<<< 力が欲しいか? >>>
俺はモリドール氏の一件から人助け気持ちいい症候群に感染してしまった。
そしてある決心をした。
もう一つやるべき事があるんじゃないかと。
完全に見落としていたやるべき事。
「陰から主人公を助ける」
俺は考えていた。
よく漫画である主人公覚醒イベで唐突に脳内に響く『力が欲しいか?』という声。
あれ。あの役を俺がやればいい。
つーか俺しかできないんじゃないか、とすら思っている。
だって俺元プレイヤーだよ?
初見殺しの理不尽イベ、凶悪モンスターや魔術師、厄介なものは俺が先に倒しておく。
もしくは、それとなくヒントを出す。
ある程度お膳立てしておけば主人公は必ず勝つ事が出来るはずだ。
そもそも、リアルとなったこの世界で主人公風音は死ぬとまずい。
ヒロインや周りの奴が滅茶苦茶悲しむ。
てか、好きな奴がポックリ死んだら、これはこれでバッドエンドだわ、となった。
対して俺は死んでも問題ナシだ。
だって嘲笑され続けた噛ませ犬の端役だもん。
死ぬ気はサラサラないが、俺が死んでも誰も悲しむ者は居ないだろう。悲しいかな、前世でも俺の死を悲しんでくれた奴は居なかったと思われる。所詮、通行人Aでしかなかったからな。
俺は主人公桜井風音の事を最強だと思っている。
ゲーム上でも、シナリオ上でも確かに強い。
しかし分岐のバッドエンドシナリオでは主人公が死んでしまうものもある。
最強なのは主人公という設定だからだ。
最強であるが、最優ではない。
これは矛盾を孕んでいるが言い得て妙だと思う。
シナリオ上でもゲーム上でも主人公風音より強い敵が出てくる。
主人公はそれらを倒す事は……一応できる。
それは、メガシュヴァのエンディングが【主人公が最後に負けて終わるゲームではない】から。
だが、この世界はゲームではない。
死んだら終わりだ。
育成し直して、戦略を練り、入念な準備をしてからコンティニューなんてできない。
主人公には常勝無敗で居てもらわなくてはいけない。
無論蘇生方法が一切ない訳ではないが……それを考慮すべきではないだろう。
「この異世界で、死者蘇生ができるとは限らない。この世界はゲームじゃない。リアルなんだ」
死者が蘇ると思い込むのは危険だ。
だから俺は主人公を陰から支援する謎の存在になろうと思った。
裏ではファントムとして活動し主人公もヒロインも助ける。
学園では雑魚キャラを演じる。
完璧な作戦ではないだろうか?
そう思うようになったきっかけは、俺が行動を起こす事で俺の知る【メガシュヴァのストーリー】が大きく狂う可能性があるのでは? という強い疑念が生まれたからだ。
"全てのヒロインが幸せになるエンディングは前世の知識でも存在しない"。
そもそもヒロイン全員のハッピーエンドはメガシュヴァのシナリオにはない。
しかし、この夢のエンディングを迎えたいというのが俺の夢。
ならば、最小限の干渉を行い、ストーリーの軸を乱さず、最後の結末部分を大きく改変すればいい。
なにより、ストーリーの軸を乱さない為にも主人公風音に花を持たせてやらねばならない。
俺は"所詮主人公ではない"のだから。
天内として俺がしゃしゃり出ても余計な被害を生む可能性がある。
知らないルートへ突入する可能性すらある。
最悪、俺の知らない全ヒロインバッドエンドのエンディングすらあり得る。
それは一番怖いところである。
この世界の重鎮に活躍を期待されるだろう主人公風音。
勝手に行動してる端役。
お互いは歩むべき道がそもそも違う。
俺はこっそり主人公に助言を与えたり、あるいは陰で戦う亡霊になろう。
メガシュヴァのシナリオに登場しなかったストーリー外の"ナニモノか"になる。
それが俺のあるべき在り方なんじゃなかろうか?
間抜けな死人にはお似合いだろう。
それでも!
主人公やヒロインを、
助けても、
助けても、
助けても、
彼らが自分自身で目の前に立ちはだかる困難な壁を乗り越えられないなら……
「俺が表舞台に出る可能性……それは視野に入れておかなければならない……」
イチかバチかの危険な賭け。
見通せない【物語】を超えた遥かな先のステージ。
できるのだろうか?
いや、できる、できないじゃない。
やるんだ。
大丈夫。
やれるさ。
俺なら。
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・
そしてこれが俺の第一歩だ。
俺は何千回と画面越しで見たマホロ学園の校門を見上げた。
確か今は春休みの期間のはず。
俺は校門を潜り、広大な敷地を歩く。
学生らしき人影はチラホラと見えるが殆ど人を見かけない。
ほとんどの学生は余暇を過ごすかダンジョンで修行、ラボ所属は研究に精を出しているはずだ。
それ以外だと実家での雑事の為本国に戻っていたりする者も多い。
俺はまもなく春となる学園の長すぎる桜並木を歩いていた。
空中都市なので日光は地上より降りそそぐはずだが、まだ開花していなかった。
気圧の関係だろうか?
「てか、まじで広いな」
ゲーム上では指先一つでワープできたから気づかなかったが、かれこれ10分は歩いているが目的地に辿り着かない。
「お兄さん。ここの学生じゃないね?」
本で顔を覆ったベンチで寝ている何者かに声を掛けられた。
出たな。強キャラ関西人。
へぇ。こんなとこで遭うんだ。
面白いな。
これも俺の知らないストーリーだ。
「今は……ですけどね」
少しの沈黙の後、その何者かは続けて、
「ふ~ん。今日はどないしたん?」
「今日は、まぁ試験的なやつ? ですかね。それでは急ぐので。じゃあまた」
俺は目もくれずヒラヒラと手を振り、歩みを止めなかった。
「ほ~ん。きばりや。とは言わんわ。自分なら大丈夫やろ。ほなまた」
春一番が吹いたかと思うと。
木々がざわめき桜の花びらがヒラヒラと辺りに舞い散った。
振り返ると、そこには誰も居なかった。
後ろにあった気配が消えていた。
「う~ん。アイツが知り合いなんて設定あったか?」
俺は歩きながら顎を擦り記憶を辿るがよくわからない。
あいつ仲間に加えたいんだよなぁ。
糸目キャラは強キャラ法則あるし。
ま。いっか。
俺はここに転入試験前にここに立ち寄っておきたかった。
「ようやく学園に入れるんだな」
中世の城かと思えるほど巨大な学園の校舎を見上げる。
校舎は全面レンガ作りのタイル調。
外観には豪奢な意匠はなく質素な印象。
しかし、歴史を感じさせ聳え立つ校舎は威圧感と荘厳さを醸し出している。
「来たぜ。遂に。待ってろよ……クソみそ共」
俺は校舎に向かって一人そう宣言した。
俺はこれから転入試験とやらを受ける。
これは俺の知らないイベントだ。
さて、何が起こるのか。
俺は勉強してきた。
もうね。高速思考と並列思考、それとあれからレベルを上げて手に入れた"自動演算"のスキルは控えめに言って神だ。
俺の脳みそを超えた性能を誇る。
脳みそがパソコンに繋がっているようなものだ。
目で見た文章や映像は任意でフォルダ分けしてダウンロードしてるようのもんだし、複雑な数式や魔法陣も自動演算して感覚で答えが出る。
何が出ても問題ない。
書店と図書館でアホほどデータを脳みそにインストールしてきた。
俺の脳は、さながらデータベースだ。
あとは実地試験。
つまり実技をかねたもの。
適当に3属性ぐらいの魔法でお手玉でもしておけば問題ないだろう。
もはや受かることは予定調和。
「では、行くか。ここからがスタート前の前哨戦だ」
俺はほんの少し気合を入れた。




