尊死〔-セフ〕〈名詞〉(スル)【読み:とうとし、たっとし、そんし】 意味:①尊すぎて死ぬ事。また、その様。
/モリドール視点/
私は一体?
ハッと目を覚ました。
「ここはどこ?」
知らない人の家に居るという事だけわかった。
これは夢だろうか。
「えっと」
私の家とは真逆の整理された部屋。
お日様の匂いのする布団の中で寝ていたようだ。
「………………ん?」
意識が鮮明になってくる。
記憶がない!
記憶がないのはいつもの事だが、いつも家かホテルまで帰っていたはず。
まさか!?
遂にワンナイトカーニバルを!!
バッと布団の中の自分の体を触る。
「あ……着てるじゃん」
期待虚しく私は服を着ていた。
ボロボロだけど。
「え? もしかして乱暴されちゃった?」
テへッと舌をぺろりと出す。
「と、冗談はさておき、あ、いたたた」
枕元に置いてあったひび割れた眼鏡を掛ける。
ようやく周囲の様子が鮮明になってくる。
どうやら足首を捻っているようだ。
ズキズキと痛むが歩けない事はない。
足を引きずり布団の中から出ると部屋の中をぐるぐると回り観察した。
感想としては普通の部屋だ。
どこにでもある普通の部屋。
棚の上には男性と女性の写真。
夫婦だろうか?
その真ん中には少年が不貞腐れた顔で写っていた。
「フフ。可愛い」
そんな事をしていると、一人の男性が部屋に入って来た。
「ようやく目を覚まされましたか。安心しました」
透き通った凛とした声であった。
「あ……」
私は硬直してしまった。
随分と顔の整った青年だった。
その青年は水の汲んである桶を持っており、その端にはタオルがかかっているのが見てとれた。
心底ホッとしたような顔だ。
介抱してくれていたようだ。
てか、この人イケメンすぎないか!?
美少年。
美男子。
ハンサム。
男前。
彼はあらゆるイケメン成分を凝縮している。
女性を軽々とお姫様抱っこできるだろう細身の長身。
黒曜石のような瞳は周囲の光を乱反射し星々が瞬いているように見える。
赤黒色の艶のある綺麗な髪の毛はどこぞの物語の主人公のようだ。
薄い唇から発せられたのは、人を安心させるような落ち着きのある声。
神に愛されているとしか思えない。
こんなイケメンはそうそうお目にかかれない。
「目を覚まさない時はヒヤヒヤしました。お加減はよろしいですか?」
柔和な笑顔はとても爽やかだなと思った。
え? うそ。
ドキドキしてる。
私ときめいてる?
ときめいちゃってる!?
「ひ、ひぁい。あ、……貴方は?」
少し顔が赤くなっているかもしれない。
声が上擦ってしまったかもしれない。
必死にそれがバレないようにそう問いかけるのが精一杯だった。
「僕ですか? そうですね。秘密です」
少しからかうようにハニカムその顔を見てキュンとした。
かっこよ!
ユーモアまであるのかよ!
ダメ!
好き!
「……冗談です。僕は天内傑。路上で倒れている貴方を見かけて放っておけず連れてきてしまいました。今にして思えば病院に連れて行けばよかった。ただあの時は必死で……」
そう申し訳なさそうにする青年に私は畏まってしまった。
尊死しそうになった。
「そんな事はありませんよ! それに!」
あ。
こんな時に足に力を入れた瞬間重心がズレた。
「おっと。まだ休んでいた方がいいですよ」
咄嗟によろけた私の肩を天内さんは掴んでくれていた。
「あの……すみません」
なんて力強い手の平。
「……いえ……立てますか? 1人で」
ああ、離れていく。
「え、ええ」
お互いに距離を取る。
な、なんなんだ?
このラブコメ展開は!?
え? 私ラブコメしちゃってる!?
生涯彼氏が出来た事のないこの私が!? 嘘だろおい!
もはや誘われなくなった合コンでも年齢で引かれていたこの私が!?
夢にまで見たこのシーン。噓でしょ!?
て、展開が早すぎる!?
多分3000回は布団の中でシュミュレーションした。
そ、そうだ。
こんな時は目を瞑るのだ。
そして…………キッス♪
キスから始まる恋に期待して私は目を瞑った。
・
・
・
「やはり足首を怪我されてましたか。少し拝借を」
ん?
あれ?
瞼を開けると。
私の足首を天内さんは手をかざし聖属性魔法の癒しの光を発した。
光が包まれていくと足首にあった違和感が消えていった。
見事な聖属性魔法の発動であった。
術式発動が早すぎる。
モーションを一切行っていないのに。
「すごい……」
その言葉しか出ない。
感嘆だ。
それに全く先ほどの足の倦怠感や痛みがなくなっている。
「ありがとう……ございます」
私は照れを隠すように度の強い眼鏡を再度掛けなおす。
「いえいえ。それよりも。しかしなぜあんなところで。それに貴方は?」
エルフ特有の長い耳を見て彼はそう疑問を口にした。
そうだ。
私はまだ名乗っていなかった。
この恩人に名乗らず勝手にラブコメをしてしまった。
「申し遅れました。私はモリドール。森林モリドールと言います」




