかもしれない。
俺は無言で立ち上がり、背を向ける。
「トイレだ」
「あ、どうぞー」
と千秋が軽く返す。
「なんだ。お手洗いですか……」
と小町も気を逸らした。
マリアはその様子をじっと見つめていた。
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トイレの鏡の前で、俺は顔を洗う。そして鏡に映る自分の顔を確認する。鼻血がこぼれ落ちていた。最近、気づけば鼻血が出ている。
「限界が近いな。マジで後どれぐらい持つ?」
指で鼻血を拭き取る。
明日の決行日を頭の中で確認する。
正確には明後日の未明にすべてが動き出す予定だ。
9つのプランのうち、3つはすでに水面下で進行中。聖教会とボルカーを討つには十分だ。だが、終末の騎士の顕現がすべてを狂わせている。
「奴が現れるなら、フルスロットルで回す必要がある」
精神魔法が効かないはずの俺が、幻術をかけられた。
これを突破するには『究極俺』になるしかない。
2つの意識を1つの身体に共存させる事。
全パラメーターの急上昇。
あらゆるデバフ耐性。
極光との融合。
それが究極俺。
ブラックナイトの力をマニュアル操作できるようになるのだ。これは極限まで寿命を使い捨てるので、マリアには黙っておこう。怒られそうだから。
でだ。
俺は今迷っている。
超絶迷った。
普通の日常を壊す決断に他ならない。
でも―――
大きくため息を吐くと。
「もう話すしかないか……」
アイツら。
千秋と小町に全てをゲロる。
狂ったプランの穴埋めもあるが……
「その日が来るのなら」
今こそキチンと別れの挨拶を告げるべきだ。
次がないかもしれない。
それが大人としての責務。
それに―――
マリアに説得された事。
これを素直に受け入れてみようと思う。
きっと言わなかったら後悔するかもしれないから。
そう覚悟を決め、俺は席へと戻った。
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テーブルの上には灯りが揺れ、心地よい静寂の中に談笑が交じり合う。どこか遠くで虫の声が響き、優しい風が一瞬、秋の香りを運んできていた。
俺は席に戻り、座り直すと。
千秋と小町に目を向けた。
「おい、お前ら。尻の穴かっぽじってよ~く聞け」
小町は鋭い眼差しを向け、千秋は驚いた表情をしている。
引きつった顔の小町が。
「それ、女の子に言っちゃダメですよ」
「男の子にもダメだよ。しかも食事中だし」
千秋は同調した。
「デリカシー以前の問題です。もはや品位の問題です。品位はないのは知ってますが」
「だね。人間性を否定する気はないけど。流石にね」
「言葉のチョイスが酷すぎるんですよ! 考え物ですよ! ホントに!」
俺は2人の小言を遮るように。
「いいか! お前らに話があるんだよ!」
「なんですかぁ~?」
「どうしたのさ」
と千秋が言う。
俺は少し躊躇し、全員の視線が俺に集まるのを感じた。
咳払いをして、俺は言葉を口にした。
「明日、俺は多分……死ぬかもしれない。本当に、ありがとうございました」
『ちょっとコンビニ行ってくる』のノリで言ってみた。
言葉が場に落ちる。
――沈黙――
小町がまず反応した。
「ふざけてないで、ご飯が冷めちゃいますよ」
「そうだよ、つまらない冗談だね」
千秋も軽く返す。
俺はまるでオオカミ少年の気分だった。
今までふざけていたせいで。
嘘のように、すべてが受け流されたのだ。
すると―――
「天内さん!」と、マリアが机を叩いて立ち上がる。
「約束、したじゃないですか!」
「ちょっと待ってください。死ぬかもしれないだけで、死ぬ気はありませんよ」
「ぐぬぬ」
そうなだめるが、マリアはソワソワし出す。
小町はうんざりした顔をして。
「冗談に付き合ってあげる必要ありませんよ。マリア先輩」
千秋は不機嫌そうに。
「食事の席で、死ぬとか死なないとか、そういう話はやめてくれない?」
俺は深く息をつき、全員に向き直った。
「おい、よく聞け。千秋と小町!」
「なにさ?」
千秋が口を尖らせる。
俺は、ついに決断した。
ここで、すべてを語るのだ。




