惑星
/3人称視点/
夕暮れの広場は、静かな活気に包まれていた。
天内は今日もキャンバスに向かい、絵筆を動かしていた。筆が止まり、彼の目の前には夕陽に染まった街並みが広がり、そこに立つ笑顔の人々が描かれている。
彼の望むエンディングの模倣。
間もなく完成である。
油絵具はこの世界では魔法で瞬時に乾燥させられる。
それもあって、彼の創作活動は捗っていた。
「ふう」
一息ついた天内は、絵を見つめながら感慨深げに微笑んだ。
―――その時。
広場に響く、ヴァイオリンの澄んだ音色が彼の耳に届く。
天内はそちらに目をやった。
今日もまた、あの壮年のヴァイオリン奏者がやってきたのだ。彼は天内と視線が交わると、ヴァイオリンの弦を弓で軽く触れ、ゆっくりと演奏を始めた。
彼は一音一音を味わうように、情景を思い描きながら、曲を順番に奏でる。音色はその場の静けさに溶け込み、幻想的な雰囲気を醸し出す。
イギリスの作曲家。
グスターヴ・ホルスト:組曲『惑星』。
本来一時間近くかかる曲をアレンジしながら短縮して順番に弾き始める。
第1曲『火星』――副題:戦争をもたらす者。
その力強い旋律は、血潮が高鳴り、戦場の轟音を思い起こさせる。
第2曲『金星』――副題:平和をもたらす者。
柔らかなメロディが、心を包み込み、安らぎをもたらす。
第3曲『水星』――副題:翼のある使者。
浮遊感のある音が、彼の心を解放し、自由な想像を掻き立てる。
第4曲『木星』――副題:快楽をもたらす者。
壮大なハーモニーが響き渡り、まるで彼の心が空へと羽ばたくような感覚に包まれる。
第5曲『土星』――副題:老年をもたらす者。
重厚な音色が、人生の重みを感じさせ、過ぎ去った日々を思い起こさせる。
第6曲『天王星』――副題:魔術師。
神秘的な音が舞い上がり、彼の内に秘めた力を呼び覚ます。
第7曲『海王星』――副題:神秘主義者。
最後の旋律は、まるで永遠に続くかのように響き、広場に漂う空気を一変させる。
静かに、それでいて優雅に曲を奏で続けた。
男の周りに、徐々に観客が集まり、音色に耳を傾ける。
天内は先日弾けないと言っていた男をじっと見つめて動けなくなっていた。
「一体、何者なんだ……」
天内は、あの後調べたのだ。この異世界に『惑星』という名の曲など存在しない事を。
やがて、曲が終わると同時に陽も完全に沈んだ。広場にはしばしの静寂が訪れた後、拍手が湧き起こり、指笛も交じる。
男は深々と礼をした。
男と何度か声を交わす者。
賞賛を送る者。
人だかりが落ち着くと、天内は今一度、壮年の男に声を掛けた。
「やはり……素晴らしい演奏ですね」
「ありがとう。それに、また、会ったね」
柔和な笑みを浮かべていた。
「以前、『木星』は弾けないとおっしゃってましたが」
「練習してきたよ。君のリクエストに応えてね」
その言葉に、天内の疑念はますます強まる。
彼は静かに問いかけた。
「その楽譜、旋律は一体どこで調べたんですか?」
男はこめかみをつつくと。
「思い出しただけさ」
「じゃあ、質問を変えてもいいですか?」
「なんだい?」
「貴方は何者なんですか?」
「ただの音楽家、と言ったら?」
天内は軽く笑うと。
「まさかぁ~。信じられないなぁ。だってその曲は」
男は、まるで思考を読んだかのように口を挟んだ。
「この世界にはないからかい?」
「……」
天内は腰にある細剣を抜けるように指を乗せた。
「良い殺気だ。ようやく会えたね。我らと同じ視座を持つ者よ」




