休息日① 下準備
/3人称視点/
最上位影の翡翠と雲雀は、静まり返った薄暗い神殿の入り口に立っていた。二人が足を踏み入れると、重い空気が身体にまとわりつくようだった。
翡翠が眉をひそめる。
「ここで間違いないですか?」
雲雀は頷くと。
「どう? 私の見立てではここが実験場だと思うのだけど……」
雲雀は翡翠に判断を仰いだ。
彼女は自信半分と言った所であったのだ。
翡翠は辺りを見回し観察する。
神殿内部は一見整然としているが、どこか違和感があった。
彼女は鼻をすするようにして、漂う匂いを感じ取る。
ロウソクの長さが不自然に揃っている。
まるで急いで痕跡が残らぬようにを片付けたかのようだ。
空気は生ぬるく。
焼けた皮膚や汗の臭いが漂い。
強烈な香でそれらを隠そうとしているのがわかる。
「急いで片付けた箇所がそこかしこに残っていますね。余りにも素人です。ここで、何か実験が行われていたのは間違いないでしょう」
翡翠が周囲を見回しながら確信を持って観察結果を伝えた。
「私の見立ては間違いじゃないようね」
雲雀は胸を撫で下ろす。
「では、解体処理を行いましょう」
翡翠は簡潔に告げ、その場を去ろうとすると。
「翡翠。その前に、一ついいかしら?」
「なんでしょう?」
「この施設、ガリア帝国騎士団の直轄なのよ」
「それがどうしたんです?」
雲雀は続ける。
「魔人薬って自我を失わせて力を与えるでしょう? でもね。少し気になる事があるの」
「と、言うと?」
「自我を保ったまま魔人化している者がいる可能性があるの」
翡翠は驚いた表情を浮かべ。
「自我を保ったまま?」
彼女はそれが脅威であると考えた。
「可能性の話よ。確証はまだないわ」
「なぜそう思ったのですか?」
「最初に、この施設を監視して気付いたのは、物資の運搬が多いの。それもあって判断が難しかったというのものあるのだけれど。教会の上層部が出入りのある時に限って、特定の人物が警護に来るの」
「何か問題でも?」
「この施設を仕切っている人物……ハインケル騎士団長が1人で警護に来るの」
「確か、かなり若い団長でしたね。一兵卒でありながら、ここ最近、突然のし上がった者でしたね」
雲雀は頷くと。
「彼は今までのキャリア組や高級官僚を抜いて突然騎士団の団長になった。その圧倒的な実力によって」
「その者が魔人薬の適応者になった、とでも言いたいようですが」
「翡翠はどう分析するか聞きたいの」
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朝方、雪山からの帰還を終えて、今、俺は武具の確認作業を行っていた。
――― 剣を振り抜く。
ヒュッ―――
風を切る音が響くたびに、手に馴染む感触を確認する。
鋼の重みが程よく、反発もない。
「どうですかな。欠けや曲がりはすべて修復いたしましたぞ」
武具のメンテナンスを依頼していた錬金術師のハイタカが、誇らしげに言う。
放置していた武具の劣化が心配だったが、これなら問題はない。
「問題なさそうだ。……ところで、ハイタカ」
「はい?」
「頼んでたエンチャント、追加で依頼したいんだけど。もう少し数を増やしたい」
「どれほどの数で?」
「できるだけたくさん頼みたいんだけど、とりあえず追加で100本」
ハイタカは目を見開いた。
驚くのも無理はない。
「ほ、ほう。少々お時間を頂きますが……」
「どのくらいかかる?」
「そうですなぁ~。1日10本が限度ですな。休まずに作業を続けて11本が精一杯でしょう。10日あれば間違いなく仕上がりますが、9日で完成させるとなると少々急ぎますね」
「9日か……けっこう時間がかかるな」
「ええ。ほとんど鍛冶作業をやり直すようなものですので」
「なるほどな……あくまで俺の中でボルカー討伐を1週間後に予定している。それに間に合うか?」
「ふむ……難しいところですが、できる限りのことはいたしましょう」
ハイタカは渋々ながらも了承してくれた。
「悪いね」
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武具の依頼を終えた後。
俺はガリアの滞在を1週間ほど延ばすことを決めた。
1週間の間、計画は大筋で決まっているが、状況次第では柔軟に動かねばならない。少なくとも上層部は討つ。ここで終わらす予定とか息巻いていたが、ボルカーは強いので後回しでもいい。少なくとも手札を削り切るつもり。
「さてと」
俺はマホロ宿舎から少し離れた屋根の上から、マホロ生たちの親睦会を眺めていた。昼間からバーベキューが開かれ、彼らは和やかに楽しんでいる。
「あいつらいいもん食ってんな」
香ばしい肉の香りが、風に乗ってこちらまで届く。
今日は親善試合が終了した後の休息日。
明日は閉会式で、その後は自由行動。
明後日からは出国者が出始める。
多くの者は明後日には帰る予定だが、残る者もいるようだ。
帰宅する者と観光する者で二分されている。
手元でダガーナイフをクルクル回しながら。
「あいつらはどう動くつもりだ?」
風音やシステリッサに目をやった。
既にアイツらはボルカーが魔人であるのを知っているだろう。システリッサや風音たちがどのように動くかが重要だ。
アイツらは決して馬鹿ではない。敵陣の、ど真ん中で荒事を起こすのはリスクが大きいことは、理解しているはずだ。
シナリオ通り動いていないので予測が難しいが。
ネズミの方から主人公:風音に接触してくる可能性を考慮している。
監視を付けとくべきだろう。
「と、言っても。動くとしたら、やはり荒事が起きた後か? 起きないならそのまま沈黙して帰宅もありそうだ」
俺は過去に見たシナリオを思い出す。
メガシュヴァのストーリーでは、親善試合中にボスキャラと接触することはない。これはあくまで期間限定のイベントに過ぎないのだ。
「俺の期待としては……」
風音とボルカーが交戦を開始した所で乱入。
援護をしつつ一気に片を付ける。
これを狙っている。
ちなみにファントムスタイルで行ってしまうと、風音に討伐されかねないので、ここは考え中だ。新たなスタイルを準備しておくべきかもしれない。
「今度もカッコイイ感じにしたいな」
腕を組み考えていた。
妄想が膨らむ。
ファントムが影をイメージした黒。
「黒はいい。カッコいい。しかしなぁ」
黒すぎると悪のように見えるようなのだ。
変な所で敵が増えすぎる。
ファントムは、他者から見ると余りにも怪しく目に映るようで、『魔人エネ』として、指名手配されていたし。それに、聖剣によって殺された事により、世間的にはファントムは死んだ事になってしまった。
「今度は黒の真逆を行ってもいいかもしれないな」
ボルテージを上げるにはコスチュームは必需品だ。
そんな事を思案していると。
―― ブゥーン ――
スマホのバイブレーションが振動した。
『傑くん。今みんなでご飯食べてるんだけど来ない? フィリスさんは来るみたいだけど』
と、千秋の奴からメッセージが入っていたのだ。




