バタフライエフェクト発生中
/3人称視点/
――― マリアと天内の対話前の話 ―――
親善試合から早々に帰路に着いた面々。それぞれ異なる方法で帰還した。ちなみに、天内は勝利の鐘が鳴った瞬間、自らの敗北を悟り、ジュードに惨殺された。
その後、首都プライマの地に強制転移させられていたのだ。
「チッ、こんな時に……」
天内は苛立ちを隠せず、舌打ちをした。
マリアからの着信があったのだ。
メッセージには『とりあえず大聖堂の前に来い』との事。
適当に返信を済ませた後。
彼はヘッジメイズの宿舎のラウンジでくつろぐフィリスに声をかけた。
「おい、フィリス! 帰っていたようだな!」
後ろから呼びかけた。
「お、おう。目覚めたのか天内、どうした?」
振り向くフィリスの声はどこかぎこちない。
「どうしたぁ? それはこっちが聞きたい質問だ」
「どうしたんだ? そんな顔して」
(なんだコイツ、間抜けな顔だと思っていたが……意外に凛々しいじゃないか。やはりカッコいいのかもしれないな)
「俺の資産はどこかな?」
穏やかな笑みを浮かべつつ、鋭く尋ねた。
「資産? なんの話だ?」
フィリスはきょとんとした表情で問い返す。
「俺の武器はどこにやったの?」
天内は柔らかい笑みを浮かべたまま、再度尋ねた。
「ああ、あれな。全部は重すぎて持ってこれなかったよ」
フィリスは軽い口調で返す。
「ほら、あそこに5本だけ持ってきたぞ」
彼女はラウンジの端を指差した。
「は?」
天内の視界に星が散った。
「そんなことより、明日の夜。早速だが、約束のディナーにでも行かないか……その後は夜景でも見てだな。その、よ、よ、よ、よければ。お前か私の部屋で一晩、か、か、か……語らう。と、いうのは、どうだろうか?」
フィリスは髪を弄りながら伏し目がちに提案してくる。
「そんなこと……だと!?」
天内は、前半部分しか聞こえていなかった。
くらくらした頭を抑えながらその場で膝をついた。
酷い眩暈がしていたのだ。
「お、おい、大丈夫か? やっぱり体調が悪いのか?」
(いや、まさかコイツ。照れているのか?)
顔を手で覆いながら。
「さ、触るな……今の俺に、絶対に触るんじゃあない」
「あ、あの……え? 」
(もしやコイツは今、思春期と戦っているのか? 前かがみになっているし……きっと先程の私の発言を聞いて、よからぬ妄想でもしているのか!?)
天内は思案していた。
(俺の1億5千万を山に置いてきただと?
吐き気がしてきた。
いや、もうすぐ吐くかもしれない。
1億5千万だぞ、大金だ。
大事な武器たち……新品で1本100万。
リーセル価格でも70万はする。
業者に下取りを出しても50万は値が付くだろう。
それだけでも7,000万以上の価値がある。
ランボルギーニが2台は買える額だ。
しかもあの武器は殆どローンで購入したもの。
文字通り『資産』の扱いになっている代物。
俺の武器は高級腕時計と同じだ。
しかし、俺は見かけ上、自己破産している。
それに株でやらかし部分の巨額のマイナスは債務整理出来なかった。だから月々に支払う必要のある支出も馬鹿にならない。
副収入すらも利息で消える毎日。
そんな中、何とか組織の眼を欺く為に、俺のスキルで脱税した武具達なのだ)
―― ブゥーン ―――
スマホのバイブレーションが鳴り響く。
ディスプレイにはマリアからのメッセージが次々と表示されていた。
――――――――――――
『着きました。寒いです』
『逃げないでください!』
『もしかして逃げるつもりですか?』
『約束を守らないおつもりですか!?』
――――――――――――
まるで天内の予定などお構いなしに、話が進んでいるのだ。
彼は過呼吸になりながら。
必死に頭を押さえた。
「仕方ない。先にこっちを片付けるか……」
(とりあえずマリアのところへ行って、適当にあしらって、スマートに話を済ませよう。その後、さっさと、武器を回収に行かねばならない)
天内はよろけながら立ち上がった。
「おい、顔色が悪いぞ。だ、大丈夫なのか?」
フィリスが心配そうに天内の肩に触れようとする。
すると、天内はその手を掴むと、彼女を壁へ押し付けた。
「お前なんかに! どうしてこんなに心を乱されなきゃいけないんだ!?」
強い口調であった。
「え?」
(も、もしかして……私の魅力に心を乱されているってこと? え? やはり、お前も同じ気持ちなのか?)
「もういい! 俺は少し出る!」
天内は怒りを抑え、フィリスを振り切りると、その場を後にした。
「フフッ。照れおって。可愛い所もあるじゃないか。全く仕方のない奴だ」
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マリアとのやり取りをさっさと片付けた。
その後、急いで雪山に戻り、一晩中、雪を掻き分けていた。
冷静と情熱の間を行ったり来たりしていた。
自律神経失調症になるのも時間の問題だろう。
交感神経と副交感神経の挙動がバグってるのだ。
「アイツら……ふざけやがって! ぶちのめしてやる!」
フィリスと小町、二人とも俺の大事な『資産』を放置して帰ってきやがった。小町には何度もメールを送ったが、返事はゼロ。
どうせ、フィリスと同じだ。『重くて持ってこれるわけないじゃないですか』なんて言い訳をするつもりだ。
俺は怒りに震えていた。
これで怒らない奴が居たら逆に聞こう。
仮に、ローンで買ったランボルギーニを施錠もせずに山中に放って置かれて、正気を保つ事が出来るだろうかと。
答えは否だ。
多分、オーナーはブチ切れる。その気分。
俺は斧槍をスコップ代わりに、雪を掘り進めていく。何度も何度も穴を掘り、雪を掻き分け、俺は恐ろしく大変な作業を続けた。
「頼んだってのに! 絶対に許せねぇ」
あまりにも大変過ぎて悪態が口から出た。
すると、ふと目に留まるものがあった。
「ん? なんだこれ」
雪の中に埋まっていたのは、一冊の本。
手に取ると雪を振り払う。
「魔力阻害書じゃねえか!? なんでこんなスーパーレアアイテムが、こんな所に?」
一時的に麻痺させるデバフ用のマジックアイテム。
「まぁいい、これは貰っておいてっと」
再び雪を掘り始めた。
そんな事をしながら一晩中、暗闇の雪山で雪を掻き分け武器をひたすら回収していった。ついでに麓に落ちていた『宝石』を拾っておいた。
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/3人称視点/
セリーナは恐怖に顔を青ざめさせ、全身が震えていた。
彼女は宰相ボルカーの前で跪き。
額を床に近づけるほどに深く頭を垂れた。
室内は薄暗く、月光が荘厳な家具に陰影を与え、異様な圧迫感を漂わせていた。
「セリーナくん、頼んでいたものは?」
宰相ボルカーの声は静かであったが。
その一言一言が重く。
彼女の心を押しつぶすようだった。
「それが……」
セリーナは恐る恐る声を絞り出した。
「それが?」
ボルカーの声は冷淡だが、鋭く、彼女を追い詰める刃のようだ。
彼はセリーナの態度とその言葉だけで全てを理解してしまったのだ。
「ないのです……」
「ない?」
一言に込められた冷酷な静けさ。
セリーナは背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。
「山狩りを実行しましたが……どこにも、被検体の使用した宝石が……見当たりませんでした」
言葉が出るたびに、彼女の心臓が締め付けられるように感じた。
ボルカーは黙って彼女を見下ろし、静かに目を細めた。
月光が彼の冷たい目を照らす。
「……なるほど。厳命したはずだがね。聖剣使いの魔力の宝石を回収せよ、と」
その一言が部屋に響き渡ると、空気が一瞬にして重くなった。
「も、申し訳ございません!」
セリーナは息が詰まりそうだった。
ボルカーは続ける。
「それで? 私が貸した物はどうなった?」
先ほどよりも低く、重みのある声が彼女を押しつぶす。
セリーナの呼吸は浅く、彼の目が凍りつくように鋭く感じられた。
「魔術阻害書は……紛失してしま……いました……」
ボルカーは、微動だにしなかった。
彼の沈黙が、まるで時が止まったかのように部屋を包んでいた。息を飲む音さえも、途方もなく大きく感じられる。
静寂が支配した室内。
ボルカーは眉を動かした。
「紛失だと?」
重低音の効いた声音。
空気が一気に張り詰めた。
必死の形相になった彼女は。
「あの者です! あの者、アドリアンにデータ収集の為、渡していたのですが……」
セリーナの言葉は震え、喉が乾ききっていた。
「ふむ」
「な、なくなっていたのです……」
「今のは、君の落ち度の話かな?」
「ッ!?」
説明することさえ無意味だと悟っていたが、逃れられない圧迫感が彼女を押しつぶしていた。
「それで? 君は、結局なにが出来るのかね?」
ボルカーの声はますます低く、恐怖が全身を包む。
「申し訳ございません……」
彼女の声はかすれていた。
床に顔を押し付けるようにして、許しを乞う姿勢を見せたが、それでも彼の怒りが収まる気配はなかった。
「実に、不愉快だ」
その言葉が落とされると、セリーナは全身に凍りつくような寒気を感じた。彼の声には、容赦のない圧倒的な怒りが漂い、まるで世界そのものが彼の掌中にあるかのような支配感があった。
「も、も、も、申し訳ございません!」
無慈悲な眼がセリーナを見下ろすと。
「謝罪ではなく。私は『何が出来るのか?』と、問うているのだ。君は理解できているのかね?」
冷淡な口調で再び同じ問いをした。
彼女の喉は枯れていた。
「……」
ラブコメ要素まとめ
マリア :完全に終わったと思っている。
小町 :失恋したと思い込んでいる。
千秋 :以前のまま
フィリス:天内が自分の事を好きだと勘違いし始める




