怖い時こそ前に進め! いつだって邪魔をするのは恐怖心だ
/小町視点/
鋼がぶつかり合う。
――超高速での剣のかち合いが、まるで火花の嵐のように散る。
「集中しろ……」
自分に言い聞かせる。
ここは訓練場。死ぬことはないとわかっていても。
実際の細剣の迫力は木剣とは全く違う。
先輩の一撃一撃が尋常ではない。
鋭い刺突――
それが、ほとんど見えない。
「いいぞ、ちゃんとついてきてるな」
「そりゃあ、どうも!」
額には汗が滲み、息が詰まる。
呼吸を意識する余裕さえない。
そんなことをしていたら一瞬でやられてしまう。
一撃一撃の重さは、それほどでもない。
強化された私の身体と剣技で防げる。
――が、それでも速い。速すぎる。
先輩の何でもない一振りが……
私の全力の抜刀術とほぼ同等の速度だ。
これは……異常だ。
仮に彼が本気で抜刀したら、さらに加速するだろう。今、私は全力で抜刀を繰り出し続け、やっとのことで防いでいるにすぎない。
「この後、緩急をつけて横薙ぎのフェイントを入れてから、刺突を仕掛ける。5秒後に少し速度を上げる。4秒以内に懐に飛び込んで、鍔迫り合いに持ち込め」
先輩は攻撃のパターンを告げ、宣言通りに攻撃を開始した。
「ッ!?」
身構える――
1秒、リズムが変わる。
刹那、感覚が狂わされた。
2秒、横薙ぎのフェイントが来る。
防御姿勢の反射反応を必死に抑え込む。
3秒、今度は刺突――集中して耐える。
4秒、無数の点のような攻撃が飛び交う。
受けたら終わりだ――
5秒、懐に飛び込み。
指示通り鍔迫り合いに持ち込んだ。
―― 鍔迫り合い ――
至近距離で、先輩の顔がはっきりと見えた。
「はぁ、はぁ……」
ようやく息を整え、酸素が肺に満たされる。
「いいぞ、よく耐えた」
「先輩……今までの稽古、やっぱり手を抜いてたんですね?」
「速度は落としてたな」
「そぉ――――ですか!」
追いつけるとか勘違いしてた自分が恥ずかしい。
「不貞腐れるなよ。今の動きについてこれるだけでも、すごいことだ」
「なんだか馬鹿にされてる気しかしないんですけど」
「ないない。本当に成長したな、小町」
「……先輩って本当に剣士じゃないんですか? どう考えても異常ですけど」
「俺は剣士じゃない。俺のは速いだけだし、手数が多いだけ。それに技術もない」
ウソツケ。
「いや、それが異常なんじゃないですか?」
「そうかな? 型もないし、剣士としての訓練も受けてない。俺は白兵戦の武器なら何でもこんな感じだ」
「あっそ!!!」
やっぱりこの人、天才だ。
教えるのに向いてないのは、天才すぎたせいなんだ。
「俺の高速斬撃は思考を加速させているからコントロールできるっていうのもあるんだが……実は速さについて行けるように身体能力向上のスキルを使用しているのもある」
「えぁ?」
「視えるか?」
集中すると。
先輩の身体を包む光のような靄が浮かび上がってくる。
集中しなければ見えないほどの微かに見える粒子。
「捉えたようだな。教えずともわかると思うけど……今、この世界で唯一、お前は俺のスキルを物理的に斬る事が出来る」
「そんなことが……」
「できる。今は鍔迫り合いだが、この後、俺はバックステップして距離を取ろうとする。その時に追撃して、俺のスキルを断ち切れ」
「反撃しないですよね?」
「防御はする。反撃は……するかもな」
「やだなぁ……」
一息吐いた今、正直少し安堵していた。
この緊張が解かれ。
また激しい攻防になると思うと苦笑いした。
彼は私の不安を感じ取ったのか。
「怖い時こそ前に進め! いつだって邪魔をするのは恐怖心だ」
そう鼓舞した。
「……もう!」
私は気合を入れた。
コイツの詭弁はたまに説得力があって敵わない。
「よし準備できたようだな。いいか? まずは俺のスキルを二つ斬る。それで俺の速度が落ちる。次に魔術を剣に付与するから、それも斬り捨てろ」
「えぇ……」
「次回は最初からその眼を覚醒させておけ。敵を観察して、何もさせるな。そうすればお前は有利な状況から始まる」
「ハイハイ!」
「いくぞ、『せーの! 』で離すから、気合を入れろよ!」
「わかりましたよ!」
「せーの!」
―― 鍔迫り合いが解かれた ――
先輩が後方へ下がる。
「さぁ来い! 前に進め!」
一歩踏み出した瞬間。
――― 的確に急所を狙った一撃が飛んできた。
嘘つき!
彼はすぐに反撃してきたのだ。
――それでも紙一重で避けた。
頬を掠り、血が滴る。
二歩目。
私は高速の抜刀を発動。
刀の軌跡が弧を描き。
先輩の異能を斬った。
「いいぞぉ!」
先輩が笑っていた。
「こなくそ……」
――― 剣戟が交差する。火花が散る ―――
三歩、四歩。
――先輩の刺突が腹部を捉える。
鋭く熱い痛みが走るが。
それでも五歩目を踏み出した。
声を上げて自分を鼓舞する。
「逃がさない!」
もう一つの異能を斬り捨てた。
その瞬間。
先輩の斬撃の速度が明らかに落ちる。
「次は風をエンチャントするぞ! 魔力を斬れ!」
先輩の細剣に緑色の粒子がまとわりつこうとしている。
それを感じ取り。
私は剣を振った。
―― 金属が甲高い音を立てて響く ――
螺旋状の魔力が糸を解きほぐすように裁断されていく。
「今だ! お前の刀身に最大限の強化の魔術を込めて、全力で俺の細剣を壊すつもりで来い!」
金属が触れ合う。
刀と細剣が激突した。
すると。
バキッと、先輩の細剣の柄が割れた。
私は勢いを緩めず、全てを賭けた一撃を繰り出す。
―― バキンッ ――
先輩の細剣が音を立てて折れ曲がる。
「チャンスだぞ!」
「私の! 全てを! ぶつける!」
全身全霊。
抜刀十二連。
今の私が出せる最高精度・最高威力の技。
ほぼ同時のタイミングで発生する斬撃。
四方八方から、必殺の斬撃が先輩を取り囲む。
ダンジョンの魔物を封殺した一撃。
アドリアンの触手を斬り伏せた一撃。
それよりも速く。
それよりも威力の高い。
12の刃の渦。
勝った ―― 確信した。
「あ」
咄嗟に声が出たのは私だ。
コンマの世界。
私は鋭敏になった思考の世界で見たのだ。
彼は……先輩は目を閉じ笑顔を浮かべていた。
「なんで」
約束なんてあってないようなものだ。
だって、最初から先輩は負ける気だった。
初めから殺気なんて籠っていなかった。
「満足そうな顔しやがって!」
私は彼を一刀の下に斬り伏せた。




