無意識なポジショントークほどムカつくものはない
モリドール氏と合流した所だった。
今日はいつものスーツ姿でなく、シャツにジーパンといったラフな格好。
こうしてみれば十代後半? 二十代前半? の健康そうな美人に見える。
いつも掛けている眼鏡は外しており、今日はコンタクトであった。
俺は営業スマイルを作り、頭を下げた。
「本日からよろしくお願いします」
「おお!? 待ちわびたよ! よろしくね!」
ポンポンと肩を叩いて歓迎してくれた。
おばさん特有のボディタッチの多さに少し困ったが、微笑は崩さない。
すけべ爺とパートのおばさんはパーソナルスペースが極めて狭い。
これマメな。
「あっちに車用意してあるから、とりあえず乗っちゃって乗っちゃって! お昼は食べてないよね?」
「ありがとうございます。昼はまだですね」
昼を摂る余裕はなかった。
というよりもオノゴロまでの飛行機内で飲食物は基本的に持ち込み不可だ。
VIPや病人は別のようだが。
異世界でも格差社会があった事に少し残念に思った。
俺は資本主義と貴族社会に中指を立てた。
心の中で。
「うんうん。大したものはご馳走できないけど、安くていい店が街にあるの!」
「それは楽しみですね」
飛び込み営業で培った俺の微笑スキルは完璧だ。
好青年を演じられているだろう。
「楽しみにしてくれて何よりだよ! じゃあ行こ行こ!」
モリドールさんは背中に回り、俺を後押しした。
「それよりもさ。郵送してくれた荷物、結構な量あったけど天内くんの部屋殆ど埋まっちゃったよ」
「ああ。それですか。まぁ色々とありますからね」
ベース用のテントとかサバイバルグッズを多数郵送したからな。
「そっか。そうだよね。お昼の後は街の案内をするよ。その後は家で歓迎会だね。二人しか居ないし大したものは出せないけど、我が家だと思ってくれていいから!」
とても眩しい笑顔のモリドールさん。
そんなに俺の来訪を喜んでくれるとは。
なんだか申し訳ない気分になった。
今までの評価を上方修正するべきかもしれない。
何様だって話だが、俺はこの人のツケも全額払ったし、商店街の人に頭を下げたりしたんだから、思うところはあるさ。
「ええ。楽しみにしてます。是非そうさせて貰います。それよりもモリドールさん。家の隅で構わないんですが庭の一部を貸して頂いても?」
勿論、俺の個室建設場所が必要だ。
「いいけど? 何か育てるの? 私、薬草学専攻だったし少しぐらいなら教えられるよ」
ほう。薬草学と来たか。エルフらしいな。
ということは魔法系統は地か金ってところか?
「ありがとうございます。それよりもモリドールさんって薬草に詳しいんですか?」
「そうなの。これぐらいしか取り柄はないんだけど。ちょっとしたエリクサーなら朝飯前に作れちゃうよ!」
おお。錬金術系統のクラフト魔術か。
レアな系統とは言えないが、天内は錬金術適正がありながらクラフトできないクソ性能なのでお世話になる事も多いだろう。
「是非。今後ともご指導ご鞭撻のほどを。若輩者故錬金術には精通してないので」
「もう! 畏まっちゃって。もっとフランクでいいよ! 毒消しに麻痺直し、ポーションなんかも教えちゃう!」
作り方は知ってる。
知ってるけど作れないけどな。
「そうですか。いや、そっか。じゃあよろしくね。モリドールさん」
俺は出来る限りフランクに返答してみた。
「おお! 私の事は家族だと思っていいからね!」
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空港を出て、モリドールさんと他愛のない話をしながら昼食を摂った。
その後、街を案内するという事で商業区をブラブラと二人で歩いていた。
「そしてここが、主に雑貨を買うところ。でも23時には全部の商業区は閉まっちゃうから注意ね」
「へぇ」
「オノゴロはヒノモト管轄だけど、風営法が厳しくてね。東京とは違う事が多いから最初は戸惑うと思うけど」
ちょっと腹減ったから夜食を買いに、とはいかない訳ね。
それは新情報だ。
ゲームにはなかった設定。
「あっちは住宅街だけど、基本的にお金持ちしか住んでないからあんまり行く事はないかなぁ」
モリドールさんは商業区の先を指さして住宅街のエリアを見てそう言った。
ここから見ると何とも普通の住宅街にしか見えないが、普通に見える戸建てでもウン百億の世界。
超大金持ちエリアだ。
クソ! 俺もいつかあそこに家を買いたいぜ。
ゲームのストーリー通りなら主人公風音はヒロイン達とあそこでハーレム邸を完成させる選ばれた存在だ。
羨ましくて血の涙が出そうだ。
対して俺はどうだろう?
ほぼ野宿生活。
これが端役と主役との格差。
クソ忌々しい。
ここでも格差かよ。
わかってたけど……キチィぜ。
できるだけ平静を保ちつつ、
「そ、そうですか。縁がなさそうですね……」
「うん? なんだか凄く怖い顔してるけど」
「あれ。そうでした?」
いかんいかん。雑念が表情に出てしまったか。
修行が足らんようだ。
これだから俺は営業成績が下から数えた方が早かったのか。
精神滅却。
笑顔は大事だ。
「じゃあ行こうか」
「…………そうですね」
浮かない顔を表に出さないよう精一杯の顔を作った。
すると、ゲームでよく知ってる人物がモリドールさんに声を掛けてきた。
俺は内心『おお! すげぇ』となった。
「森林。久しいな」
タイトなパンツにタイトなシャツを着た美人エルフだ。
長い綺麗な薄紫の髪を後ろで纏め、仕事が出来そうなオーラを醸し出している理知的な眼鏡を掛けている気の強そうな女性。
俺はこの女性をよく知っている。
ゲームでも何度も苦しめられた最強パーティの顧問。
「せ、先輩。お久しぶりです」
モリドールさんは苦手な人物らしく、さっきまでの雰囲気とは打って変わり挙動不審になっている。
「ようやくお前にも専属が出来たらしいな。噂は聞いている」
髪を搔き揚げるとフワッといい匂いがしてきた。
「え。ええ」
「首の皮一枚だったな。森林はクビ候補筆頭だったからな。まぁそれもいつまで続くか」
クククと含み笑いをする眼鏡美女。
邪悪な顔をしていらっしゃる。
「た、たまたまですよ。運が良かったんです」
「ほう。精々励めよ。お荷物くん」
「は、はい……」
萎縮するモリドールさん。
居るわこういう人。
嫌なお局って感じなんだよね。
少し残念だ。
「それでこちらは?」
隣に居る俺に視線を向ける。
「そ、それはですね。少しこっちに先輩」
モリドールさんは俺からその眼鏡の女性を引きはがし、何やらコソコソと話し始めた。
すると眼鏡の女性はみるみる顔を青ざめさせていく。
その反対にモリドールさんはなんだか勝ち誇った顔をしているように見えた。
「一体何を言ってるんだ?」
眼鏡の美女エルフは再度俺の方を見ると、挙動不審になりながら大きくため息を吐いて、トボトボとその場を去って行った。
モリドールさんは再度こちらに戻ってきて。
「じゃあ、行きましょう天内くん」
ニヤニヤの止まらないモリドールさんは横目で眼鏡の美女エルフの背中をチラリと見た後こちらに振り返る。
「え。ええ。さっきの方は?」
俺は惚けてそんな質問をした。
知ってるが訊く。
ここで俺が知ってたら意味不明だからな。
「ああ。さっきの人は元同僚の先輩です。今は昇進しちゃって殆ど関わりはないんだけど。たまたま会っちゃった。オノゴロの商業区は狭いのでよくあることなの」
確かに商業地区は狭い。
一日もあれば区画を全て歩いて回れるだろう。
リーズナブルな店を回れば行くルートすら限られてくる。
観光に来たであろう家族連れやマホロの学生と思われる人々が見て取れた。
なるほどね。
あまりここら辺をウロウロするのも考えものだな。
買い物をするなら通販か、面倒だが一度下界に降りる必要があるかもしれない。
「そうなんですね」
それ以上モリドールさんは語らなかった。
俺はこれ以上質問する気がない。
俺は眼鏡の美女エルフを知っている。
名を【リュー・マレー】。
現最強パーティの顧問を務める女傑だ。
最強パーティ。
それは生徒会長を筆頭とした5名からなる。
ゲームでのこのパーティとの戦闘は非常に骨が折れた。
走攻守バランスの取れた編成にサポート要員の豊富さと多彩なコンボ。
てか、鬼畜コンボ。
生徒会長個人で完結させてくる"毒ロック聖域コンボ"。
これが凄まじく凶悪なんだよ。
期間限定イベでのこのパーティとの戦闘はWikiでも研究されたほど。
並みのパーティじゃ返り討ちに遭う。
近距離・遠距離高火力潰しの毒・麻痺・呪い・自爆戦術はNPCとしては余りにも姑息、卑劣でありながら、理にかなっている戦略をしてくる。
これがクソ厄介でイライラさせられた。
「それじゃあ行こっか!」
モリドールさんは腕を絡めようとしてきたが、俺はスッとそれを躱した。
「あれ?」
キョトンとするモリドールさん。
「もう日も暮れそうですし、そろそろ」
「ああ、そうだね。戻ろうか。我が家に」
なんだか残念そうな顔のモリドールさんであった。
「我が家……ですか。いい響きですね」
そういえば、前世でもこの世界でもずっと1人だったな。
悪くない響きだな、と思った。
そろそろ第二章始まります




