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聖女と賢者


/3人称視点/


 天内はシステリッサの言葉に沈黙し、深く考え込むように顔を曇らせる。

 言葉を選ぶように。

「世の中には三つの生き方がある……と思う。過去・現在・未来の三つ」

 天内は続けて。

「俺は未来を切り拓いて歩いていく事を推奨する派だ」


 その言葉を聞いた瞬間。

 システリッサは予想する答えと違う事に驚き。

 息を呑んだ。


「え?」


 天内はシステリッサを見つめ、静かに続けた。


「俺はその少女の復讐心を否定はしない」


 その言葉を耳にすると、システリッサの表情が一瞬だけ緩んだ。

「そうですか……そうですよね」

 が、顔色はすぐに深い影に包まれる。

「よかった。私は間違って、」


 彼女の声は微かに震えていたが。

 同意されたその答えには、一種の安堵の感情が含まれている。

 

 だが、天内はシステリッサの声に被せるように冷徹な声で言葉を重ね。

「復讐自体は否定しない。でも……」


 システリッサの胸が高鳴り、締め付けられるような感覚が彼女を襲う。

「でも……なんです?」


「結局の所。復讐とは過去に囚われている生き方だ。後ろ向きに歩く生き方だと思う。消極的で3流の生き方」


 天内の言葉がまるで鋭い刃物のようにシステリッサの心に突き刺さる。

 顔を引きつらせ、次に紡ぐべき言葉を探しながら口を開くと。

「そうかもしれません。しかし……それの何がいけないんです?」


 天内の表情は無表情。

 その視線はシステリッサの内面を見透かすかのように。

「いけないなんて言っていない。だけど。復讐を成そうとする事。それは過去の痛みや悲しみに縛られ、自分自身の未来を見失う事と同義だと思う。俺はそう言っている。それは3流の生き方以外に表現のしようがない」


 システリッサは絶句すると、天内を捲し立てるように。

「見失ってなどいません! 復讐が成功すればきっとより良い未来があると、私は思います!」

 反論。

 天内の言葉の重みに押しつぶされぬように異議を唱えた。

 彼女の声は震えていたが、その震えの中には自己弁護が見え隠れする。


 天内は彼女の反論を一蹴するかのように。

「それは誰にとって? その少女にとって?」


「そうです!」

 力強い解答。

 まるでそれしか答えがないかのような反応であった。


「どうかな? 復讐心が強ければ強いほど。

 感情は負の気持ちに支配され。

 些細な幸福を見つける事が難しくなるんじゃないか」


 その言葉がシステリッサの心をかき乱す。

 喉の奥に詰まる言葉を捻り出すかのように。

「な、なりません。ならないと」

 そんな掠れた声で返答した。


 彼女の眼には焦りと迷いが浮かんでいる。


「断言できるのか?」


「……」

 システリッサは言葉を失う。


「仮に復讐を成しえたとしても、得られるものは一時の満足感だけ」


 システリッサの心臓が締め付けられるように痛んだ。

 自分を守るかのように。

「い、いいじゃないですか……」


 彼は、その弱さを許さないかのようにさらに鋭い言葉を続ける。

「そうか……でも、それを成しえても過去の傷が癒える訳ではないんじゃないか?」


「ッ」

 システリッサの視線が揺れ、言い返す言葉を探すが、何も見つからなかった。


「勘違いも甚だしい。

 まるで復讐すれば。

 全て『なかった事』になると錯覚しているかのようにさえ見える」


 言葉の刃が突き刺さる。

 自己矛盾に苛まれる彼女は必死であった。

 掠れた声で。

「だって仕方ないじゃない。そうしないといけないんだから」


「誰がそれを決めたんだ? 

 そうしないといけないと。

 復讐とはエネルギーの要る事だ。

 それはきっと自傷行為に他ならない。

 むしろ新たな痛みや空虚が生まれ苦しみを招く事になる」

 

「だって。その少女はその生き方しか知らないんですもん!」


 天内は冷たい声で。

「だったら新しい生き方を見つければいい」


 彼女は苦悶の表情を浮かべると。

「そんな……そんな風に割り切れないんですよ!」

 システリッサは涙を堪えながら叫んだ。


「割り切れなんて最初から言ってない」


「……」


「復讐自体は否定しないと、最初から言っている」


「な!? そ、そうですが」

 戸惑いの声。

 

 鋭さを増した天内の視線は。

「俺はね。その生き方は空虚なんじゃないかと思う。

 心が過去に縛られると。

 新しい経験や人々との出会い。

 学びを通じて前進する機会を失ってしまう。

 人生が空虚になっていく。

 未来への成長と新たな可能性を見落としてしまう」


「だったらその少女の家族はどうなるんですか!? 

 浮かばれないじゃないですか! 

 そんなのあんまりじゃないですか!」


 感情を爆発させる彼女は怒りの形相で食って掛かる。


「彼らの意志を繋いで生きていくしかない。

 前に進むしかないんだよ。

 それが現在(いま)を生きる者の役目だ」


「答えになってない!」

 システリッサは天内の答えになっていない答えに言葉を投げつけた。


「答えなんてねぇんだよボケ!」

 ついに怒りを爆発させた天内はシステリッサの肩を掴むと彼女の瞳を覗き込んだ。


 大気は振動する。

 比喩ではなく、辺り一帯の草花がけたたましく揺れていた。

 彼の瞳はまるで烈火のようであった。


「……ッ」

 システリッサはあまりの威圧感に身を縮こませる。


 天内はシステリッサの眼を見つめたまま。

「人生全てに答えなんてねぇんだよ。

 いいか! 答えは一個なんかじゃない。

 選択肢は無限にあり。

 無限の未来がある。

 数えきれないほどの選択肢。

 数えきれないほどの未来。

 その中から自分が現在(いま)

 一番幸せだと思う選択肢を選ぶ事しか出来ない」


 その言葉は彼女の心に深く響き、必死に涙を堪える。

 

「過去に生きる者。

 現在(いま)を生きる者。

 未来に生きる者。

 

 お前はどれだ!

 どれになりたい!

 どうやって死にたい!?


 どの結末が自分にとって。

 周りにとって幸せだと。

 胸を張って言える!?

 

 それはお前が決める事なんだ!」


「わからないんですよ……」

 システリッサの頬に涙が零れた。

 弱々しく絶望が滲んでいた。

 

 天内は『はぁ、はぁ』と息を切らし、肩から手を離し。

「悪い。感情的になった」


「いえ……私もしつこかったです」

  

「一つだけ言っておく」


 システリッサは天内の言葉に耳を傾けた。

「はい」

 彼女の声には期待と不安が入り混じる。


「俺がもしその詩の物語に出てくるんだったら……」


「……はい」

 システリッサは息を飲んだ。


「俺は弱いけど……その少女が笑顔で死ねるように手助けして見せる。それだけだ」






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