鐘の音を鳴らせ!⑦ 友
/3人称視点/
バチバチと残り火が燃えていた。
至る所に紫電が放電しており。
巨大な樹木が岩盤を隆起させ地形を変形させ。
氷漬けになった聖堂には氷柱も出来ていた。
マホロ陣営はさっそく麓の聖堂の制圧を完了したのだ。
試合開始から12時間。
彼らは麓の聖堂に到着すると金槌を回収したのだ。
これから峰の聖堂に金槌を運ぶ必要がある。
標高6000メートル級の霊峰。
目的の聖堂は、この山の7合目付近に位置する。
その道のりは険しいものであった。
彼らに待ち受けるのは。
断崖絶壁が連なる過酷な環境。
自然の猛威が支配する霊峰攻略であった。
目の前には目を回すサンバーストの学生達。諜報・監視に徹していた彼らだったが、成す術なくあっさり見つかると敗北したのだ。
「驚くほど簡単に金槌が手に入りましたね」
マリアはジュードが運搬役となった金槌を見てそう告げた。
「そうだねぇ」
千秋はつまらなそうにそう呟くと、しゃがみ込み士官学校の学生に向かって。
「君らさぁ。あんまりつまらない工作は意味ないよ」
小町は話題を変える。
「そういや今回、先輩は本気で来ると思いますか?」
「来ますよ。天内さんは今回必ず我々の最大の障害になる」
マリアは断言した。
「ボクも久しぶりに本気で相手をしてあげようかな……」
と、千秋はニヤリと微笑むとガントレットを握りしめる。
「ですね。私もあの先輩を攻略してみたいです」
小町も刀の鞘を撫でた。
「絶対に勝ってみせます」
マリアの瞳には炎が揺らめいた。
彼らは天内攻略という目的があった。
しかし、他のマホロ生はやる気がない者が多いのだ。
――― 一方では ――――
森守まつりが、こんな事を言い出したのだ。
「あーし。もう帰っていい? もういいよね?
寒いし。みんななら大丈夫っしょ」
と、カラフルなネイルを付けた指がスマホを触る。
越智エルは、
「勝手な事を言うな森守。輪を乱すな」
そんな小言を無視し。
「見てしー」
森守は爪を見せると。
「可愛いでしょ」
『えへへ』と笑みを浮かべていた。
―――― また、一方では ――――
「シスが元気ない」
とイノリは風音の裾を引っ張る。
「そうだね……」
と風音も複雑な顔をしていた。
ぼーっとしたシステリッサは。
「うー」
と唸りながら、空を見上げていた。
王者故の慢心か、それとも単純にゲームに興味がないのか。
彼らは決して1枚岩ではなかった。
リーダであるジュードは辺りを見渡すと。
「みんな。一度ここで休息を取ろう」
彼は手のひらを天に向けると、そこに雨粒が落ちた。
パラパラと雨が降り出していた。
ジュードはこの場に揃う全員に向けて。
「今日はもう遅いし、天候が悪くなりそうだ。ここを野営地にしようと思う」
「明日……あの山を攻略するんですか?」
風音は純粋な疑問を口にする。
ジュードは空を見上げ。
「……状況次第かな」
「了解です」
と、風音は返答した。
「あーしは帰るからねぇー。もー! 髪が!?」
まつりは心底嫌そうな顔をしていた。
「おい!」
出入口に向かう森守を越智が引き留めていた。
・
・
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ヘッジメイズ生は幾つかの分隊に分かれていた。
主に人員を補給隊・先遣隊・交戦隊に分けており。
交戦隊は他の学園生徒をPKプレイする精鋭である。
この場に居るのは俺やフィリスを含めて5名の交戦隊。
それ以外は基本的にサポートに回っている。
この後、フィールドを極寒の大地にするのに有利を取る為だ。
先遣隊から、マホロ生が金槌を奪取したとの報告を受けた。
初日は麓の聖堂で野営するようだ。
概ね予想通りの展開であった。
1日目。山は夜になるのが早い。
夕刻には既に肌寒く。
霊峰の影に太陽が隠れると麓の平野は大きな影が覆った。
サンバースト各位の諜報部隊を数名脱落させ。
仕込みが済んだ所であった。
焚火を囲んでいると。
俺の隣にそっと黙って座るフィリス。
「このゲームでダントツでヤバいのは桜井ではない。マップ兵器のまつり先輩だ」
俺は唯一普通に喋れるフィリスにそう告げた。
「なんだ。突然、喋り掛けてきたと思ったら」
「……このゲームは俺一人じゃ勝てないんだ。仕方ないだろ。それに情報共有は大事だ」
「よくわかってるじゃないか。ペナルティがある以上、このゲームはお前一人では成しえない」
「ああ。単なるPK戦なら一人ずつ落とせた。けど今回は違う」
「随分な自信だな」
「まぁな」
フィリスは目を瞑ると。
「そうだろうとも」
俺は意外な反応に。
「なんだよ。意外だな。同調してくるなんて」
「実力は認めている」
「へぇ……」
「私はお前が嫌いだがな」
「嫌いなのかよ。まぁ知ってたけど。一言多いな」
「風紀を乱すお前は嫌いだ」
「あー。風紀ねぇ。俺は新しい風を引き入れてんだよ」
「……そうかもな……」
と、呟き。
少しだけ逡巡した後、彼女は続けた。
「私は自分で言うのもなんだが堅物だ」
「知ってるよ」
と、即答してやった。
彼女はフッっと微笑むと。
「私は旧態依然を良しとする古い人間だ」
「その割に食いもんに目はないけどな」
「ああ。あれはいい。チョコもケーキもあんなに美味しいものは生まれて初めて食べた」
彼女は頬を押さえ夢見心地のような表情になった。
「お国柄ってやつだな」
「そうだな。我が国は小国だ。
しきたりを重んじてきた小さな国だ。
慣習ばかりに縛られ頭の固い者も多い。
古臭く、カビ臭い国だ」
「でも、緑は豊かで海も綺麗だ」
彼女は、ハッとするような表情になると。
「ありがとう」
と、一言告げた。
「お、おう。素直だな」
彼女はそれには答えず。
「私はね。お前が怖いんだろうな」
「俺?」
フィリスは遠い目をしながら。
「まるで、今までの事を全て塗り替えてしまいそうな迫力に恐怖しているのかもしれない」
「大袈裟だな」
「どうかな? 新たな文化を取り入れ、多くの者を巻き込む。新時代を創る者とはこういう者なのかもしれないと思った」
フィリスは俺の方を見てそう告げる。
「過大評価だよ」
「そのように謙遜する所も気に食わん」
「なんだよ。褒める流れなんじゃないのかよ」
「マホロの地では偽りの実力で自身の格を落とすような振る舞い。対してヘッジメイズでは圧倒的な格を見せつけた」
「ハハハ」
俺は空笑いした。
モブムーヴだからなあれ。
「本当に死に物狂いで励む者にとっては厄介この上ない」
「ん? どういう意味だ。プライドを傷つけられたとか眠たい事言うなよ。プライドで飯は食えないんだぜ」
「言っただろう。私は古い人間だ。眠たい事を大事にしてきた人間だ。私のような人間だからこそ、お前とは相容れないのかもしれないな」
「婆さんみたいな事言うよな。お前って」
「ばっ」
と絶句するフィリス。彼女は頬をピクピクさせる。
「まぁ……それに関してはそう思う奴も居るよな」
必死で頑張ってる人の横でふざけてたら、怒る奴が居てもおかしくない。
いや、それが普通だ。
真面目なフィリスは、そんな俺だから苦手なのだろう。
俺は続ける。
「とはいえ、これが俺の性分だしな」
「そうか」
「あれ。否定しないんだな」
「否定なぞしない。国を出て、多くの生き方と考え方があるのを知った。私は小さな世界で生きていた。ただそれだけなんだろうな」
「そうか。良かったな」
「ああ。本当に」
「フィリス。お前もいいとこあるぜ」
「ん?」
「こうやって1人の俺になんだかんだ話しかけてくれる」
「……」
「真面目で堅物だが、周りをよく見てる。性格はキツイが、お前は根は良い奴だよ」
「それは褒めてるのか?」
「ああ。褒めてるよ。これ以上ない賛辞だ」
「……気に食わんが。素直に受け取って置こう」




