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どうしようもないほど孤独な人

シリアス展開です。コメディ要素はありません


/3人称視点/



 ――鐘の音が鳴り響く――



 中世の石畳に囲まれたガリア首都プライマ。

 その中心にそびえる大聖堂は、夜の静けさの中でライトアップされ、威厳を放っていた。光が穏やかに広がり、遠くからもその存在感を際立たせる。


 天内は、マリアと向かい合っていた。

 

 彼の背後にそびえる大聖堂の荘厳な姿が、彼の影を夜空に浮かび上がらせている。周囲の通りは静まり返り、時折風が吹くたびに街灯の明かりが揺れた。親善試合はすでに終わり、場の空気は穏やかな緊張感に包まれている。


 マリアは鋭い目で天内を見据えた。


「勝ちました」


 彼女の手はわずかに震えているが。

 その声は冷静を装っている。


「ですね」


 少し間を置き。

 マリアがさらに詰め寄る。


「貴方が隠していることを、包み隠さず教えて頂けますか?」


 天内は軽く肩をすくめ、何気なく近くにあったベンチに腰を下ろす。

「約束は約束ですしね。いいですよ」


(香乃がどこまで話したかわからないけど)


 マリアが目を細め、息を飲む音がかすかに聞こえた。その動作は、彼女の内心の緊張を如実に表している。街灯の光が彼女の表情をかすかに照らし、まるで冷たさを増したかのようだった。


「まず最初に……この世界は、死に向かっているんですよ」


「は?」

 彼女は目を見開き、驚愕が顔に浮かんだ。


「この世界は、何もしなければ間もなく滅亡します」


「それは……本当なのですか?」


「ええ、間違いなく」


「なぜ……そんなことが貴方にわかるんですか?」


「う~ん。未来が視えるから、としか言いようがありませんね」

 彼の言葉は風に流れるように軽やかだったが。

 その内容は重く、周囲の空気が一層冷たく感じられた。


「嘘偽りは?」


「ありませんね。事実です」


 彼の確信を持った言葉に、マリアは短く息を吐き出す。

 街を照らす光が、彼女の横顔に影を作り出す。


「……そうですか」


 彼女は深呼吸し、落ち着きを取り戻すように声を絞り出す。


「では、次に。貴方はファントムと呼ばれる殺し屋で、極光と呼ばれる伝説的な英雄で間違いありませんか?」


「そうですね。でも、極光は半身という表現が近いかな」

 

 マリアの表情が強張り、目を大きく開いて彼を見つめる。


「……やはり、そうなのですか」


「その通りです」


 マリアは天内の目を鋭く見据えながら。

「では、貴方は何のために戦っているのですか?」


(エンディングを回収するためだけど、それを達成するには……)

「世界を救うためです」


 マリアは額に手をあて、しばし考え込むように視線を地面に落とす。


「……貴方は、ご自身で何を言っているのか、わかっているのですか?」


「ええ。もちろん」


 マリアは天内を一瞥し。

「何と……戦っているのですか?」


 天内はふと大聖堂の方に視線を向け。

「う~ん。説明が難しいんですがね。端的に言えば。悪党、魔人、終末、そして、この世界の誤った秩序かな」


「……それは本当ですか?」


「真実を知りたいと言ったのは、あなたでしょう?」


 マリアはしばらく考え込み。

「……わかりました。では、最後に」

 

 彼女はしばらく口を閉ざし、夜空に浮かぶ星を見つめた。


「天内さんは間もなく……し」


「し?」


「天内さんは、間もなく……亡くなるというのは、本当ですか?」


「ええ、間違いありません」


 その瞬間、マリアの目が大きく見開かれ、驚愕の色がはっきりと浮かんだ。マリアの瞳が驚愕に揺れる。彼女は一瞬、言葉を失ったように唇を震わせたが、すぐにその衝撃を抑え込み、深く息を吸い込んだ。


 彼女の手は無意識に胸元を掴み、彼女の感情が抑えきれずに外に漏れ出しているのがわかる。


「……本当、なんですか?」


「ええ。来年の春には俺は居ませんよ。短い間でしたが、ありがとうございました」


 そのあまりに軽い言葉に。

 マリアは目を見開いたまま、声を絞り出す。


「なぜ! なぜ! そんなにも軽々しく言えるんですか?」


「軽い? 何がです?」


「貴方は伝説的な英雄なのはわかりました。それは信じましょう。世界を救うという……途方もない話も理解しましょう。なのに一番肝心な……」


 彼女の声は震えていた。


「どうして貴方は、自分の命をそんなにも軽視するんですか? どうして、そこまで無関心でいられるのですか?」


「興味がないから」


「は?」


 そのあまりに冷淡な返答に。

 マリアはしばらくの間、言葉を失い。

 ただ彼を見つめることしかできなかった。




 ――沈黙が、夜の街に響く鐘の音とともに漂う。




「貴方はご自身が何を仰っているのかわかっているのですか?」


「ええ、大した事じゃありませんね」


「怖くは……ないのですか?」


「ええ。特には」


「生きていたいとは! 思わないんですか?」


「もう十分生きましたよ。もう満足してます」


 天内のその何気ない言葉に、マリアは思わず唇を噛んだ。目を伏せ、彼の無関心な態度にどうしても納得できない。


「貴方の周りの人が、悲しむとは想像出来ないんですか?」


「周りですか……どうせみんな忘れるので、そこは気にした事がなかったぁ~」




「……軽い!!!!」




 マリアの声は震え、彼女の身体は激しい感情の波に揺れていた。彼女は大声で叫び、彼の無頓着な態度に対する怒りと絶望が入り交じった。


 彼女は胸に手を当て。

 呼吸を整えようとしながら。

 再び問いかける。


「私たちが……仲間や友人、そういう人たちは、大切じゃないんですか!?」


「大切ですよ。だからこそ、戦ってきた」


 マリアの顔が苦しそうに歪む。

 彼女はさらに詰め寄り、叫び続ける。


「だったら! なぜ、ご自身がいなくなった後のことを考えないんですか!?」


「だから、みんなと距離を取ってたんじゃないですか」


「え?」


「出来るだけ関わらない方が、みんなにとってもいいかなって」


「……それが理由だったんですか? 私が連絡を取っても、返事がなかったのは」


「まぁ。そうです。実際忙しかったのもありますが」


 マリアはさらに問い続ける。

「どういう意図か、もう少し詳しく教えてください」


「簡潔に言いますね。

 居なくなっても『どうでもいい奴』っているじゃないですか? それですよ。それでいいんですよ俺は。だからみんなと接触しなかったんです。どうでもいい奴が消えても、後とか先とかないでしょ? 同窓会で『あいつ事故で死んだってよ』ってなっても、大して関わり合いがなければ『ふ~ん』の一言で済むじゃないですか」



 マリアはその言葉に打ちのめされたように黙り込んだ。彼女の表情は、言い表せないほどの混乱と痛みで満ちている。



「これが軽い理由です。だから興味もないですね。それにですよ。みんなは、さっさと消滅する俺なんかと過ごすより。これから一緒に生きていく人、家族、友人、恋人、そんな大切だなって思える人と貴重な時間を使った方がいいかな? って思っています。これは俺なりの配慮なんですよ」


「そんな風に、ずっと思ってたんですか?」

 マリアは声を震わせた。


「ええ」


「貴方は貴方自身をどうでもいい人間だと、そんな風に思っていたんですか?」


「俺なんてどうでもいいでしょ」


「……」


 マリアは彼の言葉に唇を噛み締め。

 やがてその肩が震え始めた。

 彼女は静かに涙を(こら)える。

 髪が顔を覆うほどに顔を伏せ項垂れた。


「いやいや。正直、なぜそこまで感情的になるのかわかりませんね。精々出逢って1年にも満たないじゃないですか。大して親しくもないし……何を怒っているのかさっぱりわかりませんね」


「貴方は……本当に何を言ってるのか、わかっているのですか?」


「ええ。むしろマリアさんが、なぜそこまでこの一問一答にこだわるのか意味がわかりません」


「もう一度聞きます。本当に……わからないんですか?」


「ええ」



 ――沈黙が、二人の間を埋め尽くす。



「……なぜ貴方は、そこまで自分を軽視するんですか?」


  マリアは震える声で問いかけた。

 彼女の瞳には、怒りとも悲しみともつかない複雑な感情が浮かんでいる。

 

 普段、感情的になる事はないマリアが叫んだ。


「貴方はどうしようもないほど孤独な人だ! 

 自己中心的で独りよがりだ! 

 貴方は人の心がわからない可哀そうな人だ!」


「ふむ。かもしれませんね」


「なぜそこまで自分を無価値だと断じるんですか!? 自身の死後、周りが悲しまないように他者と距離を取る事が優しさだとお思いになってるんですか!?」


「どうでしょう? 俺はただ純粋に目的を達成したいだけですよ。正しいエンディングを迎える為に。その為に俺はここに来たんだから。それだけを成す為に生かされているので」


「……それだけ」


 マリアはその言葉を聞いて。

 絶望したかのように呆然と立ち尽くす。


「ええ。その為の舞台装置(システム)でしょ。俺って」


 まるで機械的に答える天内。


「そんな風に思ってるんですか……」


 天内は静かに立ち上がり。

 少しだけ距離を置いた彼女を見つめた。


「おっと。時間ですね。今日はこの辺で。この後、約束がありましてね」


「……まだ……まだ話が……」


「ごめんなさい、マリアさん。でも約束があるんですよ。それと、出来ればこれは周りに言わないで頂きたい」


「……なぜですか?」


「最後の日まで、日常ってやつを普通に過ごしたいので。それではまた」


 その言葉を残し、天内は再び彼女に背を向け、静かに歩き始めた。彼の足音が、夜の静かな街に響き渡る。ライトアップされた大聖堂が、その姿を優雅に照らし続ける中、マリアはその場に立ち尽くし、ただ彼の背中を見送ることしかできなかった。


 

 大聖堂の鐘の音が、再び静かに鳴り響く。



 それはまるで、彼女の胸の中に響く悲しみの鐘のようだった。天内が見えなくなるまで、彼女は何も言えず、ただ涙をこぼしていた。


 冷たい夜風が、彼女の涙を乾かすことなく、ただ静かに吹き抜けていく。


 




切ない決別

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