そして鐘の音は鳴った④ 冷酷な軍略 と 狡猾なる悪魔 と 王道なる者達
/3人称視点/
――― 二日目 夕刻過ぎ ―――
霊峰では怒り狂うかのように吹雪が吹き荒む。
生きとし生けるモノの生存を許さぬ自然の猛威。
それは聖教会と士官学校の本来の作戦を変更せざるをなくなる。
彼らは寒さに耐える為、峰の聖堂にて拠点を作り、そこで暖を取らざるをなくなったのだ。
「通信兵と連絡が途絶えたのである」
アドリアンはエリックにそう告げた。
「この猛吹雪だ。仕方ねぇ」
干し肉を齧りながらエリックは飄々としていた。
「電波も悪く、視界も悪いのである。マホロの二日目の攻略は不可能である」
「ああ。最終日に仕掛けてくる。間違いねぇ」
「マホロの勢力もヘッジメイズとやり合って数が減っているようである」
「上々。天内の馬鹿には悪いが、存分に利用させて貰う」
「で、あるな」
「こっちには地の利がある。結界と幻影でルートを封鎖している。残っているルートは断崖絶壁と一か所だけだ」
「過酷なルートと緩やかなルートである」
「アイツらは必ず緩やかなルート、そこから登って来る」
「誘導は完璧なのである」
「俺様達の方が上手ってとこを見せてやる」
「で、あるな。道中で削りに削って、最後に体力と人員を削った所で、戦力を一極集中させるのである」
「だな」
「金槌は彼らに運搬して貰う。全て我々の策略でしかないのである」
「そうだ。俺様達は最後に得物を掻っ攫うだけだ」
2人の将はそんな会話を繰り広げていた。
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――― 同時刻 ―――
フィリスは豪雪が吹き荒む峰の方を見た。
「おい。天内、まだ登らないのか? 間もなく日が暮れるぞ」
フィリスはソワソワしていた。
「まだまだ。ラスト1時間……30分? 15分? まぁなんでもいいや。ギリギリで登るよ」
「15分? 不可能ではないか?」
「出来る出来る。俺がお前ら担いでいくから問題ねぇよ。それにサンバースト生の情報では、まだマホロは、麓の聖堂で様子見との事だ」
「明日動くと?」
「わからん。もしかしたら深夜動き出すかもしれない。だが、」
「だが……なんだ?」
「峰の聖堂にはアホ2人が陣取っている」
「そう言っていたな」
フィリスは先程、聖教会の生徒から聞いた情報を思い浮かべた。
「アイツらも馬鹿ではあるが、考えなしではない」
「妨害してくると?」
「ああ。そこら中に対人地雷でも仕込んでるだろう。誘導したルートにな」
「地雷か……特攻の件といい、なかなかに悪辣な戦法だな」
「それが戦争だ」
「戦争……」
フィリスは静かに呟いた。
「サンバーストは軍事に精通する。前線で戦う戦争屋だ。地雷でも、神経毒でも、自爆特攻でも、考え付く化学兵器や戦法を駆使するはずだ」
フィリスはそれを聞き、押し黙る。
彼女は戦争のなんたるかを垣間見て複雑な気分になった。
「帝国お抱えの聖教会も、信仰心はあるが、異教徒に対しては粛清の名を以って殲滅する主義だ」
「……それはなんとも」
「宗教的な思想の強さと結束力、軍事的な残忍さ。この二つが噛み合っている。戦争ではよくある展開だし、いくらでも冷酷非道になれる。大義名分の名の下にな」
「そうだな」
「だが、それでもマホロ生は突破してくる」
と、天内は断言した。
「だろうな。そんな気がする」
「ブレイクスルーなんだよアイツら」
天内は考えていた。
残るメンバーの事を。
(パーティーメンバーとして残りそうなのは。風音。システリッサ。マリア。小町。千秋かジュード。こんなとこだろう。まんまメガシュヴァでの攻略パの一つだな。攻撃に偏っているが、その分、無理が通せそうだ)
「それで、今日はどうするのだ? まだ狩りを続けるのか?」
フィリスは純粋な疑問を天内にぶつけた。
「一息吐いたらっていうのもあるが……あ! 良い事思いついちゃった♪」
天内は悪魔のような笑みを零す。
「邪悪な顔をしているぞお前」
「全員、不眠不休にしてお肌ボロボロにしてやる。フフフフ」
「天内。お前が仲間で心底良かったと思うよ」
フィリスは感心半分、呆れ半分で肩をすくめた。
「地獄の始まりだぜ」
「好きだな。そのセリフ」
フィリスは思わずツッコんだ。
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――― 同時刻 ―――
「まつりを含めた先遣隊が落とされた」
息を切らせ、本陣に戻って来た越智はその場に残る者へ事の顛末を告げた。
「そうか。あの、まつりがやられたか……」
ジュードは、思案した。
その事実を信じる者。信じない者。興味のない者。三者三葉の反応であった。しかし、『森守は帰りたがっていたからわざと負けた』という流れになり、信じる者は少なかった。加えて自然環境に強いヘッジメイズの罠に掛かったという事で、その報告は流された。
「天内くん。君はどこまでの高みに居るんだ」
そんな中で風音は唯一慢心していなかった。
システリッサもまた、内心思う。
(私と風音は彼を唯一侮っていない。いえ、彼らもでしょうね)
システリッサは天内パーティーに目をやる。
(この親善試合、最も強敵は天内さん……)
少し離れた所で。
マリアと小町、千秋は固まっていた。
マリアは瞼を閉じる。
「流石ですね。いえ……わかり切っていた事です。眠れる獅子は私達の喉を噛み切りに来るでしょう」
(天内さんは彼の大英雄なのですから)
「やはり一筋縄ではいかなそうですね」
小町は怪訝な顔をする。
「やるねぇ。我らのリーダーを甘く見てる者からやられる。そうでなきゃね」
千秋は嬉しそうに感想を述べる。
「先輩は異質な存在だと思います」
「同意だ。ボクはね強いよ。でも、彼はそれ以上だ。彼の深淵をまだ垣間見た事がない」
千秋は賛同する。
「底がない感じは知ってます。先輩は奈落ですから」
「どういう意味?」
「いえ……こっちの話です」
「ふ~ん」
マリアは口を開くと。
「天内さんは私達に本気をお見せになった事などありませんよ。悔しいですが」
「マリアは知ってるの?」
「知りません」
「じゃあ、なんでわかるのさ」
「なんとなくです」
「答えになってないねぇ~。マリアは」
「彼は最高峰の剣士です」
マリアは断言した。
「うん。それは少なくともこの3人は知ってるね」
「彼は手の内を全て披露していません」
「……そうだね。彼は、」
と、言いかけて千秋は止めた。
「天内さんの怖い所は……」
と、マリアは真剣な表情になった。
「己を偽り、敵を油断させ、しかして慎重で、
決して慢心せず努力を続け、緻密な戦略を練り、
効果的な戦術を仕掛ける。
ここぞという場面で対策を打って来る事だと思います。そんな事が出来る者など少なくとも」
「ボクの人生には居なかった」
と千秋は同調した。
「そうです。それが怖い所なのです。知略に長けているだけでない。彼は本当に何でも知っています。その博識さだけでなく、機転も利く。物事を俯瞰して見ています。本当に何でも1人で出来てしまう」
マリアは唇を噛み。
(だから1人で何でもやろうとしてしまう。1人ぼっちなのです。いつも孤独なのです。本当の意味で並び立てる者が居ない。本音ではきっと……誰も信用していない)
「その上、先輩は腕も立ちますしね」
小町は付け加えた。
「ボクも腕を上げたと思うけど……」
と、千秋。
3人は遂に敵として立ちはだかった天内に思い悩んでいた。




