鐘の音が響き渡る④ 第一級フラグ建築士
―― 天内・小町・フィリス ――
日が暮れ始め、雪山の空が徐々に暗闇に包まれていく。薄明かりが消えるとともに、吹雪も一層激しさを増してきた。
だが、まだ鐘の音は鳴り響かない。
予想よりも随分と時間が掛かっているようだ。
「早く行かないとマズイんじゃないのか?」
ソワソワと落ち着かない様子のフィリス。
「あ、ああ。そうだな」
そんな事は知っている。
振り返れば、俺の人生。
いつだってギリギリで過ごしてきた。
肝心な時に一番遅い。
だって……
「俺は」
「ん?」
「俺は怠惰なんだぁ!!!!」
「大丈夫か? 遂におかしくなってしまったのか!?」
フィリスがギョッとすると。
「先輩はいつもこんな感じですよ。突然叫ぶんです。奇行しかしてませんよ」
小町がフィリスに語り掛けた。
「た、確かに。いつも遠くの方を見つめながらブツブツと喋っていたかと思うと、突然高らかに笑い始めていたな。かと思えば、泣き始めたり、すぐに笑顔になったり、情緒は豊かであった」
「はい。感情の起伏が激しいんです。おかしな奴です」
「そ、それはいいんじゃないのか?」
「それは、まぁ。百歩譲っていいとしましょう。しかし、非常にお金にうるさいです。お金が絡むと、非常におかしな行動を取り始めます」
「それは……そうかもな」
思い当たるかのようなフィリスの声音。
小町は頷くと。
「余談ですが。先輩は、通常、割り勘で済ませるような場でも財布を絶対に持って来ません。財布を持っているのを見た事がありません。それに最近のコイツの財布代わり銀行のATMの横にある封筒なんですよ」
「ほ、ホントに余談だな」
「いいですか? フィリス先輩。この男はそれなりに話すと、わかってくるのですが、一言で言うとクズです!」
いつもより辛辣になった小町の口調。
「クズは言い過ぎじゃないか? いい所もあるんじゃ、」
「ない! ない! ない! ない!」
「穂村よ。お前の方も随分感情的になってないか? なんだか怒ってるのでは?」
「怒っていません! こんな男と一緒に居続ければ必ず、将来絶対に苦労します。はぁ~良かったぁ~。苦労しなくて、良かったぁ~。うんうん。ホント良かったぁ~。正解でした! 選ばなくて! 選ばれなくて良かったです」
「……がっは!?」
そんな会話が繰り広げられる横で俺は膝を付いた。
「ど、どうした? まさか!? 先程の力の代償?」
フィリスが心配そうに俺に尋ねてきた。
「先輩! やはり、疲れているんですね!? だ、大丈夫ですか!?」
先程の辛辣さとは打って変わって、心配そうな顔をする小町は俺の方に駆け寄って来た。
「……」
俺は彼女らを見つめる。
高速で武具を回収する俺は既に500本を回収し終えた。
つまり5億の売り上げを短時間で叩き出した。
対してこいつらは?
小町は不承不承20本目を持ってきた所。
フィリスも同じくらい。
つまり、残り約150本程度が行方不明なのだ。
「き」
「ん? なんだ? き? 気分でも悪いのか!?」
「顔色が悪いです。気持ち悪いんですね! 大丈夫ですか先輩。しっかりしてください!」
小町は俺の背中をさすり始める。
「気象が悪い。雪を止めろ」
フィリスは耳をそばだてると。
「え? なんだって?」
「晴れる。嬉しい。わかる?」
「ん? なんだって?」
「ふざけてんのか!? ここで難聴スキルを発動するな!」
「どうした声を荒げて?」
「雪が! 雪が邪魔なんだよ!」
150本が雪に埋もれてどっかに行ったのだ。
つまり1億5千万どっかに行った。
「はぁ? お前の策略の為に豪雪にしたんだぞ」
「早く……トメロ」
「え? なぜだ?」
俺は立ち上がると、覚悟を決め。
真剣な顔を作る。
「凛々しい顔になりましたね。突然」
小町はうんざりした顔になった。
「なぜか? なぜなら俺はもう……先に行くからだ」
「つ、遂に行くのだな?」
フィリスは顔を強張らせた。
「ああ。行く。だから……あとは頼めるか」
「頼む? 私も行くんだろう?」
フィリスは疑問を口にした。
「行かない。お前には『俺の大事な物』を頼みたい」
「大事な『者』? あ、ああ。そう言う事か。お前はなんだかんだ仲間思いだものな」
「仲間? ん? そうだな。俺の仲間と一緒に俺の大事な物を頼んだ」
仲間である小町と共に後は『武具』の回収を頼んだぞ。
「そ、そうか……仕方ない。結局見捨てる事は出来ないものな。義理人情に厚い。これが騎士道精神なのかもな。本当にお前の評価が変わったよ」
フィリスは感心したようであった。
「ああ。俺は絶対にみすみす捨てるなんて事はしない。大事だから」
みすみす1億5千万を捨てるなんて出来ない。後悔するから。
「少々変わった奴だと思っていたが。精神すらも高潔だったか。実力も申し分ない。頭も切れる。その上、謙虚で顔も悪くない。はぁ……参ったよ」
フィリスは項垂れると。
「認めよう!」と、宣言した。
俺は彼女らに背を向けた。
「もう……時間がない。先に行く!」
「天内!」
不意に、フィリスが俺の背に声を掛けた。
「なんだ?」
「この親善試合が終わったら。何かご馳走させてくれないか? 良かったらディナーにでも……2人で行かないか?」
「え? え?」
それまで黙って聞いていた小町の困惑の声が後ろから聞こえる。
「ああ。とびっきり良い物を頼む!」
「承知した」
そんなやり取りを終え、俺はフィリスを置いて、峰の聖堂まで駆け出した。




