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休息日④ 日常



/3人称視点/


 ―― 夕焼けが一望できる広場であった。


 喧騒を壊さぬように。


 ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』が静かに奏でられていた。


 広場の中心には、古風な石造りの噴水があり、その水は夕陽に反射して黄金色に輝いていた。周囲には、様々な色とりどりの花々が咲き乱れ、柔らかい香りが風に乗って漂っている。


 広場の一角には、白いテーブルと椅子が並べられたカフェがあり、ゆったりとした音楽が流れる中、親子連れや恋人たち、友人同士がのんびりと過ごしていた。メロディーが噴水の水音と調和し、広場全体に穏やかで優雅な雰囲気を漂わせている。


「こんなとこに居た!」

 息を切らす千秋が、天内を見つけると駆け寄ってきた。


「おう」

 天内はキャンバスに油絵具を塗りたくっていた。


 千秋は少し困ったような顔で。

「なにやってるのさ」


「見ればわかるだろ? 絵を描いてんだよ」


「そんな趣味ないだろ」


「興味本位さ。やってみようかなって」


「どうせ売りに行く気だろ?」


「まぁね。巨匠俺が書いたんだ。こりゃあ、億は行くね」


「いくわけないだろ。こんな落書きに」


「お前はわかってねぇな~。これがシュールレアリスムってやつなんだよ」

 天内は自信満々に、夕陽のキャンバスを見せつけた。


「意味わかってないだろ」


「意味ぐらい知ってんだよ」


「じゃあ。言ってみろよ」


「あれだろ。落書きっぽいけど上手い! みたいなやつだろ」


「違うよ!」


「違ったっけ」


「いつも適当に喋るんだから」


「だー。突然来たと思ったら、いちゃもんつけやがって。今、いいとこなんだ。もう少しで陽が暮れちまう」

 

 天内は再びキャンバスに向き直った。


 千秋は彼の横に静かに寄り添いながら、彼の表情を見守っていた。

「なんかあったの?」


「なんか?」


「小町ちゃんもマリアも少し変だ。どうせ君のせいだろ」


「さぁな」


「やっぱり……」


「やっぱりってなんだよ」


「あの2人の態度と今の君の態度。『さぁな』は思い当たる節がある時の態度だ」


「そのプロファイリング当てになんねー」


「はぐらかすなよ。怒らないから言ってみろって」


 天内は少し考え込むと、ついに口を開いた。

「小町は知らん。マリアさんはアレだろうなってのがある」


「ふ~ん。どうせ君が悪いんだろ」


「かもな」


 千秋は天内の気まずそうな様子を見て、やや心配そうに尋ねた。

「言いたくないかんじ?」


「まぁね」


「ふ~ん。凄い怒ってたけどさ……もしかしてフッちゃたとか?」

 千秋はおどけた風に質問したが、その背後にはほんのり心配の色が見えた。


「契約で犬にはなってたけど、最初からそんな気はねぇよ。マリアさんには悪いけどさ」


 天内は黙々と絵を描き続ける。


「そっか~。マリアってお金持ちだし美人だし、てっきり、君は本気になるかもなって思ってたけど」


「ないない」


「なんでさ。マリアがダメって相当ハードル高いかんじ? こんな甲斐性ナシなのに」


「なんだよハードルって……あと甲斐性ナシではない」


 千秋は真顔になり。

「いや。甲斐性はないだろ。そこは否定するなよ」


「う、うるせぇな」


「見栄を張るからじゃん」


「見栄じゃないし……」


「じゃあさ、傑くんの好みってなんだよ。どんな女子が好きなんだよ?」


「好きだねぇ。お前らスイーツは。そういう話題しかねぇのかよ。脳内メーカーどうなってんだよ」


「いいじゃんか。恋バナぐらい。ボクらの年代じゃ普通だろ」


「普通……か」

 天内の指が一瞬だけ止まったが。

 すぐに夕陽に目をやり、黙々と絵を描き続けた。


「で? どうなんだよ」


「率直に言うと。そういう欲ないから俺。もう興味ないんだよね」


「マジか」


「大マジ」


「太ももがどうのこうの言ってたじゃん。それに、ボクに吐息を掛けられて喜んでたあの時の傑くんはどこに行ったんだ!?  あの最高に気持ちの悪い、ゴミのような男はどこに行ったんだよ!?」


「アイツは既に死んだ。今の俺はオールウェイズ賢者タイム。俺は今や大賢者だ」


「大賢者? 君がぁ? それに賢者タイム? どういう意味だよ。意味不明な事ばかり言って」


「これだからネットをサーフィンせぬ者はいかんな。言葉が通じぬわ」


「すみませんでしたね。大賢者様」


「ネットで『賢者タイム』スペース『意味』って調べるが良い。それで全てわかるじゃろう」


「ふ~ん。え~っと。なになに……」

 千秋はスマホで意味を調べ始めると、顔をみるみる赤くする。


「つまり……そういう事じゃ」


「セクハラで訴えるぞ!」


「うるせぇな。耳元で叫ぶなよ」


「変な事言うからだろ!」


「元はと言えば、お前が訊いたんじゃん」


「そんな解答だと思う訳ないだろ」


「横でやいのやいの。俺は今! この一瞬をこのキャンバスに描いてんだよ! 芸術を理解してくれ。これだから庶民は(みやび)がわかんないんだねぇ」


「いや、君も庶民だろ」


「頼む庶民! 俺を少し集中させてくれよ。芸術は爆発なんだ!」


 口を尖らせた千秋は不満そうに。

「わかった風に言いやがって……」



 天内は再び手を動かし始めた。



 ――― 徐々に地平線に陽が沈み始める。



 千秋も黙って横で作業を見守っていた。彼の真剣な姿に、ほんのり微笑みながら静かに寄り添う彼女の姿が見られる。



 ――― (しばら)く沈黙が続くと。



 陽が沈み切ると一気に暗くなり、市内に大きな影が落ちる。電灯がポツポツと点灯し出す。


 それを合図と思ったのか。

「今日はここまでか。ふむ。いい絵が描けそうだ。明日も来よう」


 天内は満足そうに、下書きを見ると、さっさとイーゼルとキャンバスを片付け始める。


「明日もやるのかい?」


「ああ。完成させるんだ」


「明後日帰るんだよね?」


「帰らん。俺はこの絵を完成させてから帰る」


「ホントに?」


「ホント。だから誰にもここを言うなよ。俺の癒しスポットなんだ」


「言わないよ。それよりも学校どうするのさ。最近、全然来てないみたいじゃん」


「絵を描いたら帰るからいいの」


「……」

 千秋はジト目になったが、その眼差しには心配と一抹の寂しさが混じっていた。


「なんだよ。そんな眼をして睨むなよ」


「まぁいいや。それで、これからどっかご飯でも行くの?」


「今日はもう帰る」


「ご飯行こうよ! 君のせいでお腹ペコちゃんなんだ」


「腹減ってんの?」


「ああ。昼を全然食べられなかったからね。君のせいで」


「……もしかしてお前がここに来たのって、俺を連れてこうとしたから、とか?」


「そうだぞ。感謝しろよ」


「もう夕方だぞ」


「走り回ってたんだ。お腹空いたぁ~」


 天内は少し驚いたのか。

「……一つ訊いていいか?」


「なにさ」


「『行かない』ってメッセージを送ったはずだが」


「マリアがさ。『傑くんは寂しい奴だし来ない』って宣言するもんだから躍起になっちゃったよ。連れて行けば……渋々君が来ればさ、マリアが前言撤回するかなって思ったんだよね」


「そっか」


「どうせ、つまらない喧嘩でもしたんだろ?」


 天内はそれには答えなかった。

 続けて質問する。

「ちなみになんて言ってたんだ?」


「寂しくて、孤独が好きな変わり者だってさ」


 彼は少しだけ笑うと。

「合ってるな」


 千秋は同調するように。

「キミのその偏屈なとこが良くないんじゃないのか?」

 

 天内はそれにも答えず。

「ちなみにさ」


「なにさ」


「そんな偏屈に、どうして千秋は懲りずに気を掛けてくれるんだ?」


「はぁ~? 呆れた……」

 『やれやれ』と肩をすくめる。


「なんだよ」


「わからないのかい? マジで鈍感ボーイじゃん」


「悪いかよ」


「そんなの仲間だからだよ」


 千秋はキッパリと宣言した。


 天内は押し黙ると。


「……そっかぁ~。すっげぇな。お前。凄すぎたわ」

 天内は天を仰ぎ大きく息を吐いた。


「そうそう。ボクは心が太平洋のように広いのさ」

 彼女は両手を目一杯広げた。


「……そうかもなぁ」


「そうそう」

 千秋は自信満々に頷いた。


「それじゃあ、飯行くか……」

 天内は千秋の肩を軽く叩いた。


「え? あ。うん」


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