鐘の音が響き渡る① 大いなる勘違い『俺にとって何よりも大事な物』
一帯を雪と共に土煙が舞っていた。
力の一端を披露してやった。
さようなら厄介オタ。
さようなら妖艶な女騎士。
「せ、先輩!」
小町が叫びながら駆け寄ってくる。
彼女の目は輝いていた。
「こんな……妙技を隠し持っていたなんて……」
「あ、ああ」
目の前には、無数の武具が大地に突き刺さっている。
俺の武器弾幕で投擲した物の数々。
武器の代わりに、文字通り『札束』を投げつける技。
「すごいですね……」
「すごいだろ?」
金がすごく掛かるんだ。
凄くない訳がない。
剣一本100万はする。
それを700本も投げつけたのだから。
「圧巻でした」
「そうだな」
総額、約7億の『札束』が投下されたのだ。
音楽に乗せられて、つい盛り上がってしまった。
俺は剣を拾いに行こうとしたが。
脚を止めた。
「どうしたんですか?」
小町が不思議そうに問う。
俺は焦っていた。
鐘の音が鳴らされる前に、峰に急がねばならない。
情報によると、マリアチームが間もなく峰に到着してしまう。
脳内はフリーズ寸前。
右脳と左脳が異なる命令を出し、脚が前後に動く。
まるで間抜けなタップダンスを繰り返しているかのようだ。
「ま、まさか力の代償ですか!? 顔色も悪くなって、動きもおかしいです! 先輩!?」
武具を拾いに行きたいが。
峰を目指さねばならない。
この豪雪。ダガーナイフのような小物は雪に埋もれて見失ってしまうかもしれない。
「100万をみすみす捨てる?」
「え? なんですか?」
小町が目を白黒させる。
目の前の100万を捨てる?
ないない。ありえない。
そんなことをしたら。
俺は俺を許せなくなる。
「許せなくなってしまう」
「許せ……なくですか?」
小町の目が輝く。
「私達が酷い目に遭っているのを見て、許せなくなったんですね!」
「後悔したくない。後悔だけはしたくなかった」
と、言えるのはどっちだろう?
7億を回収せずに前に進む。
回収して前に進む。
後悔しないのはどっちだ?
「後悔したくなかったんですか!? はぁ~。感心したかも」
くっそ、うるさいな。
隣の奴が合いの手を入れるせいで。
思考と身体のバランスが崩れてしまう。
集中しろ俺!
「千秋と小町がボコられていたから、つい脚を止めてしまった」
「本当に先輩が来てくれて、安堵しました。ありがとうございます」
小町がペコリと頭を下げる。
「ま、まさか!?」
驚きの声を上げた。
「え!? ど、どうしたんですか?」
小町がさらに驚く。
腕を組んで考える。
待てよ。俺の千秋と小町を見捨てられない優しさを弄んだのか?
嫌な予感がした。
これがマホロチームの策略なのか?
そういえば、小町も千秋も、俺がお金にほんの少しうるさいのを知っている。だからこの人選なのか?
「それを利用された?」
俺の仲間意識を利用する戦術なのか?
ライアーゲームは既に始まっている?
「利用ですか?」
「そういうことか?」
あり得る。俺の精神と心理状態を読み解けば容易に想像がつく。
仮にも天才が集まる学園だ。
それに千秋は、俺のエクストラバレットを見たことがある……
「対策を打ったんだ」
小賢しい奴らだ。
俺の実力は隠していたはず。
だが、それを読み解いた。
知略と謀略を張り巡らせて。
なんて汚い戦術だ。
そういえば、千秋はDJ爆音に対して。
「怒った」んだ。
不眠で怒った。
「え? 私達がいじめられているのを見て、怒ってくれたんですか?」
そうに「違いない」
「そっか。やっぱなんだかんだ言って、頼りになりますね。嬉しいです」
怒った千秋は俺専用の対策を練った。
俺が脅威であること。DJ爆音にムカつくという動機、そして最後に俺の義侠心に似た感情を利用する。
証拠が揃う。
筋が通る。
千秋主導の下、行われた。
俺専用の足止め戦術。
マホロチームの罠。
俺は既に手のひらの上で転がされていた。
王道展開しかできない連中だと思ったが、なかなか頭の切れる連中だぜ。
全く、感心したよ。
一手先を行ったか。
マリアめ、お前は俺の知略を上回る。
俺の負けかもしれない。
だが、まだ諦めるわけにはいかない。
まだ勝負は終わっていない。
脚が止まった。
「俺は行かねばならない……」
「ですよね……どうぞ。私達はここで脱落です」
だが、まだ行けない。
まだ、俺の『札束』の回収が終わっていない!
「ダメだ。行けない!」
俺は自分の脚を思い切り叩いた。
「先輩! そんなに彩羽先輩が心配なんですね!?」
「そうだ!」
心配だ。目を離した隙に。
俺の『札束』と同義である『武具の数々』がどこぞの野盗に盗まれやしないか、ひやひやする。
「流石……です」
「当たり前だ! 『俺にとって何よりも大事な物』を置いて、前に進むなんて俺には絶対に出来ない!」
何よりも大事な『お金』を捨てて前に進むなんて、できるわけがないだろう!
「大事な……そんな風に思ってたんですか?」
「当たり前だろう! 俺が、この世で愛してやまない物だぞ!」
――― しばしの沈黙 ―――
小町は目を見開き、唇を噛み、手を震わせた。
その後、肩の荷が下りたように微笑むと。
「そっか。彩羽先輩、いいなぁ。きっと喜ぶと思います。先輩と同じ気持ちだと思います」
こいつはさっきから何を言ってるんだ。
妙に会話が噛み合わない気がするんだよ。
まぁいいか。それどころではない。
「小町!」
俺は隣の彼女の眼を見て叫んだ。
「どうしました!?」
「一つ頼みがある」
「なんでしょう?」
少し落ち込んだような小町が、笑顔で答えた。
「あれの回収手伝ってくれない?」
俺は目の前の大地に突き刺さる武器の山を指差した。
「へ?」
俺は『札束』こと『武具』を回収してから前に進むことにした。
後悔したくなかったから!




