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そして鐘の音は鳴った⑫ 少女の戦い


/小町視点/


 アドリアンは不気味な笑みを浮かべると。

 彼の口から放たれる言葉が空気を震わせた。


「行くのである。サリー、アヴァ、ジュリエット、ナタリー」


 キモオタは触手に名前を付けているようだ。名を呼びながら、赤黒い触手の詰まった弾丸が発射される。着弾した弾丸から溢れ出るように無数の触手が蠢き出す。まるで、ダンジョンの深淵から這い出てきた魔物の巣窟が広がっているようだった。


「ッっとんに気持ち悪い!」


 私は弾丸を避けるように走り続けた。触手の魔の手から逃げるように、全身の力を振り絞って走り抜けた。


「こんな魔術は見た事がない」


 強くなったはずなのに。相手が異常なまでに強い。アドリアンの持つ異常な力に圧倒される。マホロにも召喚術を扱う者が居るが、こんな量を一挙に召喚など出来ない。

 

「一体何なの!?」


 息を呑む間もなく、触手が行く手を阻む。

 

 豪雪の吹雪の中に、蠢く触手。


 気味が悪い。

 気持ちが悪い。

 卵が腐ったような臭いを放つそれら。

 

「なんて量!?」

 悪態を吐いた。


 ―――斬る。

 ――斬る。

 ―斬る。

 ――斬る。

 ―――斬る。


 足元がふらついた。


「間に合わない!」


 一瞬反応が遅れる。


 恐怖。殺気を感じ取った。

 背後から伸びた触手が私の胴体に絡め取る。


「マズいッ!?」


 直後。


 ―――メッキッ!


 頭蓋に響く鈍く嫌な音。

 背骨に衝撃が走った。

 眩暈がした。

 内臓が口から出そうになる。

 吐きそうになった。


 決死の力を振り絞り。

 胴体に絡まる触手を切断する。


「油断出来ない……」


 間一髪だった。

 嘔吐感を押さえる。


「え?」


 咄嗟に言葉が出た。

 驚愕の光景を目の当たりにする。


 斬った触手の先が枝分かれしたのだ。

 

「マズイ。そういうこと!?」


 一つ斬ったら、二つに。

 二つ斬ったら、四つに。

 まるでプラナリアのように分離していく。


 膨大な量の触手は斬ったら再生するのだ。

 そして二つの枝に分かれる。


「自己修復している……」










 ――― 絶望した ―――










 息が切れそうになる。

 吐く息が白くなる。

 寒さを忘れる。

 

「それでも!」


 肺が痛かった。

 呼吸をする度に激痛が走る。


 走った。

 ―――走った。

 ―――――走り抜ける。

 

 走り続ける。

 触手の渦を縫うよう。

 無数の触手を斬るのではなく、今度は避けながら走り回る。

 

 額から汗が流れる。

 背中に汗が(にじ)む。

 冷や汗が背中を伝う。


 ハッとした。

 自分の事しか気が回らなかったが。 


「彩羽先輩は?」


 辺りを見回すと。


「居た」


 視線の先には、彩羽先輩が魔術を行使しながら、アドリアンに向かっていく姿があった。だが、彼女は徐々に衰弱していくように、動きが鈍くなっていた。彼女の強力な打撃も魔術も披露出来ないようであった。


 アドリアンの俊敏とは言えない動きにすら連いていけなくなる。


「アイツ……何をしたの!?」


 咳込む彩羽先輩。

 

 口元には血が滲んでいる。

 目元は青黒く変色している。

 乱れた髪の毛を掴まれ、引きずり回されている。


 痛々しい光景。


「早くしないと! くっそ。早く助けに行かないと!」


 焦る。焦燥感に駆られ、手が震える。

 彩羽先輩が無慈悲に殴られ続ける様子に心が締め付けられる。

 こんな事なら。


「さっさと退場させればいいのに……」


 そう思ってしまう。

 生かさず殺さず彩羽先輩を(なぶ)っている。


 悪趣味極まりない。


 アイツは不気味に(わら)っている。


 過去の因縁を晴らすように。

 彩羽先輩に無慈悲な一打が容赦なく打ち込まれ続ける。


 見ているのが。

 歯痒かった。

 辛かった。


 アドリアンは、狂気の眼を向けて彩羽先輩を殴る。蹴る。踏みつける。引きずり回す。

 

 戦いを愉しむように。

 痛ぶるのを愉しむように。

 子供が戯れで徐々に虫を殺すように。

  

「やめろォォォォォォ!!」 

 咆哮した。












 豪雪の無慈悲な風切り音しかしない。











 ………くっそ。

 状況は叫んだって改善されない。


「冷静になれ私」

 自身の(もも)を叩く。

 

 先輩との稽古を思い出せ。

 香乃さんとのダンジョンを思い出せ。


「集中しろ。私」


 四方八方から。 


 ――― 触手の渦 ―――


 迫る脅威の中。


 こんな時だと言うのに。

 先輩との会話が思い出された。

 ――――

 ―――

 ― 


『いいか。よく聞け。

 お前の強みは眼なんだよ。

 小町は眼が良いんだ。

 その眼は俺にはない特別製。

 それを軸に考えろ。

 そして考えるのを止めるな。

 走り抜けた先に答えは必ずある!』


『は、はぁ』


 ―

 ―――

 ――――


 (かぶり)を振った。


 そうだ。私だって強くなった。


「先輩みたいに出来ないけど……」


 大きく息を吐く。


 私の『眼』はしっかりと迫り来る触手の動きを確かに見極めた。


 鞭のようにしなる攻撃。

 開眼させる。


「流れを……見極めろ」


 魔力の微細な波を見極めろ私!


「薙ぎ払う!」

 

 一太刀。真一文字の斬撃。

 触手を切断した。


 まだダメだ。


 背後から、斜めから、地中から、頭上から迫り来る触手。


 感謝の素振りを思い出せ!

 重心を低くし、息を整えた。

 


 ――― 集中 ―――

 


「抜刀……12連!」


 コンマ1秒にも満たない世界。

 12にも及ぶ光の輝きが迫り来る触手を薙ぎ払った。


 再生不能なほどに切り刻む。

 魔力の流れを完全に断ち切る。

 圧倒的な神速を以ってして打ち砕く。


 それが私の出した結論。


「今の私が出来る先輩のモノマネ。それと私にしか出来ない事」


 


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