そして鐘の音は鳴った⑨ ミリオタペドフィリア
/3人称視点/
―― 峰の聖堂(最終日:朝、登山途中) ――
豪雪が降り荒む霊峰にて。
吹き荒れる雪と風が、山頂へと続く道を覆い隠す。
サンバーストの策略により、雪崩が引き起こされた。
雪の壁が凄まじい勢いで山腹を駆け下ったのだ。
その混乱の中。
マホロの生徒は数名を除いて雪崩に巻き込まれた。
実力者だけが生き残ったのだ。
その上、対人地雷、自爆特攻などの罠も相まり、さらに混乱を招いた。
これにより、以下の三組に分断される事となった。
① 千秋・小町。
② 風音・越智。
③ マリア・システリッサ・金槌を持ったジュード。
本格的に聖教会と士官学校、両校合わせたマホロ生の戦力を削る謀略が深く絡み始める。
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吐しゃ物が、白い大地に広がっていた。
彩羽千秋は嘔吐していた。
先程、アドリアンの放った正拳突きが彼女の鳩尾に深く突き刺さった為である。
アドリアンの光の灯らぬ眼が、目の前の少女に標的を定める。彼の拳が千秋の頭蓋を砕こうと振り下ろされようとしていた。
―――風切り音。
刃が空気を切り裂く音が響く。
斬撃が放たれた。
鋭い剣閃が弧を描くと、アドリアンの拳は止まり。
彼は素早く後方へと引き下がった。
「危ないのである」
剣閃の軌跡を放った主は小町であった。
小町は膝を付く千秋の下に駆け寄り、彼女の状態を確認する。
「やるようになったじゃないか……アドリアン。うっぷ」
「あの人、知り合いなんですか?」
「うん。そうだよ。昔の知り合い。年上だけど後輩なんだ」
「そうなのでありまする」
「え? っと、どういう事ですか?」
「ボクは昔、サンバーストに居た」
「え。えぇ!?」
驚きの顔を浮かべる小町。
「あれ。言ってなかったけ。そういや傑くんにしか言ってなかったかな……」
「そ、そうなんですね。そうですか。驚きの事実ですが……今はそれどころじゃないですね。立てますか?」
「気にしなくていいよ。ありがとう。少しだけ油断した」
千秋は嘔吐感を押さえ、立ち上がった。
「彩羽殿。腕が落ちたのではないか? 随分脆弱になったのである」
「よく言うね。昔、君をあんなにタコ殴りにしたのはボクだ」
「過去の話なのである」
「……それもそうか」
「自分は強くなったのである。あの時の彩羽殿など相手にならないのである」
「へぇ。面白い事を言うね」
千秋はガントレットを握りしめ、ファイティングポーズを取った。
千秋は自身の異変に気付いていた。
魔力が上手く練れなくなっていたのだ。
「最初に言っておくのである。全て解析済みなのである」
「だろうね。なにしたのさ」
「言う訳ないのである」
「あっそ」
「なんだか明るくなったのであるな? 彩羽殿。口調も変わったのである」
「そうかな? いい出会いでもあったのかもよ」
千秋は少しだけ口角を上げた。
「で、あるか。自分は昔のような冷徹・冷酷・無表情の方が好みである」
「……ボクは今の自分の方が好きかな」
「変わっているのである」
「そんな君の方こそ、昔と変わったんじゃないか?」
「で、あるか?」
「ああ。合理主義者の君らしくもない。こんな親善試合に出て来るなんて。舞踏会に居た時はびっくりしたよ」
「少々、用があったのである」
「用?」
「で、ある。それに。この余興は、いい予行演習になるのである」
「昔からミリオタだもんね」
「ミリオタとは心外なのである!」
「違うのかよ?」
「今はドキドキ萌えピーも好きなのである」
「アニオタにもなってたのか……」
「アニオタではないのである! 幼女が好きなだけである!」
「「きっも」」
千秋と小町はお互いハモった。
「幼女は良いのである。純真無垢なのである。
何者にも汚されていないあの純白。
実に……汚しがいがあるのである。
仲良くなるのに萌えピーは役に立つのである」
アドリアンは、その言葉を口にすると。
まるで過去の回想に耽るような瞳で、遠くを見つめている。
「なんか……」
と、小町は何事かを言おうとして言葉を吞み込んだ。ただ唖然としたのだ。言いようのない気持ち悪さに。
千秋は吐いて捨てるように。
「ロリコンかよ!」
「正確にはペドフィリアである。それは否定しないのである」
「「きっも」」
またしても千秋と小町はお互いハモった。
アドリアンは続ける。
「それに、ミリオタではなく。軍事評論家と言って欲しいのである」
「ふん。随分良いように言うね」
千秋は皮肉な笑みを浮かべ、怪訝な顔をした。
「戦争は良いのである。とても」
「な、なぜですか」
小町は咄嗟に合いの手を入れてしまった。
価値観が合わなさ過ぎて、思わず声が出てしまった。
「自分の技術を遺憾なく発揮出来るのである」
光の灯らぬ眼で錬金術師のアドリアン・ウォルバクは何でもないように告げた。彼は無表情であったが、どこか楽しそうなのだ。
「……なんだか不気味な……雰囲気の方ですね」
小町はアドリアンの異様な雰囲気に怯んだ。
冷酷な表情と歪んだ価値観が恐ろしい存在に見えたのだ。
「昔からさ。コイツは……根っからの変人だ。それも傑くんとは別ベクトルで。勿論悪い意味」
「酷い言われようなのである。自分はただ戦争が大好きなだけである」
「え?」
小町は、その発言を聞き、目の前の男がますます気持ち悪くなった。
「戦争では自分の技術を皆に知ってもらえるのである。沢山実験出来るのである」
アドリアンはニチャァァァと不気味に微笑み。
まるでその異常性を誇示しているかのようであった。




