作中最強
/千秋視点/
―――陽がすっかり落ちてしまった。
演奏がどうのこうの、と通り過ぎる人々の会話が耳に入る。広場には夜景を楽しむカップルや観光客が多く、街の灯りが賑やかに輝いている。
「あぁ~。もう帰っちゃったかな。メッセージは……返してくれないし」
歩きながら辺りを見回していたら、不意に目に入った。
「なんだ、居るじゃん」
ベンチに座って、『1人で』虚空に向かって何かを喋る傑くんの姿があった。
「ま~た、1人で……」
ゆっくりと彼に近づきながら思った。
まるで変人みたいじゃないか。
「いや、前から変人なんだけど、こんな公然で変人を披露しているといつか本当に捕まるぞ」
近づくにつれて、彼の横顔は真剣な顔をしていた。
「お~い」
彼の視線の前で手を振ってみる。
返事がない。
ただの奇人のようだ。
「やれやれ」
目は虚ろだ。
半開きになっているし、視線は定まっていない。
寝ぼけているのだろう。
「スリにあっちゃうぞ」
隣に腰を下ろし、彼の肩に頭を傾けてみる。
ブツブツと、うわ言を呟いていた。
一体どんな夢を見ているんだろう?
耳をそばだててみる。
まるで自分以外の誰かと会話しているかのようだった。
そのとき、彼が突然声を張り上げた。
「わかったぞ! 貴方の正体が!」
「え!?」
ボクは思わず驚いて立ち上がった。
「この名探偵『眠りの天内』に解けない謎はありません! フハハハハハ!!!」
まわりの人たちがこちらを振り返る。
通りすがりの若い女性が眉をひそめながら通り過ぎた。
「キッモ」
やばいな。
身内だと思われたくないぞ……
「私が来たからにはこの事件……解決したも同然なのです!」
彼は完全に自分の世界に入ってしまっているようだ。
まるで現実を忘れ、頭の中で勝手に事件を解決しようとしている。
「もう……どうしよう」
少したじろいだ。
奇人過ぎて。
ボクが小さくため息をついた瞬間。
彼はさらに声を張り上げた。
「これらの証拠が全てを物語っているんです! 音楽家の体を装った貴方が犯人だという事を!」
もう限界だ。
これ以上、彼の奇行に付き合っていられない。
「おい! そろそろ起きろよ!」
ボクは思い切り肩を揺さぶった。
「犯人の正体それは!」
「おいってば!」
「ズバリ!」
ボクは思い切り彼の頬をつねった。
傑くんは、ようやく彼は正気に戻ったのか目を開くと。
「は!? な、なんだ!? いってぇぇぇぇ!?」
「よ、ようやく起きたか」
「ち、千秋。なんで? は? なんだこれ?」
彼は飛び上がるように立ちあがる。
「だ、大丈夫? 随分愉快な夢を見ていたようだけど……」
彼は辺りをキョロキョロ見回したあと、ボクをまじまじと見つめた。
「今は何年の何月何日だ?」
「何言ってんの。ホントに大丈夫?」
「……いや、いい」
「そ、そう」
「ところで千秋、いつから俺の傍に居た?」
「随分前から居たけど」
彼は戸惑ったような顔をした。
その後、何かを確認するように天を仰ぐ。
「なに?」
ボクも同じように夜空に視線を向ける。
一筋の流星が煌めいた。
「よし居るな……しかし、なぜ思いつかなかった。もしや意識すらも……か。クソチート野郎め」
「なにがさ?」
彼はそんな質問を無視すると手で顔を覆い歩き出した。
「いつだ? いつかかった? 目を合わせた瞬間、いや、音楽を聴いた瞬間。どっちかだな」
「は?」
彼はボクを気にも止めず歩を進める。
「俺に精神魔法は効かないはず……」
「どうしたんだよ。ちょっと待てよ。さっきからおかしいぞ」
彼は自分の頬をつねりながら。
「現実と虚構の境目が曖昧だ。マズイな。ヤバいぞ。危うく全て終わる所だった」
ボクは思わず彼の横顔を覗き込んだ。
青ざめた表情をしている。
いつもとはまるで違う。
「どうしたのさ、そんな顔して。ホントに大丈夫なの?」
彼はいつもの調子ではなく。
顔をしかめ、沈黙した後、ぼそりと呟いた。
「いつでも俺を殺れたって訳か。舐められたもんだぜ」




