鐘の音が響き渡る⑤ 勝者を告げる鐘の音
/3人称視点/
―― 峰の聖堂(晩)――
マホロ生たちは、ヘッジメイズの足止めを受けつつも、ようやく頂上に到達しつつあった。ジュードが運ぶ金槌と共に、鐘までは残り30メートル。
螺旋階段を上れば、勝利の鐘が待っている。
「勝った!」
階段の先に光が差し込むのを見て、マリアは確信した。
しかし、その期待は一瞬で崩れ去る。
―― 天内傑 ――
彼が追いついたのだ。
「やはり最後の番人は貴方でしたか」
システリッサが冷静な声でつぶやいた。
「では――参る!」
天内が消えるようにその場から姿を消す。
―― 結界による守り ――
神速の斬撃が、システリッサの見えない防壁を打ち叩いた。結界はその一撃をかろうじて受け止める。
「硬いな!」
「ッ!? 全く見えなかった」
システリッサの額に汗が滲む。
戦闘の激しさが一気に頂点に達した。
その時、シルバーウッドが声を上げた。
「イケイケ! お師匠様! 宇佐田はご苦労様!」
「援護を続けろ」
ブルーウッドのの疾風の矢が、さらに勢いを増す。
「用済み……なのか?」
陽動を続けていた宇佐田が不安げに言う。
30メートル先のゴールにも関わらず戦況は一変した。
ヘッジメイズ4人 対 マホロ3人(その内1人は無力化)。
たった一人、天内が加わっただけで、戦局はヘッジメイズの優位に傾いた。
「仕方ない。僕が出よう。最後まで後輩を危険な目を合わせたくなかったんだがな」
ジュードは残念そうにハニカミながら金槌をマリアに渡す。
それは彼の責任感と後輩に対する深い配慮の念であった。
それを感じ取ったマリアは。
「しかし……」
彼女は金槌を握りしめる。
「これを持てば恐らく治癒も出来ない。迎撃手段を失い最も無防備な状態になる。危険な役目だ。だが、頼めるかな? マリアくん」
マリアは一呼吸置き。
「……わかりました」
「システリッサくん、僕の防衛はもう不要だ。彼女を連れて先に進みなさい」
素早い決断。それが最も勝利の可能性が高いと彼は理解していた。
「よろしいのですか?」
「構わないとも。殿は僕が勤めよう。彼は……彼らは僕が相手をしないといけないようだ」
ジュードの両手から糸が伸びた。
「斬撃の蜘蛛の巣」
まるであやとりをするかのように、ジュードが手を動かす。
その瞬間――
蜘蛛の糸が舞う。
鋭い斬撃を帯びた糸が、ヘッジメイズ生たちを包み込むように広がっていく。
「チッ! 気付いてないのか!?」
天内はそれを察知し、瞬時にヘッジメイズ生3人の襟を掴み、力強く後方へと引き寄せる。
直後 ―― 螺旋階段が崩壊した。
蜘蛛の糸が巻き付いた階段は床が抜け、壁が崩れ、ジュードとヘッジメイズ生たちはそのまま階下へと落ちていく。
・
・
・
残りの交戦隊……
すでに横で伸びている。
崩落に巻き込まれて気絶したようだ。
聖堂の1階まで一気に落とされた。
それに俺の目の前にはジュードが立っている。
「では、僕が全力で足止めしよう」
「困りましたね」
微笑を浮かべた彼が、静かに言う。
「僕はまつりのようにはいかないよ」
「でしょうね……」
俺は細剣を構え直す。
まぁ、そういう展開になるよな。俺を足止めするのはあの場で最も強いこの男に他ならない。
「では、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
俺は頭を下げた。
「君ほどの後輩に教える事はなさそうだがね」
「そんな事はありません。では、行きます。少々急ぎますので」
「いいや。君は、既に蜘蛛の巣に掛かっている」
「……」俺は眉をひそめる。
少し動くと俺の頬から血が伝った。
辺りを見回す。
非常に見えづらいが、暗がりの中で糸が光を反射している。俺を取り囲むように、周囲には無数の蜘蛛の糸が張り巡らされているのだ。一歩でも不用意に動けば、全身が切り裂かれミンチになるだろう。
「少しだけ来るのが遅かったようだね。天内くん」
「……」
「君の……君達の負けだよ」
ジュードの勝利宣言が告げられた。
・
・
・
/3人称視点/
マリアは金槌を握りしめ、息を切らせながら走り続けた。壁をよじ登り、窓を破り、煤で頬を汚し、髪の毛を乱しながら、品位ある彼女には似つかわしくなく泥臭くゴールを目指し、ひた走った。
リレーのように繋がれた金槌。
金槌を最後に託されたのはマリアだったのだから。
階段を上る中で。
「はぁ、はぁ……」
システリッサの消耗が激しく彼女は肩を上下させている。
「大丈夫ですか?」
「ええ。なんとか……早く行きましょう」
マリアは頷くと。
システリッサと共に出口の光を目指した。
ゴールは目前。
システリッサと共に傷だらけになりながら、崩壊した螺旋階段を踏破したのだ。
そして ――― ついに、辿り着いた。
ガリアの地で最も天に近い建造物。
聖堂の尖塔へ。
「あ」
マリアは立ち止まり、息を呑んだ。
その場で目を見開いたのだ。
――― 星々の輝き ―――
彼女の瞳に映るのは満天の星空だった。
日は既に暮れ、澄んだ夜空が広がっている。
豪雪は止み、まるで世界が静寂に包まれたかのように感じられた。
髪を乱したマリアは呟く。
「ようやく……着きました。あと一歩、ほんの少しでも彼が来るのが早かったら負けていた」
「ですね」
疲労を浮かべたシステリッサは同意した。
階下からは未だ戦闘音が響く中。
「ありがとうございます」
マリアはジュードに礼を述べると。
彼女は息を整え、鐘へと近づいた。
「天内さん。私の……いいえ。私達の勝ちです」
彼女は鐘の下に辿り着くと。
彼女は、ゆっくりと金槌で鐘を叩いた。
―― 鐘の音が鳴る ――
澄み切った空に、勝者を告げる鐘の音が響き渡った。




