見送る者の役割
/3人称視点/
夜のマホロの訓練場。
闘技場のように広がるその場所は、二人の静かな呼吸音だけが響く空間だった。天内と小町は、親睦会の賑わいから離れ、向かい合っていた。
天内は息を整え、ゆっくりと細剣を抜く。
軽やかな音があたりに響く。
「さぁ、やろうか。これが、終わりの始まりだ」
その言葉に、小町は思わず顔をしかめた。
「マジで、何言ってんだコイツ」
「おい! また『コイツ』って言ったな! 俺は先輩だぞ。敬えよ!」
「あ、すみません。私の語尾なんですよ、これ。個性です、個性。コイツ」
「馬鹿にしてるな、お前」
「してませんよ。ただ、馬鹿だとは思ってますが」
「どう違うんだよ、それ」
「現在進行形か、現在完了形か、の違いですね、コイツ」
天内は一瞬ポカンとし、小町を見つめる。
いつの間にか、彼女の口がよく回るようになったのを感じ、なんだか複雑な気持ちになった。
「……お前、口が達者になったな。それに、なんか怒ってる?」
「怒ってませんよ」
小町は剣の鞘を撫でながら、面倒くさそうに答える。
「本当か?」
「先輩。もういいじゃないですか、二人称とか。あんまり細かいこと考えると、余計にハゲちゃいますよ」
「だから、俺はハゲてない!」
天内の声が響くが、小町は軽く笑う。
彼女は本題を唐突に切り出した。
「それで、なんなんですか? なんで突然、稽古なんて言い出したんです?」
「お前に……俺の倒し方を教えておこうと思ってな」
その言葉に、小町は思わず絶句した。
しばし沈黙が流れる。
彼女は手を挙げて。
「……あの~、先輩?」
小町は信じられないという表情で首をかしげながら。
「多分、私じゃ先輩には勝てませんよ?」
彼女の脳裏には、雪山で見た天内の圧倒的な戦いぶりがよぎる。武具の雨が降り注ぎ、目の前で展開された非現実的な光景。
自分が彼に勝てるなど、到底考えられない。
しかし、天内は小町の眼を真っすぐに見つめ。
きっぱりとした声で言い放つ。
「いや、勝てる。お前は俺を倒せる。お前は俺をずっと見てきたからだ」
その言葉に、ますます小町は困惑する。
「いやいやいや、無理でしょ。どう考えても無理」
彼女の言葉には、多少の笑いも混じる。
「いや、お前はできる。小町が剣術を極めれば、どんな奴にも迫れる。潜在能力だけで言えば、最強クラスなんだ。俺なんかよりも、ずっとな。期待してるんだぜ。これでも」
彼は小町の目をじっと見つめ、自信を持って言い切ったのだ。
天内の言葉は冗談でもお世辞でもない。
彼は真実しか口に出していない。
小町はその真剣さに圧倒され、返す言葉を失ったが。
「はぁ……? 無理無理」
小町は頭を振り、半ば呆れたのだ。
しかし天内の眼差しは揺るがない。
「いいや。できる。だから最後に見せてくれ」
その真摯な言葉に、場の空気が一気に引き締まる。
「最後って、さっきから何を言ってるんです?」
天内はそれには答えず、続ける。
「いいか? お前の眼は特別だ。他の誰も持っていない」
「前も言ってましたね」
彼は頷くと。
「言わなくても……使い方はわかってるんだろ?」
「……」
小町は押し黙った。
既に彼女は魔眼のオンオフが出来るのだ。
「構えろ」
「はぁ~~~」
小町は大きく息を吐いた。
「この訓練場、微塵切りにしても死ぬ事はない。だから存分に来い」
彼女はそんな言葉に対して背を向ける。
「やりませんよ。私は先輩と……ただ」
(おしゃべりして、傍に居たいだけなんだから)
小町が何かを言おうとするのを被せるように。
「お前が俺に膝を付かせたら、最後に一つだけお前の頼みを聞いてやる。これでどうだ?」
「え?」
彼女はその言葉を聞くと咄嗟に振り返った。
「出来る事に限るがな。金はないけど……」
「本気ですか?」
「ああ。乗るか? この勝負」
彼女は少しだけ逡巡すると、彼に向き直った。
再度深く息を吸って、大きく息を吐いた。
意を決した顔になる。
「いいでしょう。膝を付かせるだけでいいんですね?」
天内は何も言わず頷いた。
「約束ですよ? 何でも言う事聞くって」
「なんでもとは言ってないけど……」
彼は空笑いした。
小町は真剣な顔に変わっていた。
天内はその顔を見て満足そうになり。
諭すように続ける。
「いいか。その眼の本来の使い方は、本来視えず、干渉出来ない異能の概念を実体として捉える事にある」
「え?」
彼初めて聞いた忠告に唖然とする。
「俺の攻略法は簡単だ。俺のスキルもアーツも魔術も全部斬り伏せろ……俺が発動する前にな、発動した後でも即座に切り捨てろ。そうすれば、後は純粋な剣の勝負になる。お前の持つ金の魔術による強化。これを刀身に施せば、必ず有利を取れる」
「な、何を言ってるんですか?」
「お前は俺に勝てるって事。俺が教えた高速思考、抜刀術、そしてその眼。三つの連携。その真価を見せてくれ」




