そして鐘の音は鳴った⑦ あの時の『条件』
――最終日(未明)――
/フィリス視点/
天内は、まるで指揮者がオーケストラを操るかのように細剣を振るい始める。
「演奏の始まりだ」
「好きだな。ホントに。それ……」
私はうんざりしながら、手元のスイッチを入れる。
あの男に頼まれていた『条件』。
舞踏会に連れて行く為の約束ごと。
―――それは。
アイツが戦闘中、もし私が近くに居たならば。
彼が『カッコいいから音楽をかけて』という、些細でくだらない願い。
手元の音響から流れ始めたクラシックの旋律。
ヴィヴァルディ ― 冬 ― 。
冷たくも力強い『旋律』。
その場に『戦慄』が奏でられ始める。
行く手を阻む聖教会と士官学校生の顔に困惑と驚きの色が広がった。
彼らに向けて世界最高峰の剣士は微笑みを向けた。
まるで彼の存在そのものが美しいメロディーの一部かのように、深々と礼をするとその異様な存在が一層際立った。
旋律が徐々に高まる中。
見る者を魅了する旋律が奏でられ始める。
―――天内の剣技が舞い始めた。
その日。
私は初めて間近で天内の剣技を見る事になった。
遠目では見た事はあったが、圧倒的なまでの美しさに言葉を失った。
「なんて綺麗なの……」
感嘆の声を漏らす事しかできなかった。
あまりの美しさに息を呑んだ。
天内は細剣を指揮棒のように優雅に振るう。
その姿はまるで舞踏のように、優雅で力強さを秘めている。
彼の動きはまるで観客と演奏者を支配する指揮者。
何より、この場の空気を支配しているかのように、完璧な調和を生み出していた。
滑らかに―――
―――上品に
優雅に―――
まるで一曲奏でるかのように、その美しい剣技は私を魅了した。
美しい剣閃が宙を舞った。
―――両断されていく。
力強い剣戟が地を這った。
―――大地を削った。
優雅な一閃が空を穿った。
―――心臓を貫いた。
その剣筋は流麗としか表現できない。
川のせせらぎのように穏やかであり力強い。
――殺意が籠っていない――
しかし。その動きには隠された猛威が潜んでいる。
まるで自然の脅威を教えるかのように。
川の流れを侮った者に天から諭すように。
一度豹変した川の濁流は、容赦なくその流れを変える。
―――足元を掬う―――
「な!?」その畏怖にも似た声を上げた者は、まるで川の中に引きずり込まれるように消えた。
閃光が瞬いた。
的確に急所を狙う一打は、無駄がない。
「あ、あまりにも……卓越し過ぎている……」
飛び交う弾丸の中を。
意にも介さず、紙一重で避けていく。
戦場となったこの地で唯一。
日常の中を散歩でもするかのように。
踊るように。
舞うように。
奏でるかのように。
その姿は芸術性すら感じる。
曲調が激しさを増す。
「冬の猛威か……」
と、知らず呟いた。
血飛沫が舞った。
首が飛んだ。
鮮烈でありながら冷徹な冬の猛威の化身がそこに居た。
自然の脅威とさえ思える彼は演奏を止めない。人の力では自然に勝てぬかのように、彼を止める術などない。立ち塞がる者はただ、冷たくも美しい一太刀によって斬られていく。
恐怖で顔を青ざめさせる者は恐るべき冬の濁流に飲み込まれていく。魅了される者は心地よく天に召されていく。
天内は汗1つ流さず、顔色一つ変えず。美しい旋律を奏でるように、手元に一切の雑念がなかった。1人、また1人と倒れていく。
圧倒的なまでの強者による蹂躙。
「凄い……凄すぎる」
認識を改めた私であったが、それでも足りなかったと思い知らされた。私はなぜか、その余りにも美しい光景に高揚していた。




