恒例行事:パーティー解散の危機
/三人称視点/
小町・千秋・マリア
―― マホロ宿舎 ――
中世風のレンガ造りの宿舎は、ガリアの様式美を取り入れつつ、最新の設備も整えた佇まい。朝の空気に、こんがり焼けた小麦の香ばしい匂いが漂っている。
宿舎内は、まだ静けさを残しつつも、やがて始まる喧騒の気配が感じられる。
「おはよー」
千秋は寝ぐせをそのままに、目の前に広がる、山盛りの料理に目を丸くする。
「うわっ、すごい量だね」
「おはようございます」
千秋の言葉に応えたのは、リスのように頬を膨らませた小町だった。彼女は軽く頷き、小さく挨拶をしてから再び料理に集中する。
「ご機嫌よう」
一方、マリアは優雅にトーストをかじりながらも、普段より少し速いペースで食事を進めている。
「う、うん」
千秋は、二人の様子に何か違和感を覚えたが、特に深くは考えず、同じテーブルに着いた。
小町はフォークを手に取り、心の中で思いを巡らせる。
一方、マリアもまた、昨夜の出来事に思いを巡らせていた。
「「はぁ~」」
同時に、小町とマリアがため息をつく。
その中心にいるのは、当然ながら天内だ。
小町は彼が千秋に好意を持っていると勘違いし、失恋したと思い込んでいる。
一方のマリアは、昨夜の会話を振り返り、彼との関係が完全に終わったと思い込んでいる。
二人とも、自分の感情に揺れ、今後どう天内に接していけばいいのか戸惑っていた。
「どうしたの? なんかあったの?」
千秋が二人の様子に気づき、首をかしげる。
「なんでもありません!」
「おっふ!?」
千秋は小町の迫力にびっくりした。
小町は続ける。
「彩羽先輩、一つだけ忠告してもいいですか?」
「なに? どうしたの? 顔怖いよ」
「私は彩羽先輩を尊敬しています」
「う、うん。ありがとう」
「だから、尊敬する人が苦労するのは嫌なんです」
「う、うん。心配してくれてるんだね」
「はい。彩羽先輩は可愛いし、将来有望な方です。引く手あまたの超優良物件です」
千秋は少し照れながら、頬をかく。
「そ、そうかなぁ~」
「そんな彩羽先輩が、茨の道に進むのは見ていられません」
「えっ、どういうこと?」
「つまり、私は不良債権を掴む彩羽先輩を見るのが辛い、ということです」
「う、うん。ありがとう」
(不良債権? 株とかの話かな?)
「だから、頭のおかしい人はおススメしません。それが私の意見です」
小町の言葉に、千秋は戸惑いながらも、真意がつかめないでいた。
「えっと。何の話だっけ?」
「いずれ、わかります」
「なにそれ、気になるよ」
小町は突然フォークを机に叩きつけ、勢いよく立ち上がった。
「私が言えるのは、ここまでです!」
そう言い残し、彼女は食器を手に台所へと向かった。
「なんだろう、小町ちゃん、怒ってる?」
テーブルに残された千秋は、戸惑いながらマリアに視線を向けた。マリアはしばらく黙っていたが、ふと口を開く。
「千秋さん」
「う、うん? 何?」
「私も、穂村さんと同じ意見です」
「え? 同じ意見ってどういうこと?」
「非常識な方、特に人の心の機微に疎い方をどう思いますか?」
「えっと。突然だね」
「どうなのですか!?」
「えっと。う~ん。嫌かな」
「そうでしょう。私もそう思います」
「え、あ、うん。そうだね」
「千秋さんの意見が聞きたいのです!」
「な、なに? なんか怒ってるの?」
「怒ってなどいません!」
マリアの強い口調に、千秋は思わず縮こまる。
「う、うん。そうだね。怒ってないね……。それで、何?」
「もし、誰かが自分の命を犠牲にしてまであなたを守ろうとしたら、どう感じますか?」
千秋は一瞬考えた。
「そ、それは……嫌だね。そんなことされたら、きっと悲しいよ」
「ですよね!」
「う、うん。それで何の話なのこれ?」
「悲しいじゃないですか!」
マリアは千秋の反応が聞こえないのか続けた。
「うん。そうだね」
「そんな悲しみを理解できない方を、どう思いますか?」
「えっと……それは、人の痛みがわからないってことでいいのかな?」
「その通りです! そんな方と一緒にいるのは難しいです!」
「うん……、そうかもね」
千秋はやや混乱しながらも、マリアの言葉に頷く。
「はぁ~」
マリアは優雅にトーストを口に運びながらも、背後に重く沈んだ思いを隠すように静かに息を吐いた。
「ど、どうしたの? なんかあったの?」
「知りません!」
マリアは鋭い目つきで千秋を見つめ一瞥した後、再び食事を進め始めた。
「そ、そっかぁ……。じゃあ、ボクはこの辺で」
八つ当たりされた千秋はマリアの冷たい態度に居たたまれなくなり、早々にその場を立ち去った。




