それはマリアの挑戦と決意
/マリア視点/
彼に聖堂で声を掛ける事は叶わなかった。
彼は代表だから来るだろうと踏んでいた。
確かに、彼はそこに居た。
けれど、どうしても声を掛ける勇気は湧かなかった。
脚が震える。彼の答えを聞くのが怖いのだ。
それでも前に進まなければいけない。
彼を助けるために……
方法はわからない。私のような知恵のない者では答えは導き出せないかもしれない。それでも、私は信じている。
『互いに手を取り合い、支え合い、共に生きる』
彼に以前そう言った事がある。
私は私の信念を曲げる訳には行かない。
一緒に生きていきたいから。
だから震える脚に活を入れた。
前に進め。前に進め。前に進め。
心の中で強く念じる。
意を決して彼の背中を追いかける。
宿舎に入ろうとする彼に、勇気を振り絞って声を掛けた。
「天内さん」
彼は足を止め、振り返ると微笑んだ。
「どうしたんです? こんな所で。そういや今日のダンス、凄かったですよ」
普段と変わらぬ穏やかな微笑み。
「ええ。ありがとうございます」
「それで、何か用ですか?」
何気ない問い。
私は胸が締め付けられるような思いを抱く。
「折り入ってお話が」
「は、はぁ」
彼は首をかしげ、不思議そうに私を見た。
「ここではなく、少し歩きませんか?」
言葉を選びながら提案する。
「わかりました。少し歩きますか」
彼は同意すると、互いに歩き始めた。
2人の足音だけが静かな夜の空気に木霊した。
どう切り出すべきか考えた。
彼の真実を知る事が怖かったが、それを知らないままでは前に進めない。
震える心を押さえつける。
意を決して恐る恐る口を開き。
「香乃さんから聞きました」
声が震えぬように必死に努める。
軽く眉をひそめると。
「ん? 何をです?」
「天内さんは極光の騎士なのですか?」
私は振り絞るようにその言葉を告げた。
先程までの笑顔が消えると彼は無表情になり。
「……さぁ」
その答えに苛立ちを覚えた。
「はぐらかさないで下さい。私は真剣です。貴方が何を悩んでいるのか。何を隠しているのか。教えてください!」
彼に発した事のないような強い語気。
「何を言ってるのか、わかりませんね」
冷たい応答であった。
「私達が……必要無くなったのですか?」
彼は立ち止まると。
「それは違う」
「じゃあ。本当の事を言って下さいよ!」
一歩出て必死に食い下がった。
彼は目を閉じ、逡巡すると。
一瞬の沈黙が訪れる。
「間もなく鐘の音は響き渡る。
物語の終わりを告げる福音は届けられるだろう」
その言葉の意味が理解できず、私は混乱した。
「なにを……言ってるんですか?」
彼は振り返らず、ただ前を向いて続ける。
「俺が言えるのはここまでです。そろそろ寒くなってきました。帰りましょう」
彼の背中が遠ざかっていく。
受け流された言葉が冷たい風のように感じた。
「私達は仲間ではないのですか!?」
と思わず叫ぶように問い掛けてしまった。
その言葉に、彼は立ち止まると。
「……仲間ですよ」
私は声を振り絞りながら。
「仲間なら本当の事を言うべきです!」
彼は躊躇うように黙り込み。
「仲間だとしても全部話す必要がありますか?」
その言葉に怒りが込み上げてくる。
「そういう事が言いたいのではありません!
貴方が抱えている問題を皆で考えれば!
きっと! きっと!
良い解決策が浮かぶはずです!
貴方は1人じゃないんだから!
なぜ孤独になろうとするのです!?
どうして距離を取ろうとするのです!?
何を恐れているのです!?
相談してくれたらいいじゃないですか!」
彼は静かにため息をつくと。
「だから、何を」
私は言葉を被せるように。
「今度の親善試合!
もし、私達が。
私が……天内さんに勝てたら。
真実を包み隠さず教えてください!
本当の事を言って下さい」
戸惑いの表情を浮かべた彼は。
「真実とは何です? 何を言ってるのか、わか」
「天内さん! 何度もはぐらかさないで!」
私の叫びに彼は口をつぐむと。
静かに頷き。
「……わかりました。それで? なんでしたっけ?」
「私達が勝ったら。貴方の今置かれている状況を全て包み隠さず伝えてください」
彼は目を瞑り、ゆっくりと口を開いた。
「いいでしょう。
解答は変わらないと思いますが。
それに無理ですよ。貴方達じゃ。
俺には勝てない。絶対に」
見た事のない冷徹な雰囲気を感じ取り足が竦んだ。
「なぜ、なぜ……そんな事が言えるんですか?」
「弱いから」
「ッ!?」
冷たい目線。
まるで試すかのような。
全てを見透かすかのような眼。
その眼差しは私を拒絶するようで胸が苦しくなる。
そんな眼を向けないで欲しい。
私は貴方の仲間なのに。
前に出ろ。前に出るんだ私。
何度も心の中で念じ勇気を奮い起こす。
「やります! 貴方を倒して見せます!」
決意を込めて彼に挑戦するかのように叫んだ。
「ほう」
「やってみせます!」
今度は自身に言い聞かせるように叫んだ。
「では逆に、俺が勝ったら?」
「…………」
それは……こちらから差し出せるものなど。
言葉を失う。返答に詰まってしまった。
「まぁいいですよ。みんながどれほど強くなったか知りたいですし。
話はそれだけですか? それじゃあ。俺は帰りますね」
彼は静かにそう言うと、再び宿舎の方へ歩き出す。
彼の背中がどんどん遠ざかっていく。
まるで心の距離のようだ。
それでも……
私はその背中を見つめながら、決意したのだ。




