私は仕事のデキる女。森林モリドール。
/モリドール視点/
あの青年は言った。
『わかっていると』と。
私の聞き間違いではないだろう。
不覚にもその言葉を聞いて、私はいつの間にか泣いていたのだ。
あの青年は言ったのだ。
私と"結婚"してくれるかとの問いに、『わかっている』と。
「勝った」
ガッツポーズを天に掲げた。
私の人生はここからスタートだ。
遂に始まった。
私の【物語】が!
実年齢を隠していたのはフェアではないけど見た目だけなら私も20代前半のピチピチ女子だ。
彼もわかってくれるだろう。
だよね?
大丈夫。
私の身体はまだ誰のモノでもない。
うん。わかってくれるはずだ。
男性は初めての人が好きとも聞くし大丈夫だ……と思う。
もう一回確認したいんだけど、大丈夫だよね?
大丈夫。大丈夫。モーマンタイ。
うん。私の頭の中の長女と次女と三女も大丈夫って言ってる。
「オーキードーキー」
私は、あれほどの才能の持ち主は見たことがない。
世界は彼を放ってはおかないだろう。
彼の人生は超エリートとして約束されていると言っても過言ではない。
それに……
今までに例がないわけではない。
スカウトと学生との恋愛結婚。
うん。素敵じゃないだろうか。
「玉の輿か…………」
いや、もう極論、玉の輿じゃなくてもいい。
"結婚できるなら"。
あんまり彼の事は知らないけどもこれから知って、お互いの事をわかり合っていけばいいじゃないか。
そんな愛の形があってもいいだろう。
「私も遂に独り身卒業か。クソ陰険女の吠え面を拝みたいわ」
私は1人クククと笑う。
仕事に人生を捧げた女。
あのヴァニラ生徒会長の顧問をやっている元先輩は悔しがるだろうか?
私の事をいつも見下していたようだけど、この一点においては出し抜けた自信がある。
ふと、私は考え込んだ。
彼はまだ学生だ。
ここで私から手を出しては条例違反。
というよりも法律違反?
「数年待たないといけないよね」
彼が成人するまでは待たなくてはいけないだろう。
お互いが同意の上でエッ!
な事をするなら…………いやいや。
それ以上は言うまいて。
「そろそろ来る頃かしらね」
時計の針を確認する。
そろそろやって来る頃合いだ。
私はソワソワと学園の最終審査の結果を待っているのだ。
すると、大講堂の試験場から凛とした顔がこちらに向かってくる顔があった。
「絵になりすぎるでしょ」
てか! イケメンすぎる。
もはやオーラが違う。
いつの間にか桜の花も満開になってるし、彼を祝福してるのかもしれない。
私は居ても立っても居られず駆け寄った。
「天内くん!」
呑気な顔がこちらに気づいた。
「あ、ども。森林さん。どうしたんすか?」
なんとも他人事のような反応。
まるでちょっとコンビニまで行って来た帰りに偶然出会ったみたいな反応。
「あ、ども。じゃないって! で! どうだった!?」
私はグイッと詰め寄り試験の結果を訊く。
「どうとは?」
相も変わらずポカンとしている顔。
「だから!? 通ったの? 転入試験」
まさか落ちた? いやいやそんなはずはない。彼の実力は紛れもないものだと……思う。
正直、彼が10代の学生と知って上の空で何となくでしか見てなかったが、記憶が正しければ彼の実力は折り紙つき。
「ああ。それですか。それは、まぁ予定通りなんで」
予定通り?
意味不明な返答に困惑した。
予定通りなんなの!?
私は努めて冷静に訊き返す。
「と、いうことは?」
「予定通り受かりましたよ。なんだか拍子抜けなんですが、半分寝てました」
やっぱりだ。
"手配"しといて良かった。
「おお! やったね!」
私は天内くんの肩を思い切り叩いた。
つ、遂に久々のノルマクリア!
私も専属の生徒が遂に出来た。二年ぶりだ。
二年前スカウトした子は私の専属になりたくないと言って去ってしまった。
今なにやってるんだろう?
いやいや。それは今はいい。
私は今回、彼を本格的に面倒見ようと思う。
彼ならば色々とやってくれると期待している。
超新星のルーキーの登場だ。
そして超絶美形イケメン。
「大袈裟ですよ。まだ本編始まってないですし」
「本編?」
「あ……えっと、学生生活本番みたいな?」
なんだか話が嚙み合ってないような、噛み合ってるような不思議な返答だ。
私は頭を振るった。
「そ、そうね」
まぁここで話の腰を折っても仕方がないのでスルーする事にする。
「あ、そうだ。モリドールさん。僕の宿舎って学園寮の何棟になるんですか?」
私はうんうん、と頷いた。
そこは抜かりない。
私は仕事のできる女。
既に準備はできている。
彼が実力者なのは間違いない。
受かるのは想定内。
なので手配済みだ。
私の事をいつもせせら笑う後輩の同僚は、『皮算用してるんですか?』と何とも生意気な事を言っていた。
皮算用? うるせぇ! 今に見てろよ。
これは想定の範囲内。
計略だ!
「私の今住んでいるところ、この学園の元用務員室なの」
私は学園に一切貢献できてない下っ端である。
"今は"、であるが……
この学園で働く者は社宅が与えられるが、私はスカウト部のお荷物として年々社宅のグレードが下がり遂に元用務員になった。
本来与えられる社宅よりも広いし庭付きだし、学園内の森の端っこにあるけど快適だなと思っている。
そもそも私エルフだし、自然の中は私の癒しだ。
私以外にも色々な下部組織で働いていたりする者の中で長年結果を出せていない者は、辺鄙な社宅が与えられている。
しかも、学園教師陣の中で風変わりな人は敢えて辺鄙な社宅や工房で住んでいる人もいたりする。
まぁそれはさておき。
「は、はい。それはどういう意味です?」
天内くんは、疑問符の顔を浮かべている。
またまた惚けちゃって。
わかってるくせに。
「スカウトは優秀な人材を勧誘するというのが仕事よね?」
「え、ええ。そうですよね? 違うんですか?」
チチチと人差し指で『それだけではない』とジェスチャーする。
「スカウトはね、勧誘した人材が成長していくのを見守るのも仕事だし、パーティを組めば顧問にもなったりするよね?」
眉間にしわを寄せてさらに疑問符を浮かべた表情をする彼。
「ええ。それは知ってます。それと寮の話がどうつながるんです?」
はぁ……全く。
マホロの転入試験を受かったとは思えない勘の悪さだ。
しかしそれが若さなのかもしれない。
しっかりお姉さんとしてリードしてかなきゃね。
「強い絆で結ばれたスカウトと学生は二人三脚で衣食住を共に過ごしたりするの。これも仕事。そして人生勉強ね」
私はうんうんと一人で頷く。
「は?」
ポカンと口を開ける天内くん。
「天内くんの住居は私の住んでいる元用務員室よ。ちなみに私の権限では寮の空きは取れない(大嘘)ので、これも運命ね。それじゃあこれからよろしくね」
私は彼の肩を叩いた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? ちょ? はぁ?」
あまりのうれしさにびっくり顔だ。
性欲盛りの男子学生。
こんな美人な大人のお姉さんと一緒に暮らせると知った日には狂喜乱舞だろう。
「天内くん。そんなに喜ばなくてもいいのに」
フッと微笑み。
私は"やれやれ"という顔をした。




