心ばかりの路銀をお渡ししましょう。人生という旅は果てしなく続くのですから。
処世術には様々な技がある。
例えばクソしょうもない上司の自慢にも"すごいですね!"と興味津々に反応する。
これが世渡りのコツだ。
お局には"全然40代には見えないですね。お綺麗です"。
これも処世術。
少しでも遠出をすれば、とりあえず千円ぐらいの菓子折りを部署のメンバーに配る。
これも処世術。
後輩の悩みには、"次から頑張れよ"と気さくで心の広い先輩面をする。
これも世渡りするのに必須の処世術だ。
そして、万人にウケるのは常に営業スマイルで爽やかに、かつ謙虚に、それでいて落ち着いた態度を崩さずユーモアを交える。
俺はありとあらゆる処世術を実社会で学んできた。
これは俺がほんの先を歩く者だからできる事。
歩んできた人生で得た心ばかりの路銀だ。
俺は好青年を演じれる!
フフフ。完璧な作戦。計略とはこのことを言うのだろう。
見ているか?
孫子よ。クラウゼヴィッツよ。
俺は貴殿らの肩の上に乗っているぞ!
まさに巨人の肩の上に乗る矮人よな!
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俺は間違って酒臭すぎるモリドール氏ことマホロ学園のスカウト、チンピラエルフをしばいた。
終わり良ければ総て良し。
少々算段が狂ったが俺は遂にマホロ学園のスカウトに接触できた。
ここからは非常に重要だ。
まだ安心できない。
俺をスカウトして貰う必要がある。
なので凄く嫌だったけどモリドール氏を連れ帰った。
あの場に放置すれば間違いなく豚箱行きだ。
どうやらアダチストリート一帯で酔いつぶれては暴れまわり無銭飲食を繰り返す常習犯のようなのだ。
いや、通報しろよ。
とツッコミを入れそうになったが商店街のおやっさん曰くあれは荒ぶる存在。
時に不良やチンピラを退けるそうなのだ。
仕方がないが防衛装置の役目として目を瞑っていたとの事。
無茶苦茶だよ。
意味わかんねぇよ!
俺もわかんねぇもん!
それにだ。彼らは報復を恐れていた。
この酒乱モリドール氏の報復を。
とりあえずモリドール氏のツケを俺は肩代わりしといた。
俺には以前ほどではないが金はまだある。
このエルフのツケは凄まじい額だったのは語るまでもない。
なので消えていったマネーの為にも俺はどうしてもモリドール氏にスカウトされなければならない。
いやね。
寝てる時の彼女はエルフだけあって普通に美人だな、とは思った。
思っただけだけど……
あの醜態を見た後だと、なんだかなぁと複雑な気分になった。
モリドール氏は、自分の素性を語ったところで俺は本題を切り出した。
「モリドールさん。僕に……いや、俺に賭けてみないか?」
「ん? どういうことでしょう?」
何事かわかってない表情。
うんうんそうだろう。そうだろう。本題はここからだ。
「モリドールさん。俺をスカウトしてみないですか?」
見せてやろう。
俺の技巧を。
「???」
「仕方ないか……」
俺は、ふうっと息を吐き俺の持ちうる最高精度の技を披露した。
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「貴方。学生だったの……」
数多の技を披露した後、出たのはそんな感想であった。
なんとも複雑そうな顔をするモリドール氏。
ん?
なんだか予想していたリアクションと違うぞ。
なんだろう。
"ゴールデンスノウ"も"エクストラバレット"も見せた。
手前味噌だが素晴らしすぎる技の数々を披露したはずだ。
俺の実演は、メガシュヴァの本校性にも劣っていない……と思う。
なんなら四年生級の実力はあるはずだ。
今の俺はマリアの鬱イベの時よりさらに強化されている。
ゲーム上でも上級ダンジョンにも挑戦しうる戦闘力と技術を鍛えたはずだ。
それなのに、なぜそんな複雑そうな顔をしているんだ。
何か間違った?
一体どこで?
ゲーム上での初期の天内よりも遥かに戦闘力も技術も上のはず。
俺はプレイヤーだぞ。
確信を持って言える。
俺がそんな風に考え込んでいると、
「ありがとう。ええ。十分わかりました。あなたを是非推薦させて下さい。あなたは天才よ。天内くん」
来た。やっと来たぞ。
「よし!」
俺は思わずガッツポーズしてしまった。
やったぜ。これで。これでようやく本編に間に合う事ができる。ようやく第一歩だ。
始まるんだ。マホロ学園本編が。
「私は運がいいわ。ええ。間違いなく。貴方は才人の中の才人。それもとてつもない才能の塊。本当に天才だわ」
モリドールさん。
それは褒めすぎです。
俺は星3キャラですよ。
「私の方こそ私を貴方の専属にして下さい」
モリドール氏は、改まって頭を下げた。
専属か。
つまりパーティ編成も視野に入れろと、そういう事か。
このエルフが顧問としての立場になるのか。
しかし、"モリドール"なんてキャラはゲームでは居なかった。
本編には登場しなかったノンプレイアブルキャラ……
いやこの世界の住人にそれは失礼か。
気を取り直して、
「パーティーのですよね」
「よく知ってるわね。ええ。そう。貴方にはパーティーを組んでもらいたい。そして是非将来……………□×して頂きたい」
モリドール氏は言い淀んだ。
最後の言葉はよく聞こえなかったが、何か悩んでいるようだ。
それを自分の口から言うのはあまりにも酷だという表情。
わかっているさ。
それは必須だ。
全てのヒロインを笑顔にするのに必須の通過点に過ぎない。
あまりにも小さな通過点だ。
「ええ。わかっていますよ……委細承知した。俺に任せて下さい」
その言葉は嘘じゃない。俺には信念がある。
全員が幸せになれない未来なんてあってたまるか。
最強の座は主人公……桜井風音、お前に譲ってやるよ。
俺は所詮端役の雑魚キャラだ。
ヒロインもお前に譲ってやる。
いいところは全部お前のモンにしとけ。
お前は間違いなくこの世界の救世主だ。
それは俺がプレイヤーだったから断言できる。
俺はせめてお膳立てできればそれでいい。
そもそも最強になんて興味がない。
でも!
主人公風音よ、お前がヒロイン全員を幸せにできない未来しか選べないなら………
俺はお前の事を超えなきゃならない。
もし、あのエンディングしか迎えられないならお前じゃ役不足だ。
お前が予定調和のつまらないクライマックスしか迎えられないなら俺は強くなきゃいけない。
俺はこの世界で、ただ……
「最高のエンディングを見たいから」
その為に俺はこの世界に来たんだと思うから。
そう宣言すると、モリドール氏はなぜか涙を流して微笑んでいた。




