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100日後に死ぬ天内


/マリア視点/


 ダンジョンから帰ってきたその後。

 フランさんが手配した豪華なホテルの一室に身を落ち着けていた。

 

 天内さんは私を連れて、今までの出来事を語って聞かせる。

 

 紙とペンを使って現在と過去の状況を説明し終えると。


「と、いう感じです」


 彼はあまりにも軽い調子で言った。ペンを置き、手を伸ばして紅茶に口をつける。彼の動きはいつもと同じように自然体だったが、その内容は全く自然ではなかった。


「これからするのは……」

 

 彼はティーカップを机に戻すと、続けてこれからのことを話し始める。

 

「……」


 絶句する。言葉が出てこない。

 感想など思いつく余地がない。


 この人の歩んだ人生が本当なら……


 この人は間違いなくこの世界の救世主だ。


 何度も世界の危機を止めてきた。

 幾つもの戦争や飢饉を防ぎ、果てには過去にすら遡り人類を救ったという。


 その話が、冗談のような軽さで語られることが信じられない。彼の実力は知っていたし、特別な存在であることも認識していたが。


 まさかここまでとは……


 どこからが本当の事で、どこからが嘘なのか。

 まるで全部が嘘のように聞こえてる。


 頭を抑え念押しして訊いてみる。

「それは本当の話なんですよね?」

 

「本当ですよ」

 

「そ、そうですか」


「という事で、これからこの地は戦場になります」

 彼はさらに平然と告げた。


「……」

 私は押し黙った。



 これから彼と彼の組織は世界を滅ぼしうる魔人なる者を討つらしいのだ。


 そんな存在は聞いた事がない。

 どうやらこの世界を裏から操っているらしいが。

 本当なのか? 

 何度も何度も自問自答してしまう。

 まるで夢物語。

 陰謀論を聞かされているようだ。

 

 でも……真実なのだろう。

 私は彼を信じている。

 彼でなければ、きっと鼻で笑っただろう。



「どうぞ」


 いつの間にか私達のパーティーに加入した新鋭のフランさん。彼女は天内さんのティーカップに紅茶を注ぐ。


 彼女はメイドであると宣言していたが、天内さん曰く、メイドごっこをしているだけとの事。


「冷めていますが、新しいものをお入れしましょうか?」


 フランさんは、私のティーカップに視線を向けて尋ねてきた。


「い、いえ。結構です」

 私の口の中は驚くほど乾いているが、飲む気にはなれなかった。


 フランさんは会釈すると、彼の後ろに控える。


「まぁ。マリアさんには酷な頼みになるんですが。俺の命は3ヶ月ぐらいかなぁ? 場合によってはさらに短くなるかと」


「さ、3ヶ月!?」

 私は反射的に声を上げる。


「そうです。最大100日ぐらいあるんで。まだ結構時間はありますよ。まぁゆっくり考えましょう」


 全然時間がありませんわ!!!!

 

 私は心の中で思い切り叫んだ。


 フランさんは口を挟む。

「しかし……アマチさんの寿命を延ばすとなると簡単ではありませんねぇ」

 と、考え込む。


「そうなんだよねぇ。どうしたものか? フラン。なんかいいアイデアない?」

 天内さんも、まるで軽い相談ごとのように尋ねた。


 この2人は、『今晩の夕食の献立は何にするか?』程度の会話の調子だ。


 フランさんは。

「肉体を治すだけではいけませんしねぇ」


「そうそう。身体を治すのは容易だよ。高度な治癒があるから」


 フランさんは頷くと。

「肉体の面では、最悪アマチさんの人形を用意も出来ますが。ネックなのは魂の崩壊ですね」


「これってさ。脳の損傷とかじゃないんだよね?」


「ですね。もっと次元の高いものです。仮に、人間と同じ構成要素で作った肉人形を用意しても、それは動きませんわ」


 彼は納得すように一言。

「ほう」


「仮に、死体の損傷を完全に修復しても、それはただの人の形をした肉の塊でしかないのと同じです」


「死者が蘇らない理由だね」


「その通りです。例えば私の扱う死霊術。これは霊体(レイス)系の『魔物』を人形に降霊しているにすぎません。人形の構成要素は『肉』なのか『物』なのか様々ですが、死者が蘇った訳ではないのです」


「ふむふむ。それはわかるよ」


 フランさんは続ける。

「解決策はわかりませんが、アマチさんが助かるには2つの条件が必要かと分析します」


「な、なんですか!? それは!?」

 私は2人の会話に割って入った。


 フランさんは私を見ると二本指を立てる。

「まず魂の崩壊を止める事。次に摩耗した魂を修復する事。この2点は必須かと」


「フランさんの叡智から、それをする方法、もしくは何かお考えはありますか?」

 

 正直、歯痒いが。

 今の私は全く詳細な方法がわからず訊く事しか出来ない。


「う~ん。そうですねぇ。この世には固有能力(ユニーク)と呼ばれるモノがあります。個々人が持つ力、あるいはそれなら可能かもしれません。希望的な観測ですが」


「ユニーク?」

 私は聞き馴染みのない言葉であった。


「ユニークか。なるほどなぁ。しかし、俺の知ってる限りそんなのないぞ」

 

 天内さんとフランさんの2人にしかわからない会話が始まろうとしていた。

 

「ちょっと待ってください。ユニークとはなんですか?」


 天内さんとフランさんは目を合わせると。


 彼はゆっくりと口を開いた。

「一般的に知られる『異能』ではなく、個人。この世界で唯一その人しか使えない特殊な力みたいなものです」


「へ?」


「この世界には多くの異能があります。例えば……」

 と、彼は目の前のスプーンを浮遊させた。

「このように風の魔術による『浮遊』。そして……火の魔術『着火』」


 彼は浮遊させたスプーンの先に火を灯す。


「天内さんはやはり火の魔法も扱えるのですね……」


 彼は続けて。

「水の魔術」

 火を消すと、次はスプーンに纏わりつくように水流が渦巻く。


 既に3属性の魔法を披露していた。

 

 魔法の才ある者でも1種類。

 私のように2属性を扱う者は世界では希少。



 ―――にも関わらず。



「金の魔術」 

 彼の目の前に浮かぶスプーンはバチバチと目に視えるほどの紫電を纏う。


 4属性……。


「地の魔術」

 スプーンの腹に砂糖のように砂粒が出現する。


 5属性の魔法を扱ったファントム……天内さん。

 

 七色の魔法を司ったされる。

 伝説の極光。

 彼はそれが自分であるのを証明するように。


 余りにも多彩な効果を披露していた。


「と、このようにね。しかし、これらはあくまで汎用的なものです」


「汎用……ですか。確かに今、披露された魔術。属性単位で見れば初歩の魔術ばかりでした。しかし……私は魔法そのものが特殊な力、天より授かる祝福だと学びましたが」


「祝福とは言い得て妙ですね。初めから適正魔術は決まっているようなので」


 私は真剣な顔をして。

「そうです。使える魔法は生まれた時に決まっていると学びました。一般的に魔法が扱えるだけで凄い事です。それを扱える事、そのもの自体が特権階級になります」


 彼は頷くと。

「天才集まるマホロに居ると感覚がおかしくなりますが。そのようですね。しかし……これは大した事じゃない」


 伝説戦士たる彼は何でもないように言った。


 ここまで謙遜すると、もはや嫌味に聞こえる者も居るかもしれない。


「えっと? つまり?」


「例えば、俺はマリアさんと同じ火の魔法を使える。だけど、マリアさんのような強大な魔力もないし、高火力な範囲魔法も使えない」


「そうなのですか?」

 私は目を見開いた。


「そうです。これはマリアさんの一種の個性なんです」


「は、はぁ」


「メインの魔術師や騎士……いや、恐らくこの世界に生きる全ての人の中には、その人しか扱えない。誰にも真似出来ない、その人だけの『固有能力(ユニーク)』と呼ばれる力があるんですよ」


「それがユニークですね」

 

 フランさんは付け加える。

「その中に、あるいは、アマチさんの寿命を延ばす(すべ)があるかもしれない。という事です」


「でも。わかんないんだよねぇ。それが」

 と彼はカラッとした顔で微笑んだ。


「ですね。あるのかどうかもわからないです。あったとしても、誰が扱えるのかも問題になります。この世界の人間を一人一人探し出す事は困難を極めます」


「だね」


 2人は軽い口調で感想を述べていた。


 私はそれが非常に困難な事だとわかった。

 だけど。

 一縷の望みがある事に、希望が湧いた。

 

「私が……必ず探し出します」


 彼は私の言葉を聞き。

「ええ。じゃあ。後は頼みます」


 彼は以前よりも素直になっていた。

 何でも出来るせいで、誰にも頼らなかった。

 頼る事が出来ない人。


 誰かを助けるのに、自分の事を後回しにしていた不器用な人。


 それは孤独が故なのか。

 並び立つ者が居ない程、孤高だったのか。

 彼の優しさだったのか。




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