『過去に囚われる者』と『現在を選択する者』と『未来に挑戦する者』
3シーンの切り替えがあります
/皇帝アドニエル(ピクセル)視点/
未来を視た……
――――――
炎に包まれる市内。
本来、ダンジョンから出ることのないはずの魔物たちが街を覆い尽くし、人々を虐殺する。その中心には、暴風のような破壊者が立ち上がり、魔物の群れを指揮している。
巨躯を誇る魔人が暴れ回り、聖女と勇者を追い詰めている。
多くの血が流れる。
女や子供は無惨に食い尽くされ、
男や老人はあざけりながら引き裂かれていく。
異形が溢れ、呪いの重みに耐え切れず、未来が確定する。
間もなく「終末」が顕現しようとしていた——
―― 極光が天に輝いた ――
終末が訪れるのを阻止するように綺羅星が天空に輝いたのだ。
――――――
玉座にて、目を開ける。
「やはり来るか、ネイガー」
冷たく、無表情に呟く。
玉座の背もたれに深く身を預ける。周りには、華麗に装飾された壁が広がっていた。
「全ては予定調和だ」
運命がせめぎ合う。
宿命が交錯する。
私の『未来を視る眼』が多くの未来を映す。
複雑に未来が今も書き換わっている。
人類の滅亡。人類の勝利。
暴れ回る魔人。終末の騎士の顕現。
世界各地でのダンジョンの氾濫。
極光の墜落と完全敗北。
そして……
私の悲願の実現。
「死のない世界を実現し。必ず……失ったモノを取り戻す」
何度も何度もお気に入りの本を読むように。
在りし日の青春の謳歌の風景を思い浮かべた。
「永遠に、かつての仲間と」
光輝く悠久の時を生き続ける――――
終わりなき時間の中で。
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/3人称視点/
マリアは空を仰いでいた。
何をするでもなく、無気力に青空を見つめていた。
かつて鮮やかに輝いていた空が、今ではもう輝きを失って見える。
それは、天内との決別を終えたあの日からのことだった。
彼女の心にはぽっかりと穴が開いたような気がしていた。
宿舎のテラスで、長く息を吐く。
「もう忘れましょう……あの人は最初から居なかったと思えば、気持ちも些か楽ですわ」
小さな声で、誰に言うでもなく呟く。
「はぁ~」
再び大きく息を吐いた。
そんな時、不意に背後から声がする。
「悩んでいるようですね?」
ふと、風音がマリアに声をかけたのだ。
驚いたマリアは顔を上げると。
「え? あ……」
思いがけない相手に動揺しながらも、マリアは返事をする。
マリアの前には風音が立っていたのだ。
「座っても?」
「ええ。ど、どうぞ」
「ありがとう」
彼は柔和な笑みを浮かべゆっくりと椅子を引き、マリアの隣に腰を下ろした。
マホロの宿舎は静かで、風の音だけが心地よく響く。
「なにかあったんですか? ずっと元気がないように見えますけど」
マリアは小さく苦笑しながら。
「……そんなふうに見えるんでしょうか?」
「はい、そう見えますよ」
「……そうですか」
―― 沈黙 ――
沈黙が流れ、マリアはふとポツリと口を開いた。
「もしも、定まった未来を知ってしまったら……あなたなら、どうしますか?」
風音は一瞬考え込む。
言葉の真意を掴みかねるが。
「決まった未来なんて、どこにもないと思いますよ」
マリアが唇を少しだけ噛み。
「あるとしたら……の仮定の話です」
風音は少し考え込むように視線を遠くに向けた。
「う~ん。その未来に何か思う所があるんですね?」
「そうですね」
「不安なんですね?」
マリアはそれには答えなかった。
彼女はただテーブルの上に置いた手をじっと見つめた。
風音は優しく微笑んでから。
「僕には難しい話だけど、やっぱり大切なのは『現在』だと思います」
「今……ですか?」
「そう。まず過去のことは変えられないですね」
「当たり前でしょう」
風音は頷くと。
「でも今と未来は変えられる」
マリアは目を閉じる。
期待を込めて言葉を待った。
「……」
風音は続ける。
「未来はまだ見えないけど、僕たちができるのは、この瞬間にどう生きるか、それだけなんです。未来を変えるには、今の『選択』がすべてだから」
マリアはその言葉に耳を傾ける。
風音は。
「怖いですよね、まだ見ぬ未来へ進むのは。けど、現在を大事に生きていれば、きっと未来は少しだけ変わるんです」
「変わらないとしたら?」
「変わりますよ」
風音は断言した。
マリアは言って欲しい言葉を聞くように、押し黙る。
「今の地続きの先に未来があるんです。僕たちは神様じゃないから、未来に何が起こるのかわからないけど……少なくとも今、ここにいる自分には何ができるか、何がしたいのか。それを考えて行動する事しかできない。決して後悔しないように」
「後悔しないように……ですか」
マリアは拳を握りしめた。
「まぁ、僕の持論ですけど」
風が再び二人の間を吹き抜け、テラスにかかるカーテンが揺れる。
マリアはゆっくりと息を吸い込み、目を閉じた。
風音の言葉が少しだけ、彼女の心を軽くした気がした。
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/システリッサ視点/
式が終わり、買い出しに出ていた帰り。
路地裏を通りながら野良猫を追いかけていた。
曲がり角でふと立ち止まりそうになったとき。
「きゃ!?」
目の前に女性が現れ、ぶつかりそうになったのだ。
「も、申し訳ありません……って、システリッサだったか」
視線の先には、深々とお辞儀するフィリスの姿があった。
「き、奇遇だね。ど、どうしたの、そんな顔をして」
フィリスは汗だくで、眉間に青筋が浮かんでいる。
「ちょ、ちょっとな。探しものだ」
彼女はキョロキョロ辺りを見回すと一言。
「一体どこに行った!? 忌々しい奴だ」
「良かったら。手伝おうか?」
「いや、いい。私用だからな。さっきはすまんな!」
フィリスは怖い顔をして颯爽とその場を去っていった。
「なにかしら?」
首をかしげながら歩き続ける。
しばらく秋の心地よい風を感じていると。
「あ」
胡散臭い丸いサングラスを掛け、辺りを見回しながら、不審な動きをする青年が遠目に見えたのだ。
「……天内さん。何をしているのかしら?」
いつも通り忙しない人である。
1人で楽しそうで、私は頬が緩んだ。
私は彼の背中に駆け寄ると。
「奇遇ですね!」
と、声を掛けた。
「ゲッ!?」
彼は振り向くと嫌そうな顔をした。
苦笑いした。
「なんで嫌そうな顔をするんですか?」
「顔に出てた?」
「それはもう。『うっわ。会いたくねぇ奴に会っちゃったよ』みたいな酷い顔してました」
「ハハハ」
彼も図星を突かれたのか苦笑いする。
ふと手元を見ると、彼の手には画材が抱えられていた。
「どちらへ?」
「教えない」
「あら。酷い」
「少々忙しくてな。追手が多い。このままでは絵を完成させられない」
「絵ですか? 嗜まれるとは、意外です」
「なめてんのか?」
「少しだけ似合わないな、と」
「馬鹿にしてるじゃねーか」
その時。
屋根の上からエルフの美女が叫ぶ。
「師範代が居ましたぞぉー!! であえ ! であえ!」
屋根の上からエルフの美女がこちらを指差した。
「ヘッジメイズ生?」
私は純粋な疑問を口に出す。
「チッ! 勘付かれたか」
彼は舌打ちし、続けた。
「じゃあな。俺はもう行く!」
彼が踵を返す。
そんな彼に私は急いで言うべき事言いたくて。
「天内さん!」
と、彼の背中に声を掛ける。
彼はほんの少しだけ振り向くと。
「あん?」
「私も天内さんと同じ考えを持つ事にしました」
「……」
彼は立ち止まると、黙っていた。
私は続ける。
「過去に縛られるのではなく、過去を乗り越えて。未来に期待して……生きてみたいと思います。もう……過去に生きるのを止めました」
「あっそ」
彼はその言葉を聞くと。
素っ気なくそんな言葉を残し。
走り去って行った。
「ええ。ありがとう」
礼を告げた。




